■BARでビールを頼むのはアリかナシか?
「BARで何を注文していいか判らない」とは、初心者の口からよく漏れる愚痴だ。中には「ビールは頼んでもいいのですか」という言葉すらある。はてさて、なんと答えて酔いものか……少々戸惑いもあるのだが、なんとか彼らの言わんとするところの趣旨をつかみ、考察してみよう。
BARに辿り着いたら、いったい何をオーダーすればいいのだろうか。結論からすると「好きな酒を頼め」だ。
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よってビールからスタートしようが構わない。BARの本場と言えば、アメリカ。BARはアメリカが発祥の地とされる。アメリカのBARで、客が何をオーダーするか。多数派はビールかと思う。バドワイザーやクワーズだと少々貧乏くさく思われるらしく、サミュエル・アダムスやブルックリン・ラガーなど、今流行りのクラフト・ビールが好ましいようだ。あくまでアメリカでのお話。
では例えばイギリスではどうなのか。ロンドンはBARというよりパブが多い文化圏。自然と最初にオーダーしているのは、やはりビールだ。先週もロンドンのホテルのBARに立ち寄ると、ほとんどの客がギネスかアムステルをオーダーしていた。さしたBARではなかった。見るからに腕っこきのバーテンダーという体でもなかったせいでもあるだろう。
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日本のBARでビールを頼んだらいかんのか……。もちろん、何の問題はない。むしろ、なぜビールを飲んではいけないと考えるのか……が不思議だ。かつて、名優・三船敏郎も言った。「オトコは黙ってサッポロビール」。
私自身は日本のBARでビールを頼む機会は少ない。よほどビールからスタートしたい蒸し暑い日か、珍しいクラフト・ビールが置いてあるのを発見した時に限定されるだろう。なぜなら、一般的なビールなら、BARでなく自宅でも呑めるという単純な理由だ。チャージを支払ってまで、自宅で呑めるドリンクをオーダーせずともよろしい。しかし、もう一度繰り返すが、好きならビールを頼んで差し支えないのだ。注意しておきたい点は、時としてビールを置いていない店もあること。よって、スタンダードなカクテルの名前ぐらい、バックアップのためにも記憶しておこう。
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■たった一杯で分かるマスターと店のレベル
私自身、スタートの一杯に「ジントニック」を選ぶことが多い。特に初めてのBARでは、最初にジントニックをオーダーする。極めて個人的にボンベイサファイアをベースにした一杯だ。ジントニックが美味しくなければ、もうそれ以上カクテルを発注しても無駄だという信念さえ持っている。
私がダメ出しをしている多くのケースは、マスターがいるにも関わらず、セカンドなのかアルバイトに、このジントニック作りを任せてしまい、その一杯が私自身が作ったほうがマシだった……という場合。マスターがどんなに優れたバーテンダーだったとしても、私のジントニックよりも美味しくない一杯を「及第点」として客に出すのを良しとするようなら、マスターも失格だ。もう二度とその店には足を運ばない。
たった一杯で手厳しい……と思う方もいるだろう。しかし、50年も続く中洲の老舗「バー七島」の七島最子さんも「一杯1000円のカクテル……世の中、1000円も出せば、美味しい立派なランチが食べられる」。つまり原価の低いカクテルが美味しくなければ、1000円の価値に見合わない……という趣旨の発言を残している。念のため、私が作るジントニックのレベルなど大したものではない。それよりも下のレベルでは、客に失礼だ。
■BARならではの注文方法を楽しむ
ちょっと話題がそれてしまったが、そんな理由からも軽いスタンダードのカクテルの名前は2、3覚えておこう。ジントニック、モスコミュール、ハイボール……。初めてなら、それぐらいで十分だろう。この場合、それぞれジン、ウォッカ、ウイスキーについて銘柄を訊ね返される場合もあるので、銘柄が判らなければ「お任せします」、「ハウスジンで(ウォッカで)」とお願いすれば結構だ。
ウイスキー、特にスコッチの品ぞろえを売りにしているBARも多いので、ウイスキーからスタートするのもお勧めだ。その際、ジャパニーズ、スコッチ、バーボンの違いと、それぞれ代表的な銘柄、それとストレート、ロック、ソーダ割りの呑み方の違いぐらいは頭に入れておきたい。「それはハードルが高い」と考えるなら、冒頭に戻り「ハイボール」をオーダーすれば好いだけだ。
ちょっと慣れて来ると気取って注文したくなるものだが、それが返って付け焼刃で間抜けになる場合をよく見かける。群馬の伊香保温泉のBARで大御所・上田尉江さんに向かって「甘いスコッチをロックでください」とオーダーし「甘いスコッチなんてのは、ないよ」とばっさり切られていた客を目撃したことがある。私もカウンターから振り返って、顔を見てしまった。
ドリンクをマスターにお任せしてしまうというのもBARならでは。ただし、その際は自分の好みを伝えられるように。さっぱり、甘い、フルーティ、アルコールの弱め、強め……。感覚的な表現でも問題ない。私もたまに何が呑みたいのか自分で判らず「さっき、スゴイこってりの食事だったもんで、すかっとさっぱり! という感じでお願いします」などとリクエストすることもある。それを喜んで受けてくれるのが、BARの醍醐味、バーテンダーの頼りになる点だ。
さて、難しいことを言い過ぎたかもしれないが、とにかく自身の好きなドリンクをオーダーすれば好いだけの話。自身の好きなドリンクぐらい、頭に入っているものだろう。もちろんBARは居酒屋ではない。焼酎、日本酒、サワーは置いていないと思って店に入ってもらいたい。BARによっては、シャンパン、ワインもグラスでの揃えがない場合があるので留意を。
カクテルの名が判らず「恥ずかしい」と考えるようであれば、カクテルブックの一冊ぐらい入手しよう。銀座の名店「テンダー」の上田和男氏監修によるカクテルブック『カクテル手帳』(東京書籍)ならハンディで、写真も美しく、小難しいことを考えずにオーダーできる。私が目撃した厚顔な客は、「麗しきバーテンダー」と会話したいがゆえに、カクテル手帳をカウンターで広げ、美人バーテンダーにひとつひとつオーダーしていた。もちろん、他人に迷惑もかからなければ、バーテンダーも嫌がりはしない。
さて、そんなわけで戯言を以下の通りにまとめてみたので、初心者は参考にしてもらえると嬉しい。
BARで何を注文すべきか……
1.ビールを頼んでも差し支えない
ただし、ビールの用意がない場合を想定しておくこと
2.スタンダード・カクテルの名をひとつぐらい頭に入れておく
ベースの銘柄はバーテンダーにお任せする
3.ウイスキーを頼む
バーボンとスコッチの違い、それと銘柄のひとつぐらいは頭に入れておくこと
4.マスターに任せる
ただし、自分の好みぐらい伝えられるように
5.好きな酒を頼め
ただし、焼酎、日本酒、サワーはないと思え