ヒグマ駆除で銃所持取り消しは「違法」 北海道のハンターが全面勝訴したワケ

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2021年12月19日 10:01  弁護士ドットコム

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自治体の要請でヒグマを駆除したのに猟銃所持許可を取り消されたハンターが地元公安委員会を訴えた裁判で12月17日、札幌地裁(広瀬孝裁判長)はハンター側の訴えを認め、当初の処分を「著しく妥当性を欠き違法」とする判決を言い渡した。


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原告の男性は「多くのハンターにとって朗報」と判決を高く評価し、「自治体や警察はこれを機に改めて話し合い、ヒグマなどの駆除要請についてよく考えてもらいたい」と呼びかけている。(ライター・小笠原淳)



●市が「撃って」と要請

訴えを起こしたのは、北海道・砂川市のハンター池上治男さん(72)。道猟友会の砂川支部長を務め、狩猟歴30年を超えるベテランだが、ここ3年ほどは銃を持つことができていない。地元・砂川市に請われて引き受けたヒグマの駆除行為が鳥獣保護法違反などに問われ、北海道公安委員会に猟銃所持許可を取り消されたためだ。





きっかけとなった“事件”が起きたのは、2018年8月。砂川市郊外の住宅近くにヒグマが出たと通報があり、同市農政課が猟友会に出動を打診、支部長の池上さんを含む2人のハンターが現場に駈けつけた。そこで問題のクマを目撃した池上さんは「撃つ必要はない」と提案する。地域を騒がせていたのが体長80センチほどの子グマだったためだ。



「子どもが出たということは、近くに母グマがいるはず。いずれ母親のところに戻ると思うから『撃たなくていい』と言ったんです。我々は普段からできる限り撃たないようにしているし、そもそもクマを撃ちたくてハンターになったわけじゃないですから」(池上さん)



だが市の担当者は、あくまで銃による駆除を要請した。地域では2、3日ほど連続して同じ個体とみられるクマが出没し、住民の不安が高まっていたところだった。現場に立ち会っていた砂川警察署(のち滝川署に統合)の警察官もこの方針に異を唱えず、駆除を前提として周囲の人払いにあたり始めた。



●駆除の約2カ月後に事件化、銃を失う

現場には高さ約8メートルの土手があり、狩猟の世界でいうバックストップ(弾止め)の役割を果たす。標的がその土手を背にするような位置から銃を撃てば、仮に銃弾がその身体を貫通したとしても周辺に危険が及ぶことはない。



そう判断した池上さんは、まさにクマが土手を背にして立ち上がった瞬間、約16メートルの距離からライフル銃を発砲、1発でクマを倒した。同行したもう1人のハンターが至近距離から「止め刺し」の1発を撃ち、駆除は無事に終了。市や警察が一連の駆除行為を問題にすることもなく、地域住民も安堵の声を漏らすことになる。





この駆除行為が突然「事件」となったのは、駆除から2カ月ほどが過ぎたころ。砂川署は鳥獣法違反などの容疑で池上さんを取り調べ、自宅から銃4丁を押収した。結果として地元の滝川区検察庁は事件を不起訴処分とするに至ったが、警察が差し押さえた銃は今も池上さんのもとに戻っていない。北海道警察の上申を受けた道公安委員会が、銃所持許可の取り消し処分を決めたためだ。



一方、狩猟免許を扱う北海道の担当部局は、駆除行為に違法性がなかったとして免許を取り消さないことを決めている。池上さんを「鳥獣被害対策実施隊員」に任命している砂川市も、その後も変わらず隊員の委嘱を続けている。地元検察も駆除行為の違法性を認めなかったのは、すでに述べた通りだ。



公安委の処分を不服とした池上さんは2019年6月、同委に対して行政不服審査請求を申し立てる。だが一方当事者である公安委自身による審査には、もとより公平な扱いが期待できず、はたして翌2020年4月に請求棄却が決定。これを受けた池上さんは同年5月、所持許可取り消し処分の撤回を求めて裁判を提起するに至った。





●警察の主張がコロコロ変わる

本記事の冒頭に伝えた実質勝訴判決により、その主張は提訴から1年半を経てようやく認められることになった。きっかけをつくった駆除行為からは、3年以上が過ぎたことになる。ここまで問題がこじれたのは、なぜなのか。



裁判の被告となった公安委は、銃を取り上げた理由を「建物のほうに向かって撃ったため」としていた。ところがこれはいわゆる“後づけ”で、当時の砂川署が捜査を始めた理由とは異なっている。



同署は当初「池上さんがクマを撃った銃弾が跳弾してもう1人のハンターの銃を破損した」なる容疑で調べにあたっていたのだ。駆除行為から捜査開始まで2カ月ほどの間が空いているのは、銃を壊されたという「もう1人のハンター」(共猟者)が突然その時期に「事件」を告発したことによる。



この跳弾説はこれまで、事件に関心を寄せる一部関係者の間などでまことしやかに語られてきた。だがそれを裏づける証拠は存在せず、破損したという銃は警察に保管されていない。クマに致命傷を負わせた弾丸には当然ながら体液や体毛などの痕跡が残るはずだが、その弾丸で破損したという銃からそれらが検出された記録はない。



そもそも銃の被害が調べられた形跡がなく、跳弾したとされる銃弾も現場から発見されていない。何よりも、告発を受けた警察自身がこの容疑での立件を早々に諦めている。筆者は2020年8月、告発者(共猟者)本人と直接やり取りする機会があり、次のような証言を得た。



「警察には『あなたの件ではやらない(捜査しない)』と言われました。『時間かかるし、タマみつからないから』って」





この時点で事実の解明を放棄した警察は、突如として「建物に向かって撃った」なる新説を持ち出し、池上さんからなんとしても銃を奪う方針に切り替えたようだ。各地のハンターが注目する行政訴訟は、その「建物」説を鵜呑みにした公安委が所持許可取り消しを決めた結果、当事者が提起せざるを得なくなったものだった。



ただ、警察の新たな主張は客観的に見ても無理があり過ぎた。池上さんがヒグマを撃った現場に高さ8メートルのバックストップがあったのは、すでに述べた通り。銃口が向けられたのはその土手であり、決して「建物」ではない。



だが、警察は現場周辺を真上から俯瞰した平面図を根拠に「銃弾の発射された先に住宅がある」と言い募り、土手の存在を伝える池上さんの言い分に耳を傾けようとしなかった。



●裁判所が異例の現地調査

行政訴訟の審理にあたった札幌地方裁判所の廣瀬孝裁判長は、池上さんらの「現場を見てほしい」という声に応えて異例の現地調査に踏み切り、昨年10月に駆除現場を訪ねて自ら現地の高低差などを確認している。





さらに今年10月に同地裁で設けられた証人尋問では、駆除に立ち会った警察官がはからずも池上さんの発砲の安全性を請け合う証言を残すことになった。



原告代理人・中村憲昭弁護士(札幌弁護士会)による反対尋問の一部を、下に引いておく。言わずもがなの念を押しておくが、問いに答える警察官は“被告側の証人”だ。




――周りの家に弾丸が当たることがあり得ると思いましたか。



「いえ、ないと」



――判断に迷う時は署に連絡しますよね。



「はい」



――今回、連絡しなかったのは、判断に迷わなかったから。



「具体的な危険はないと」



――駆除が終了して、あなたは。



「…適切に終了したと思いました」






同じ日の法廷では、砂川署による不適切な取り調べがあった疑いさえ指摘されている。中村弁護士と原告・池上さん自身のやり取りを、以下に記す。




――調書では「弾丸が100%の確率でバックストップに刺さるとは断定できない」と。そう説明した記憶はありますか。



「ないですね。捜査員が外に出てって書いてきたやつに『サインしろ』と言われたので。とにかく長時間の取り調べで、しょっちゅう文章を書き直しては戻ってくるんですよ。私が言った趣旨とは違う」



――これ「供述録取書」といって、池上さんが言ったことを警察官が書いている。今の話だと、捜査官はその場で調書にしたわけじゃなく、誰かに相談してたんですか。



「外で課長と話してたようで『とにかくこうやって書いたほうがいいから』なんて、何回も行ったり来たりしてました」




●裁判中にあいついだヒグマ被害

裁判が続いた1年半の間に北海道ではヒグマの被害が相次ぎ、今年に入ってからの死傷者は10人を超えている。6月には札幌市の住宅街で男女4人が重軽傷を負う被害に遭い、11月には夕張市の山林でクマに襲われたとみられる男性の遺体がみつかった。



池上さんの地元・砂川市でも目撃情報は絶えず、今も市の鳥獣被害対策隊員を引き受ける池上さんは要請のあるたびに現場へ駈けつけている。当然ながら丸腰だが、「撃てば犯罪者にされる」という状況が変わらない限り、地元猟友会メンバーは引き金に手をかけることができないままだ。







折に触れ「私だけの問題ではない」と訴えてきた池上さんは、17日の判決言い渡し後も同じ言葉を口にすることになる。「これが許されるなら、ほかのハンターも駆除に従事できなくなる」――。だが判決は文字通りの全面勝訴となり、言い渡しの瞬間は「これで多くのハンターが安心できる」と意を強くした。



●全面勝訴判決「被告の主張にとどめ」

札幌地裁の廣瀬裁判長は、判決の主文で公安委の処分を「取り消す」と明言、続く理由説明で「原告の出動は公益目的で、公共の利益に適う」とし、池上さんに違法行為はなかったと結論づけた。



また仮に鳥獣法違反と判断する余地があったとしても、それを理由とする銃所持許可取り消しは「もはや社会通念に照らし著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱、濫用したものと言わざるを得ない」と言い切り、公安委の処分を「違法」と断じた。



さらに当初の捜査のきっかけとなった「跳弾」疑いについても、次のようにほぼ全否定することになる。




「原告が発射した弾丸については、本件ヒグマから逸れたりすることもなく、これに命中したものである。またこの弾丸がヒグマの身体を貫通し、さらに跳弾してどこかへ飛んだような事実を窺わせる証拠もみあたらない。そもそも原告が発射した弾丸が現場付近の建物に当たったとか、その建物を損壊させたなどといった事実は、本件証拠上まったく認められない」




池上さんはこれに「私の代わりに喋っていただいた」と意を強くし、「被告の主張にとどめを刺すような判決だった」と評価。代理人の中村弁護士も「行政の裁量権について『著しく逸脱』としてくれたことを評価したい」と感慨深げに語った。



●ハンターが安心できる仕組みづくりを

一方、今後の銃によるヒグマ駆除について「判決は必要条件ではあったが十分条件とは言えない」と池上さんは訴える。



「これを受けて、改めて地元自治体、北海道、及び警察の三者で話し合ってもらいたい。それから(何らかの合意を経たら)我々に駆除を要請してもらいたい。私自身の銃が戻る・戻らないの問題ではなく、地域を守るにはどうするか、ハンターを含めた4者が協力すべきと以前から言い続けてきました。『何かあったら逮捕します』ではなく、一所懸命やってるハンターが私のような目に遭ったらどうなるかを考えてもらいたい」



判決後、当時の駆除要請を出した砂川市農政課は「正当な行為が認められてよかった。池上さんには3年あまりも不自由な思いをさせて申しわけなく思っている」と話し、今後改めてヒグマ駆除について協議の場を設ける考えをあきらかにした。



被告・北海道公安委の事務を担当する道警は「判決内容を精査し、今後の対応を検討して参りたい」とコメント。同日時点で控訴の意思の有無などはあきらかにしていない。


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  • ライフルはただの銃砲免許では持てないスペシャルな存在なだけに貴重(日本では)だが、この告発者は被告に何か恨みでもあったのかもしれない。私怨なら慎むべきであろう。
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