アニメ化で注目『スーパーカブ』の魅力とは? 少女×バイクの地道な成長物語に共感

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2021年04月09日 10:11  リアルサウンド

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『スーパーカブ』読者を熱くする理由

 ネット小説が商業出版され、コミカライズを経てアニメ化される。現在のテレビアニメの幾つかは、このような経緯をたどって生まれた作品である。そのひとつが、4月7日から放送が始まったテレビアニメの原作となった、トネ・コーケンの『スーパーカブ』シリーズだ。


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 物語の舞台は、山梨県北杜市。主人公は高校2年生の小熊という少女だ。父親は小熊が生まれて間もなく事故で死亡。母親は小熊が高校に進学すると、お役御免とばかり失踪した。親族との縁は薄く、奨学金の給付を受け、ひとり暮らしをしながら高校に通っている。友人もなく、趣味もない。毎日を無味乾燥に生きている。


 だが、そんな自分に気づいた小熊は、中古のホンダ・スーパーカブを手に入れる。1958年に発売されて以来、その頑丈さと使い勝手のよさで、世界中を走っている小型オートバイだ。総生産台数は一億を突破し、熱烈な愛好家も多い。これがきっかけになり、小熊の生活は徐々に変わっていく。会社社長の娘で、成績が上位でスポーツも優秀なクラスメイトの礼子から声をかけられたのだ。礼子は、郵便配達員が乗っていることで郵政カブと呼ばれるホンダMD90に乗っていた(後にハンターカブ)。カブを通じて、なにかと一緒に行動することが増えた小熊。また、カブ関係に使う金を稼ぐために、バイク便のアルバイトも始めるのだった。スーパーカブに乗って、どこまでも行けると思う、小熊の世界は広がっていく。


 というのが第1巻の簡単な粗筋だ。たしかに小熊の生活は、スーパーカブを手に入れたことで色づくが、特別なことが起こるわけではない。遠くまで行けることの喜びや、ガス欠の苦しみなど、地道でリアルな描写が積み重ねられていくのだ。郵政カブで富士山にアタックする礼子の方が、よっぽど主人公らしい行動をしている。


 だが私は、小熊の小さな行動や感情に魅了される。特に、スーパーカブによって自分の世界が広がる感覚は、多くの読者が同意するのではないだろうか。バイクには乗らなくても、自転車に乗るようになって、同じような気持ちを抱いたことがあるはずだ。いままで知らなかった道、行けなかった場所。そこに行けるようになり、さらに先の世界があることに気づいて、心がドキドキする。これから、どこまでも行けると思ったときの高揚感は忘れがたい。だからこそ、小熊に共感せずにはいられないのである。


 そんな小熊だが、第1巻の後半では、思いもかけない行動に出る。スーパーカブがなければ、これほどアグレッシブになることはなかったろう。バトルも恋愛もないが、ここにはスーパーカブと成長していく少女がいるのだ。現在のライトノベルの中では、やや異色の題材といえるが、それが支持されテレビアニメにまでなったことは喜ぶべきこと。どんなジャンルでも多様性が大事である。


 以後、作者は登場人物を増やしながら、小熊のさらなる成長を描いている。大学進学に関する悩み、新たな人々との出会い、交通事故による入院……。本人にとっては重大な問題や事件を乗り越え、小熊は進む。第4巻あたりから、やや性格が変わったように見えるが、それも成長の明かしなのだろう。最新刊となる第7巻では東京の大学に入学。新たなステージに突入したシリーズが楽しみでならない。


 そうそう、せっかくなので他のバイク小説も取り上げよう。


 新美健の『カブ探』の主人公は、地方都市で私立探偵をしている南原圭吾。妻とは離婚しており、大学生の娘・梨奈とふたり暮らし。ホンダ・スーパーカブを愛好し、日常的に乗り回している。作者はスーパーカブの愛好家であり、そちら関係の描写や蘊蓄が充実している。また、ストーリーも愉快痛快。幼馴染のヤクザと共にバイク窃盗団に殴り込みをかけた一件から、スーパーカブを主とした民間レースの参加中に命を狙われるまで、中年私立探偵の愛すべき活躍が堪能できるのだ。昔の探偵ドラマを好きな人にもお薦めの一冊である。


 スーパーカブではないが、バイク乗りの高校生を主役にした青春物語が、菅沼拓三の『俺はバイクと放課後に』三部作だ。


 バイクと温泉が大好きな赤木一は、バイク仲間の同級生と出かけた温泉で、やはり同級生で華道の家元のお嬢様・東御枝蓮と遭遇。ある事情から蓮をバイク乗りにした。蓮のクラスの委員長で、ウェイトリフティングの日本チャンピオンの高里朋美も加え、4人でツーリングに出かける。


 こちらの作品もトネ作品同様、ドラマチックな事件は起きない。高校生がバイクを維持することの苦労や、ツーリングの最中のアクシデントなど、ありふれたエピソードを通じて、少年少女の等身大の悩みや喜びが活写されているのだ。なおバイク小説は、意外なほど多くある。今回紹介した3作をステップに、その豊潤な世界に飛び込んでほしい。


(文=細谷正充)


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  • 私が聞いた最大のメリットは、「配達員(蕎麦屋等)の恰好していれば、大抵の場合は警察官に大目に見てもらえる」だが・・・。
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