後藤純子さん(仮名・52歳)「最低限の生活はできるし我慢すればいいかなって」 好んで実家暮らしを選ぶ人がいる一方、家族のケアを一身に背負わされ「出たくても出られない」中年女性たちもいる。自立の機会を奪われ毒家族に縛りつけられる「子供部屋おばさん」に迫った!
◆「家族だから」の名の下で、人生を奪われる
「弟は孫の顔を見せてくれたのに、お前ときたら……」
父親から嫌みを浴びせられるたび、石原和美さん(仮名・43歳)は、視線を落とし、言葉をのみ込む。彼女は現在、70代半ばの両親、“優秀な息子”とされるバツ2で出戻ってきた5歳下の弟と、その子供2人とともに秋田県の実家で暮らしている。
「高齢の両親や外で働く弟に代わり、家事全般は私の役目。ネット回線の手続きなど家の雑務はすべて私がやるのが当たり前になっています。さらに在宅で仕事をしているため、弟からは『姉ちゃんはずっと家にいられていいよね』と、甥や姪の面倒まで。でも、家族から感謝の言葉は一度たりともありません」
石原さんの家庭では、“家長を最優先する”価値観が疑問視されることなく受け継がれていたという。
「父と祖母が家長として振る舞う日常で、祖母からは『お前は肌が汚くて醜い』なんて罵られることが多かったですね。食卓にスイカが並んだ時に『お前は皮だけ食ってろ』と、赤い実の部分は父や弟だけにあてがわれたことも……」
◆唯一の希望の光はマッチングアプリから降り注いだ
そうした環境のなか、母とは、虐げられる者同士“戦友”のような関係になっていった。
「私は幼い頃から母の愚痴の聞き役。母は『お金がない』が口癖だったので、高校時代の成績は学年で1位だったけど、進学したいと言えず、卒業後すぐに就職しました。ただ、そんな母も私が父や祖母から暴言を吐かれたときは、庇ってはくれませんでした」
逃げ出したい。若い頃は働きながら一人暮らしの準備をしていたという石原さんだが、22歳でうつ病を発症する。
「免許の更新ができなかったのもネックでした。田舎は自動車免許必須の求人がほとんどで、車を持たない高卒の女が自立するのは難しかった」
結果として、石原さんは20年以上、実家で幼少期に与えられた6畳の部屋に暮らす、子供部屋おばさんになったのだ。それでも、最近は「希望もある」と目を輝かせる。
「この夏、マッチングアプリで彼氏ができたんです。彼だけが私を『可愛いね』って褒めてくれる。王子様みたいな存在です」
彼と結婚して家を出ることが生きる縁(よすが)なのだと語った。
◆朗らかな老夫婦。裏では娘がはけ口に
神奈川県在住の後藤純子さん(仮名・52歳)もまた、実家という閉鎖空間で、鬱憤を抱えてきた一人だ。
「80歳近い両親と3人暮らし。実家は家族経営の食堂で私もそこで働いているから、両親とは四六時中顔を突き合わせていますが、喧嘩が絶えず、もう地獄です。週6日、朝9時から夜9時まで働いて手当は週3万円です……」
後藤さんには3歳下の妹がいる。高校卒業後に家を出て、現在は海外在住で両親にとっては“自慢の娘”だ。
「妹は我が強くて、自分のやりたいことを貫くタイプ。父も母もそんな彼女に口出しできず、進学時は学費を惜しみませんでした。一方、私は両親から褒められた記憶すらありませんし、高校を卒業した時には、当然のように家業を手伝う流れになっていました」
それでも一度は結婚し、25歳で実家を出たという後藤さん。正社員として働き口も見つかった。
「だけど、数年後に夫がよそで子供をつくり離婚。彼が浮気した理由はわかりませんが、たぶん、私が美人じゃないからかな。だって、父から『ブスが気色悪いから化粧するな』と言われてきて。妹は小学校の頃から化粧するませた子だったんですけどね……」
結局、母から人手が足りないから戻ってほしいと請われ、後藤さんは実家に出戻った。
「長く客商売をしてきた両親は外面がよく、近所の愛されキャラ。でも実際は、父は仕事で嫌なことがあるとキッチンで私に暴言を吐くし、物を投げて当たり散らす。母もそれを見て見ぬふり。たまに会う妹に愚痴を言っても『また親の悪口?』と相手にしてもらえず、孤独です」
食堂を営む朗らかな老夫婦と、海外で暮らす優秀な妹。そんな理想的に見える家族の内側で、“毒家族”の構造に組み込まれた「子供部屋おばさん」が、一人静かに、はけ口となっていたのだ。
◆「長女は標的になりやすい」毒家族が生まれるワケ
「実家から出たくても出られない。そんな女性の背景には、まず毒親の存在があります」
そう解説するのは、ジェンダー論にも詳しい哲学者の萱野稔人氏だ。
「毒親に共通しているのは、強い支配欲です。外では“いい人”を演じながらも、家庭内は自身の不全感を紛らわすために、子供を思い通りに支配して家に縛りつけておきたいという欲求があるのです。親から否定的な言葉や過干渉を受けているうちに、子供は自己肯定感を失っていく。やがて自分の思考を放棄し、一人で暮らすという発想すら持てなくなるケースも。また、毒親は子供の中でも、反抗的ではない子供を標的にする傾向があるため、きょうだいの中でも扱いに差が出てしまうことも珍しくありません」
かくして毒親のいる家庭では、兄弟・姉妹の中で役割の偏りが生じ、それが当たり前となっていく。そうして、閉鎖された空間で「毒家族」はつくられていくのだ。
「その中でも、娘、とりわけ長女は親の顔色を敏感に察知する傾向にあるのでターゲットになりやすい。加えて、『女の子は家のことをするもの』という性別役割分業の考えも、娘を家から出さない口実となってしまいます」
中高年の引きこもりや弱者男性が話題となる昨今。だが、家族のケアを担いながらも、語られることの少なかった「子供部屋おばさん」もまた、人知れず苦悩を募らせているのだ。
【哲学者・萱野稔人氏】
津田塾大学教授。専門は政治哲学。近年では、現代社会で生じるさまざまな問題を哲学的に考察する公共哲学の研究も進めている
取材・文/松嶋三郎 田中 慧(清談社)
―[[子供部屋おばさん]絶望の日常]―