東京の湾岸エリアなどにそびえ立つタワーマンション。通称“タワマン”は、見晴らしの良さや豪華な内装に目を奪われがちですが、長所はそれだけではありません。近年、セキュリティがますます強固なものになっているのです。
タワマンは、エントランスから住戸まで何重もの認証が必要になっていますが、これは序の口。どのタワマンにも標準装備で施されています。安心感はありますが、一方で鉄壁のセキュリティが命取りになることもあるそうです。これに関して実体験を投稿し、話題になったのが救急救命士歴15年のたたらさん。
腹痛を訴える高齢者の救急要請があったため、某所にあるタワマンに急行。エントランス前まで到着したものの、集合ロックを解除するパニックスイッチが見つかりません。たまたまその場にいた宅配便の人に中に入れてもらいましたが、エレベーターに乗るには、さらに開錠が必要でした。隊員たちからは、「死にそうな時、絶対助からない」との声が飛び交い……。
今回、たたらさん本人に取材を敢行。本人の口から詳細を語ってもらいます。
◆管理室のインターホンを鳴らしたが反応がない
――非常用の設備は利用しなかったのですか。
たたら:いわゆるタワマンには非常用の設備が備えられていることが多く、火災などの有事の際には、屋上のヘリポートなどを使用することもあります。しかし、今回は火災ではなく一般の救急事案でした。まず、エントランス前で管理室のインターホンを鳴らしましたが誰も応答せず、パニックオープンという非常用のボタンを押して開錠しようとしました。
こうしたマンションの場合、管理人が24時間いることのほうが多いのですが、まれに常駐していない場合もあるんです。あるいは常駐していても、所用で離席しているケースもゼロではありません。また、パニックオープンのボタンが足場無しでは届く位置にないこともあり、入り口からエレベーターに行くまでにかなり時間を要します。心肺停止や心筋梗塞など1分1秒を争う患者の場合、戸建てや一般的なマンションに比べて手遅れになる可能性が高いと言えるでしょう。
◆発見しにくい場所に設置してあるからこそ…
――「パニックスイッチ」のような緊急解除ボタンは見つからなかった?
たたら:ざっと見回したのですが、このマンションの緊急解除ボタンは見当たらず、困惑しました。たまたまその場に居合わせた宅急便の人が開けてくれたのですが、彼がいなければどうなっていたことか。他のタワマンですと脚立が無いと届かない天井部分に設置されていたり、独立したタイプのインターホンの裏に分かりにくいように設置してあったりすることもありました。
強固なセキュリティを謳うタワマンは、悪意ある人間を警戒しているので、緊急解除ボタンの存在を知られないようにしています。すぐに手が届くところに設置したくないのでしょう。発見しにくい場所に設置してあるため、初めて行ったところでは見つからないこともよくあります。消防隊と連携出動した救助事案では、緊急解除ボタンを押した経験が何度かあります。
◆「もし通報者が応答しなかったら」と考えると…
――エレベーターの階数ボタンは押せましたか?
たたら:このタワマンは変わった作りで、エントランスにロックがあり、さらに4機ほどのエレベーターがあるエレベーター室に入るところにもロックが……。管理人は18時までしか勤務しておらず、「もし通報者が応答しなかったら」と考えるとぞっとしました。
万が一そのようなことがあった際には、その時点から消防隊に応援要請し、彼らが保有している非常用エレベーターのキーを使用してフロアまで移動することになりますが、少なくとも10分以上は余分に時間を要することになります。玄関が施錠されていれば、更に救助は遅れます。
――そして、「第三の関門」があるようですね。
たたら:部屋の玄関扉を開錠できないことはよくあります。今回は、同フロア別部屋のインターホンを片っ端から鳴らして、ドアの開錠をお願いして事なきを得ました。傷病者に接触する時間という意味合いでは、確実にタワマンのようなセキュリティが高い共同住宅のほうが長くなり、救命の可能性は戸建てに比して低くなります。隊員としてはタワマンの方が困るというのが本音です。
◆鉄壁のセキュリティが仇になる
――鉄壁のセキュリティが行く手を阻むのですね。
たたら:いわゆるタワマンに代表される高級マンションは、年々セキュリティが強固になってきています。今回出動したタワマンも、10数年前には無かったようなセキュリティが施されていました。
――対策はありますか。
たたら:タワマンは、救急隊や救助隊の到着が戸建てや一般的なマンションよりも数分は遅れることを覚えておいてください。いざという時にご家族を助けるために、消防署が行っている救命講習を積極的に受講していただきたいと思います。 また、お一人の時に、119番通報後動けない状況になったら、管理人が居ない状況では救急隊員との接触までかなりの時間を要するということを覚えておいてください。セキュリティを強固にすればするほど救助の手が届く時間が遅れる可能性があると認識しておいてほしいです。
◆「緊急解除ボタン」がない可能性もある
こうした経験をしたのは、たたらさんだけではありません。元救急救命士のこーじさんにも話を聞きました。
――タワマンのエントランス前で困ったことはありますか。
こーじ:私も緊急解除ボタンを探すのに手間取ったり、天井に設置されているため手が届かなくて時間がかかったりしたことがあります。そんな時は、選択できるなかで1番早い方法を選びます。
タワマン等オートロックの扉には、基本的には緊急解除ボタンが設置されていますが、『消防法上火災活動を妨げないように設置してください』というだけで、解除ボタンを設置するよう義務付けられてはいません。つまり、緊急解除ボタンがない可能性もあるのです。
特に、CPA(心肺停止)の場合は、『エレベーターが遅い!』と感じるぐらい急いでいます。エントランスで緊急解除ボタンを押すのに手間取ると、結構バタバタになりがちですから。
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アメリカ心臓協会と正式に提携した救命処置の国際トレーニング組織、日本ACLS協会によると、<心肺停止に陥ったあとAEDによる除細動が1分遅れるごとに救命率は7〜10%ずつ下がります。このことから10分以上除細動が行われないと生存が難しいことがわかります>とのことです。(参照:NPO法人日本ACLS協会のガイド)
ことタワマンに限らず、近隣住民との関係は希薄になりがちです。ただ、AEDの使用については、いざという時に備えて日頃から連携しておく必要があるかもしれません。
<取材・文/渡辺陽>
【渡辺陽】
大阪府出身。医療ジャーナリスト、ライター。人物取材を中心に病気と共に生きる人のライフスタイルや社会問題について書いています。