終わらない不発弾処理=なお残る1900トン―対策に限界も・沖縄戦80年

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2025年04月04日 07:31  時事通信社

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発見された米軍の不発弾=3月24日、沖縄県南城市
 太平洋戦争末期、国内最大の地上戦で民間人を含む20万人以上が犠牲となった沖縄戦から80年となった。「鉄の暴風」と呼ばれた米軍の激しい艦砲射撃により、沖縄には今なお大量の不発弾が地中に残り、人々の生活を脅かす。陸上自衛隊を中心に処理は行われているものの、予算の問題などから対策に限界があるのが現状だ。

 沖縄戦では約20万トンの砲弾が沖縄に打ち込まれ、5%に当たる約1万トンが不発弾になったとされる。1972年の本土復帰までに住民や米軍が約5500トンを、復帰後は自衛隊が2000トン以上を処理したものの、推定で約1900トンが地中に残ったままとなっている。

 復帰後も不発弾による事故は相次ぎ、74年には那覇市内にあった聖マタイ幼稚園付近で旧日本軍の改造地雷が爆発し、3歳の女児を含む4人が犠牲になった。この事故を受け、国や県、市町村による不発弾の事前探査や発掘などの手法を話し合う協議会が設置され、陸自の隊員が除去に当たっている。

 3月25日、本島南部の南城市の小学校に隣接する工事現場で実施された陸自第101不発弾処理隊による不発弾処理。隊員が「点火」と合図すると、「ドン」と地響きが鳴り、50分ほどで処理は完了した。「ディアマ」と呼ばれる筒状の器材から鋼鉄の塊を発射し、不発弾の信管を破壊する方法で、不発弾を包む対爆容器には、沖縄で最もよく見つかる「5インチ艦砲弾」に合わせて開発されたものが使われた。

 同処理隊の岩瀬亘隊長は「いつ爆発するか分からない状態から作業は始まる」と話した上で、「失敗は許されない思いで常にやっている。安全に処理を終えられほっとした」と語った。

 陸自による処理は続く一方で、近年も事故は起きている。2009年には糸満市で、工事中に重機を運転していた男性が爆発で重傷を負った。県などは探査にかかる費用を全額補助しているものの、県担当者は「どこに埋まっているか分からず、予算も限られているため、見つけ次第処理するという形にとどまっている」と指摘する。岩瀬隊長は「われわれの世代だけでは終わらない。技術を次につないでいかなければ」と話した。 

モニターで現場を確認し、指揮を執る陸上自衛隊第101不発弾処理隊の岩瀬亘隊長(中央)=3月25日、沖縄県南城市
モニターで現場を確認し、指揮を執る陸上自衛隊第101不発弾処理隊の岩瀬亘隊長(中央)=3月25日、沖縄県南城市

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  • 石波に処理させろ(+・`ω・´)キリッ 予算が勿体ねぇからぁ
    • イイネ!22
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