「障害者は稼がなくていい」と誰が決めた? 都内1位、つくりあげた「稼げる福祉施設」

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2020年09月09日 10:02  弁護士ドットコム

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東京都武蔵野市の「チャレンジャー」(社会福祉法人武蔵野千川福祉会)は、障害者が雇用契約を結ばず働く就労継続支援B型の事業所だ。市内の知的障害者が30人働いている。


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東京都のB型の平均工賃(2018年度)が月額1万6078円のところ、それを大幅に上回る10万2701円という実績をあげた。この数字は都のB型で1位。まさに「稼ぐことに特化した福祉施設」だ。



工賃をめぐる福祉施設の考えは様々で、「稼ぐより健康的に暮らす」ことを重視する施設もある。「チャレンジャー」はその立場も尊重しながら、「経済と福祉は一体であるべき」と信じている。(編集部・塚田賢慎)



(なお、全国平均は1万6118円。一番は徳島県の2万2235円)



●10万円稼げる福祉施設



「こんにちはー!」。扉を開けて作業所に入ると、キビキビ働く人たちから大きな声の挨拶をもらった。



2019年度のチャレンジャーの平均工賃は10万5304円。今年末に発表予定の都のランキングで、上位に入ることはかたいだろう。



この高額な工賃を保障するシステムを作り上げたのが同法人常務理事でチャレンジャー所長の新堂薫さん(社会福祉士)。全国から業界関係者がノウハウを求めて視察に訪れる。



前回、利用者の工賃が月に1500円の生活介護事業所を紹介した。生活介護は、B型よりも重度の障害をもつ利用者が働いている。なので、単純比較できるわけではないが、その生活介護では葛藤しながらも、職員と利用者が話し合って「働いて収入を得ることは大事だけど、利用者も職員も健康に暮らしていく」という道を選んだ。



そんな選択もある。一方で、バリバリ働いて収入を得ることによって、障害者の生活を豊かにしようという考えもある。今回取材した「チャレンジャー」がまさにそうだ。



武蔵野千川福祉会では、生活介護、B型、グループホームなど10事業・17事業所を運営し、チャレンジャーを含めたB型事業所は4つ手がけてる。



稼ぐために、目をつけたのが「封入封緘(ふうかん)」。企業広告のダイレクトメールを作る作業だ。



・工程の分解が可能 ・大掛かりな機械設備が不要 ・お客さんが変わっても、仕事の内容に大きな変化がない ・在庫を抱えることがない



この要素が、B型の作業としてうまく噛み合った。利用者たちは、テーブルを数人で囲み、作業に打ち込む。テーブルの上には、天井から「1」〜「8」まで大きな番号札がぶら下げられている。





数字ごとに、作業の内容が異なって、「2」では書類の方向を揃える(帳合い)作業。「5」は書類に宛先のラベルを貼る作業…。「それをあっちに持っていって」という曖昧な指示が苦手な人への配慮だという。



新堂さんが生産管理を独学で勉強して、システムを作った。ほかにも、座って作業していたのを、立ち仕事に切りかえたことも生産性の向上につながったそうだ。



「椅子に座ると、姿勢をただしましょうという指示を理解してもらうまでに時間がかかるし、作業中に寝てしまう。それがなくなりました」



法人の他の3つのB型でも、同様に封入封緘をしている。施設ごとに求められるスキルが異なり、時給も異なる(チャレンジャーが一番上)。スキルアップした利用者は上位のB型に移動する。



「前の施設ではパンを焼いてた人が、次は封入封緘ではもったいない。経験を無駄にしないために、作業を一律にしています」



DMは、作ったそばから発送されるので、在庫を抱えないというメリットもある。たとえば、ネジを作っても、売り切れず、事業所が倉庫がわりにされることがあるそうだ。チャレンジャーでも製造系の作業はやめた。



ただ、封入封緘には厳しい納期がある。慣れないうちは、利用者が帰ったあとで、職員が夜遅くまで働いたこともあり、軌道にのるまでが大変だった。



●職員が営業部隊

仕事の効率化が進むことと、同じくらい大事なのが営業活動だ。仕事を受注するのは新堂さん含む職員が担う。



DMを出す企業から直接受注することもあれば、広告代理店から仕事を請け負うこともある。現在の取引実績は年間50社にも及ぶ。



「福祉施設だからと、足元を見られて安く依頼されることもあります」。発注までには複数の代理店が入り、ひ孫受けの仕事もあった。チャレンジャーでは、中間業者をなるべく減らして、企業との直接取引を増やしていった。



中抜きを減らす一方、自ら単価を下げて、契約数を増やす努力もした。さらに、プライバシーマークを取得して、扱える案件も増やした。



仕事が順調になったことで、利用者に支払える工賃は月額平均10万円を超えた。そして、年間売り上げも現在9100万円。「1億円の壁がなかなか越えられない」と言うが、その目標もそろそろ達成できそうだ。



工賃向上には直接結びつかないかもしれないが、事業所の中で商品が完成することにも意味があるという。たとえば、車の部品を作る製造系の作業では、利用者が手元のネジを見ても、自動車という完成品を想像しにくい。



「DMを完成させて、郵便局に運ぶまでの作業を担当します。自分たちが何を生産し、社会の中でどんな役割を持っているのか理解できます」





●なぜ稼ぐのか

高い工賃を実現するための秘訣がわかったところで、では、なぜ福祉施設で稼ぐ必要があるのだろう。



「働いてお金を得れば、親元を離れてグループホームで自立した生活ができます。生活の基盤ができれば、元気で働けます。私たちと変わりありません。福祉活動と経済活動の一体化に意味があります」



年間約80万円の障害年金、東京都の障害者手当18万円(年間)、そして、チャレンジャーでの月額10万円の工賃の年収は130万円(3月31日に約1カ月分のボーナスがある)。合計すると、利用者の年収は約230万となる。



「グループホームの利用料は月に約7万円。暮らしていけます」



●30才男性。貯金は327万円

ラベル貼りに関して「エース」を自称する男性利用者のヒロさん(30)は、2019年に法人内の別のB型から「チャレンジャー」に昇格移籍した。時給は500円から650円に(A型と異なり、B型事業所の利用者には最低賃金は適用されない)。



趣味は貯金だ。「100才になったときのために、銀行でいっぱい貯めています。327万円以上持ってます」と一桁台まできっちり答えてくれた。



休んでいるよりも「働いているほうが楽しい」。さらなる昇給を目指すという。



グループホームでは好きなDVDを見て、毎日午後9時54分きっかりに眠る。「クレヨンしんちゃん」のDVDも自分のお金で買った。「床屋さんも全部自分のお金。カットとシャンプーで3300円」。声に自信を感じる。



チャレンジャー開設3年目で入所したマリさん(49才)の月給は約11万円。特別支援学校を卒業して初めてもらった給料は1万円だったという。



仕事の手を休めて取材に答えてもらっていたが、気もそぞろ。インタビューが終わるとダッシュで仕事に戻っていった。





●最初から工賃が高いわけじゃなかった

1987年の開設当初から「稼げる施設」では決してなかった。



「90年代に、バブルがはじけて、クリーニング屋やパン屋などで働いていた障害者が真っ先にクビを切られ、うちに入ってきました」



お店でもらっていた10〜15万の給料が、チャレンジャーに来て、一気に1〜2万円までダウン。同じ頃、市内に別の大きな福祉施設ができて、利用者の多くが去っていった。



「利用者獲得のためにも、働くことに特化した作業所という特色を出すことにしたんです」。新人職員だった新堂さんに「給料5万円」実現のミッションが厳命された。



「仕事なんて何でもいいから利用者の手が動いていればいい」という感覚がまだ業界にあった時代だったと当時を振り返る。



上述の改善を取り入れ、1997年に平均工賃5万円を達成し、今に至った。



●「お金が大切なんですか」同業者から反発も

福祉業界には「経済と福祉は相反するもの」「福祉施設は経済を重視すべきではない」という考えが根強くあるらしい。



「障害者が働いて収入を得るという話になると、必ず批判が出ます。同業者のなかにも、仕事よりお金が大切なんですかと私に言ってくる人がいます」



別の福祉施設で働く職員から相談を受けたことがある。この職員は利用者の工賃を上げたいと考え、今までの仕事を見直す必要があると先輩職員に意見した。しかし、先輩には全く受け入れてもらえなかった。



「ずっとやっている、利用者のためになる。そんなよくわからない理由で、古くからある仕事にしがみついている職員が少なくありません。昔からある安い作業でよくあるのが、小学生向けの漫画雑誌の付録を付けるものです。1件3円程度です。もっと良い仕事が他にいくらでもあります」



障害者の親の考えも様々だが、新堂さんは「子どもをくたびれるまで働かせるなと甘やかす親もいけないと思います」とハッキリ口にする。





もちろん、いろいろな意見があることもわかったうえで、今の立場にいる。



「高齢の人もいるし、施設に毎日通うことが大事という考えも理解できますよ。無理して働かなくてもいいと思います。



でも、障害があっても、仕事にめぐりあって、最大限に可能性を発揮できるチャンスは必要ではないでしょうか。ストレスなんて障害者とか関係なく、みんなありますよ。必要以上はよくありませんが、耐え切れるストレスに我慢しながら働くことって大事だと思うんです」



チャレンジャーでは、工賃の時給幅を600〜900円に設定している。50にも及ぶ評価項目(作業能力25・作業態度20・体力5項目)によって、利用者の時給は50円、100円刻みでアップしていく。



時給アップをモチベーションとする利用者もいるし、仕事の楽しさや、仕事への正当な評価を重視する利用者もいる。「僕の給料はなんで○○さんより低いんだ」と言われたときに、根拠をもって説明する必要があるそうだ。





●「企業や行政はもっと発注して」

チャレンジャーのように、働いて収入を得る体質を作った施設はまだまだ少数。「企業や行政が福祉施設にもっと仕事を発注してほしい」と新堂さんは話す。



新堂さんは、人の能力や障害は平等ではないが、機会は平等であるべきと訴える。



「能力に見合った仕事の提供などが受けられるような制度が必要ではないかと思います。また、そのためには、職員の人材育成、処遇の向上などがあわせて必要なのかと思います」


このニュースに関するつぶやき

  • 素晴らしい!障害者も健常者も働いて得る対価が高ければやる気にも繋がる。この施設の努力が導いた結果だな。
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