日々マンガの情報をチェックしているコミックナタリーの読者なら、漫画村の名前を聞いたことがあるだろう。著者、出版社の了承を得ずにサイト上でマンガを無料公開し、大規模な著作権侵害を行なってきた海賊版サイトだ。最盛期には月に1億アクセスを超えていたとされる。
【大きな画像をもっと見る】海賊版サイトの存在を多くの人に認知される一端となった漫画村は、2018年に消えた。しかし巨大な後継サイトが次々誕生。コロナ禍による巣篭もり需要も後押しし、海賊版上位10サイトの月間合計アクセス数は4億の大台目前に。マンガの紙・電子をあわせた正規の市場規模が6126億円(2020年 / 出版科学研究所調べ)のところ、2021年1月から10月までですでに7827億円(上位10サイトのうち、試算可能なサイトのみ)がタダ読みされたという試算結果もある。しかし、明るい話題もある。上位サイトのひとつ、漫画BANKが閉鎖されたのだ。
現在、海賊版サイト問題はどんな状況にあるのか。海賊版対策の団体である一般社団法人ABJ広報部会長を務め、また出版5社連合の一員として福岡県警をはじめとする6都県警察合同捜査本部と協力、漫画村の運営者の逮捕に深く関わった集英社の伊東敦氏と、警察ルートとは別に漫画村の運営者を自力で特定した中島博之弁護士に取材を申し込んだ。今回の漫画BANKの閉鎖においても、2人は深く関わっている。その伊東氏と中島弁護士の発言から、海賊版サイトの現在地に迫る。
取材・文 / 小林聖
■ 「漫画村、閉鎖“しちゃった”」と語る人々
2018年に漫画村が閉鎖したとき、筆者には心底がっくりきた経験がある。知人に「漫画村閉鎖“しちゃった”ね」と言われたのだ。
ご存知の人も多いように、漫画村は違法コピーしたマンガを無料で公開していた、いわゆる海賊版サイトだ。海賊版サイトというものを広く一般に知らしめたサイトでもある。
冒頭の言葉を発した人も漫画村の利用者だった。別に良識がない人ではない。むしろ普段の付き合いでは心優しく人望もある人だ。そういう人が素朴に海賊版サイトを使い、なんでもない話題みたいにそれを口にしていた。それがショッキングだった。
あれから3年たった2021年の11月、漫画村の後継サイトのひとつだった海賊版サイト・漫画BANKの閉鎖が報じられた。KADOKAWA、講談社、集英社、小学館という出版4社による訴訟準備の動きを受け、閉鎖したと見られている。
しかし、同じ11月、衝撃的なデータも公開された。漫画BANKを含む海賊版上位10サイトの月間合計アクセス数が3億9833万に達した(2021年10月分)というニュースだ。最盛期の漫画村のアクセス数は月間約1億と言われているが、この数字はその4倍近い。
当然推定される被害額(タダ読みされた金額)も急増している。ネット上の海賊版対策のために出版社らが2020年に設立した一般社団法人ABJの推定では、試算可能な範囲だけでも2020年には約2100億円相当のマンガが違法に読まれていた。しかし、2021年は1月から10月だけで7827億円相当と前年の4倍ペースで拡大している。
海賊版対策は進んだ。だが、むしろ状況は悪化傾向にある。3年前に感じたショックが大きくなって戻ってきたような気持ちだった。
■ 時代を変えた海賊版サイト・漫画村
そもそも海賊版データの流通ネットワークは漫画村以前からさまざまな形で存在してきた。
日本で主流だったのはリーチサイト型と呼ばれる形態だ。これは、外部のサイトにアップロードされたコンテンツのダウンロードURLを掲載した形式のサイトを指す。
例としてはTorrentと呼ばれるP2Pソフトウェアを利用するリーチサイトがある。P2Pソフトウェア自体は2000年代初頭から盛んになっていたもので、本来的にはユーザー間のデータ流通プラットフォームだが、結果的にコンテンツの違法流通の温床としても機能し、現在も一定の存在感を維持している。
また、オンラインストレージを使ったサイバーロッカータイプと呼ばれる形式も多い。オンラインストレージはfirestorageやGigaFile便などメジャーなサービスも多いので使ったことがある人は多いだろう。ネット上にファイルをアップロードし、ユーザーがダウンロードできるようにする仕組みだ。
firestorageやGigaFile便などはビジネスユースも多いまっとうなサービスだが、現在ネット上には違法コンテンツが多くアップロードされている海外系オンラインストレージサービスもあり、そのダウンロードリンクを掲載するリーチサイトが海賊版の温床となっている。
集英社の法務担当者として海賊版対策を行い、一般社団法人ABJの広報部会長も務める伊東敦氏はこう話す。
「リーチサイトは2010年頃から日本では主流の海賊版サイトの形態でした。サイバーロッカータイプの場合はサイト自体にはコンテンツデータは置かれておらず、外部のストレージサービスにアップロードされている。そこにリンクを貼っているだけだから、長らく法的にグレーゾーンだったわけです。ですが、大手リーチサイトだったはるか夢の址の運営者が2017年に逮捕され、2019年には実刑判決が出されました。さらに、2020年10月の改正著作権法の施行でリーチサイトの運営自体が違法と明文化されました」(伊東氏)
このほか、コマを分割して動画化してYouTubeにアップロードする手法や、InstagramなどのSNSに掲載するアカウントも存在している。
「YouTubeやSNSにアップロードするタイプの大変な点は、プラットフォーム自体……例えばTwitterやInstagram自体はまっとうで問題がないことです。漫画村のようなサイトならサイト自体を取り締まるというアプローチができますが、YouTubeやSNSの場合は1つひとつ違法アップロードの投稿を見つけてプラットフォームに通報していくしかない。しかも、それが数限りなくある」(伊東氏)
こうした削除要請などは件数が増加すること自体が大きなコスト増となっている。
「リーチサイト最盛期は、リーチサイトが使っているサイバーロッカーにこつこつ削除要請を送っていたんですが、そのうちそれが月に6000件にもなって個人で対応できる数ではなくなってしまった。マウスのホイールを回しすぎで腱鞘炎になってしまったりもしたくらいですから。それで今は侵害対策の会社3社と契約して対策しています。今では検索非表示の申請も含めて月に10万件くらい申請をする状況です」(伊東氏)
そんな中で登場した漫画村は悪い意味でエポックメイキングな存在だった。
漫画村が登場したとき筆者が最初に思ったのは「今さらなぜ?」という疑問だった。運営サイトがデータを保持する漫画村のような形式のサイトは、法的にグレーだったサイバーロッカータイプのリーチサイトや匿名性が高いユーザー間通信のP2Pタイプと違って違法性自体は明らかで、手法的にも古典的な海賊版サイトに思えたからだ。
だが、漫画村は瞬く間に利用者を増やした。理由はその手軽さだ。
P2Pタイプは主にPCで利用する前提であり、ソフトウェアの扱いなどそれなりの知識も必要だった。サイバーロッカーもダウンロードのために有料会員登録が必要であるなど、ハードルが高い。
ところが、漫画村のようなオンライン型と呼ばれるサイトはアクセスすればブラウザ上ですぐにマンガが読めてしまう。PCはもちろんスマホでもカジュアルに読めてしまうことで、若年層を含めて爆発的に利用するユーザーを増やしたのだ。
また、違法性の明確さとは裏腹に訴訟のハードルも高かった。漫画村は最終的に2018年に閉鎖。2019年には運営者の逮捕に至り、2021年6月に実刑判決が出されたが、それは福岡県警をはじめとする6都県警察合同捜査本部の丁寧かつ地道な捜査の結果だった。
漫画村の利用する米国通信会社に対して、発信者情報請求訴訟を提起するなどして自力でアプローチした中島弁護士はこう語る。
「当時、漫画村を許せないと思って行動を起こしました。訴訟提起や運営者特定にかかる費用などは被害にあっているマンガ家の先生に負担してもらうことはできないと思い、すべて自腹で費用負担しました。昔は海賊版サイトのサーバも国内にあることが多かったので、日本の警察と連携して追い詰めることができたんですが、今はほとんど海外のサーバになってしまった。だから、まず最初にアメリカのサーバ管理会社や通信会社に当たらなければいけないのですが、海外だと国際捜査共助という仕組みを使わないといけなくなる。そうなると県警だけでは進められなくて時間もかかるんです。漫画村のときは福岡県警さんたちが本当に熱心で、あの方たちの力があったからこそ追い詰めることができたのではないでしょうか」(中島弁護士)
一連の漫画村裁判を告訴人(集英社)の立場で傍聴してきた伊東氏もこう語る。
「漫画村に関わった人間たちは、LINEグループを作って、そこでやりとりをしてサイト運営をしていました。その内容がこと細かに証拠として提出されるなど、膨大な調査があった。有罪を勝ち取るためには海賊版データを誰が入手・作成して、誰がアップロードしたのか、きちんと特定する必要があるのです。本当に捜査陣の努力には頭が下がります」
■ 海賊版サイトのリスクと違法化
最大手といえる漫画村の消滅は大きな成果だった。
漫画村がなくなったこと自体はもちろん、大きな功績は出版社だけでなくさまざまなところで海賊版問題が認知されたことだ。
「海賊版というものの問題が世の中に認知されて、通信やIT業界の人たちも危機感を持ってくれるようになった。いろんな人たちが団結してできる対策を全部やろうという流れが生まれるきっかけになったと思います」(伊東氏)
協力体制や問題意識の共有が進み、2020年にはABJが設立。海賊版サイトと正規サイトの違いがユーザーにもハッキリわかるようにするための電子書籍の正規配信サービスの証明マーク「ABJマーク」の制定をはじめ、さまざまな啓蒙活動を行うようになった。
「無料で利用できると言っても海賊版サイトはいろんなリスクがあるんです。ダウンロード型の場合、海賊版ファイルにウイルスが仕込まれている場合もある。会員登録を求められて登録すると詐欺メールが山のように届くようになりましたし、調査のためにクレジットカードを登録してみたら不正請求されたこともあります。漫画村のようなオンライン型サイトなどの収入源である広告も怪しいものが多い。広告をクリックすることで怪しいサイトに飛んでウイルスに感染することもありますし、意図せず海外のアドウェアが送り込まれたケースも確認しています。違法というだけでなく、利用すること自体のリスクが多い。そうした啓蒙も行っています」(伊東氏)
また、漫画村問題が広く認知されたことは法的整備が進むきっかけともなった。前述の改正著作権法では、リーチサイトの違法化のほか、従来は映像と音楽だけが対象だった違法ダウンロードの範囲が拡大。書籍やマンガも、違法コンテンツだと認識しながらダウンロードした場合、ダウンロードした人間も著作権侵害とされるようになった(こちらの施行は2021年1月)。
抑止力という点でも効果はあった。結果的に漫画村以降、国内で運営される海賊版サイトはほとんどなくなったという。
■ 漫画村が残した負の影響
だが、一方で漫画村騒動が残した負の遺産も大きかった。
ひとつは海賊版サイトというものの認知の拡大だ。これはユーザーが無料でマンガを読むという行為を知り、慣れてしまったという意味でもあるが、もうひとつの大きな問題は「悪意を持った人間にその市場が認知された」ことだ。
「漫画村が大きなアクセスを集めて広告収益を上げたということが、全世界に知られてしまった。つまり、儲かるんだ、と。それで漫画村の後続が続々と生まれるような状況が生まれてしまっているわけです」(伊東氏)
結果的に漫画村は海賊版サイトという市場を世界に認知させてしまったのだ。国内での運営こそほぼなくなったものの、運営は海外へ移っていき、現在はベトナムなどで運営されるサイトが増加しているという。
そして、見逃せないのはそうした海賊版サイトの勃興を“過去の違法サイト”が下支えする形になっている点だ。
漫画村が生まれたとき不思議だったのは、データの出所だった。漫画村のように大規模な海賊版サイトを立ち上げるには、当然大量のマンガのデータが必要になる。データを集めるだけでも凄まじいコストになるはずだが、なぜそれが可能だったのか、さらにはなぜ容易に後継サイトが生まれるのか。
漫画村の裁判でもその一端が明らかになったが、実はこうした海賊版サイトのデータは、過去の違法アップロードコンテンツから収集したものも多いという。海賊版サイトからデータを集め、海賊版サイトを立ち上げているという、海賊版の連鎖が状況を悪化させているのだ。
こうして輪廻するように海賊版サイトは生まれ、利用していたユーザーも「漫画村がなくなってもまた次の海賊版サイトが出てくるだろう」と思うようになっている。今も「漫画村」と検索するとサジェストに「代わり」というフレーズが出てくるのはその証だ。
「違法アップロードサイトでマンガを読むことに慣れてしまうと、マンガにお金を払うという価値観がなくなってしまう。そうなればマンガという産業を守ることはできなくなる。漫画村の裁判のときも裁判官の方が『マンガ文化を破壊しかねない』と言っていましたが、本当にそういうことが今起こっていると思います」(中島弁護士)
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後編へ続く>
※記事初出時より、海賊版サイトを利用するリスクに関する説明を一部修正しました。
■ 中島博之(ナカジマヒロユキ)
弁護士法人東京フレックス法律事務所所属。ITと知的財産分野を中心に活動するほか、サイバー犯罪に関して警察に捜査協力も行っている。漫画村問題の追及や漫画村出張所、ファスト映画投稿者の摘発協力を行うなど、海賊版対策に積極的に取り組んでいる。2021年、ゆうきまひろ名義で「弁護士・亜蘭陸法は漫画家になりたい」(マンガ:武村勇治)にてマンガ原作者デビュー。代理人弁護士ではなく、権利者本人として海賊版と戦う。
■ 伊東敦(イトウアツシ)
1988年に集英社入社後、週刊プレイボーイなどの雑誌編集を経て2009年末より現在の部署に異動。10年以上海賊版対策に従事し、はるか夢の址、漫画村、そしていわゆる“ネタバレサイト”などの摘発に深く関わる。現在、一般社団法人ABJ広報部会長と法務部会長も務める。