海賊版サイトについて取り扱う
本コラムの前編では、海賊版サイトの形態や利用するリスク、そして漫画村が残した負の影響などを解説した。2018年当時最大手だった漫画村の消滅は大きな成果であり、国内で運営される海賊版サイトはほとんどなくなったものの、現在も海賊版サイトへのアクセス数は伸び続けてしまっている。
【大きな画像をもっと見る】後編でも、警察といち早く連携し漫画村運営者に逮捕に深く関わった集英社の伊東敦氏と、警察ルートとは別に漫画村の運営者を自力で特定した中島博之弁護士に話を聞いた。海賊版サイトと最前線で戦う2人の見据える、今後の展望とは。
取材・文 / 小林聖
■ 業種も国も超えて問題意識を醸成しないといけない
海賊版サイト撲滅の活動が新たな海賊版サイトを生み出す。悪い冗談のような話だが、それが実際に起こっているのが現状であり、今もマンガ文化を蝕んでいる。
これまでも出版社や関係者はさまざまな対策を行ってきたが、筆者は正直なところ、流れていくニュースを見ながら「どうすれば海賊版サイトを根絶できるのか」と考えても「これ」という答えを見つけられずにいた。だからこそ、今回の取材でも同じ質問をぶつけてみた。「海賊版サイト根絶にはどういうアプローチが近道なのか」と。
伊東氏から返ってきた答えは「近道はわからない」というものだった。
「削除要請を送るのは当然として、警告書送付、訴訟も国内外で提起する、ユーザーの啓蒙もしなきゃいけない。やれることを全部やっていくしかない」(伊東氏)
だが、「やれること」を積み重ねた結果は確かに結果にもなり始めている。
「漫画BANKを追い詰めることができそうなのはひとつの希望です。海外だから摘発されにくいと思われていますが、漫画BANKの一件から『海外で運営していても安心じゃない』とアピールできればもしかしたら海外での動きも抑止できるかもしれない」(伊東氏)
漫画村以降進められてきた政治的取り組みも形になり始めている。
「文化庁も来年度から海賊版対策のための予算増額の動きがあったり、自民党の知的財産戦略調査会というところが海賊版対策のための国際執行の強化を提言として盛り込んだり、少しずつ前進してはいます。国を挙げて海賊版と戦っていこうという共通認識はできてきています」(中島弁護士)
国内の取り組みの先には海外へのアプローチもある。
「国内の共通認識をつくった先には、国際的な共通認識づくりも必要になる。例えば、今インターネットの世界は『児童ポルノなので削除してください』という要請にはどこの国、どこのプラットフォームでも迅速に対応する。児童ポルノに対して、世界中で撲滅しようという共通認識ができているからです。ところが、著作権侵害に関しては『正規のものか海賊版かわからないのでできません』となったりする。もちろん著作権侵害は画像を見ただけでは権利者がわからないからというのもありますが、まだまだみんな消極的で問題意識が高くない。世界中でもっと問題意識を醸成していかないといけない。ここに関しては総務省も海賊版の状況の酷さを海外にアピールしてくれていたりもします。我々もそういうアピールをしていかないといけないと思っています」(伊東氏)
■ 海賊版サイトというテロリスト
海賊版サイト根絶の道のりは気が遠くなるほど長い。状況を聞けば聞くほどそう感じさせられた。しかし、同時に話を聞きながら感じたのは「でも絶対に諦めない」という当事者たちの熱意だった。
印象的だったのは中島弁護士の「海賊版サイトを利用するのはテロリストに資金提供しているようなもの」という言葉だ。
「
さっきも話したように、海賊版サイトはマンガ文化を破壊する存在です。それを利用することで運営者にお金が入る。そうすると最初は規模も小さいものだったのが、より大きく、巧妙になっていく」(中島弁護士)
実際、海賊版サイトの収益は大きい。
「マンガの著作権侵害で言えば、絵の一部や、セリフ、情景などを詳細に抜き出してマンガの内容が最初から最後までわかるようにして掲載するネタバレサイトやネタバレ動画も問題化しています。2017年には集英社が協力して2つのネタバレサイトを摘発しましたが、この2サイトで3億7900万円も収益を上げていました」(伊東氏)
■ 海賊版サイトは未来のマンガへの略奪でもある
こうしたサイトに対しては「なくなったところで有料なら読まなくなるだけ」という反論も多い。だが、漫画村の最盛期には複数の出版社で15〜20%ほどの売り上げが落ちていたという声が上げられている。
2割の売り上げ減というのはもちろん出版社にとっても大きなダメージだが、作品を描くマンガ家にとってはより深刻な問題になる。
たとえば月収が20万円ほどの若手作家なら、収入は16万円になる。なんとか専業作家として成り立っていた人が、かすめ取られた2割によって廃業の危機に晒されてしまう数字だ。
「もしかしたらその作家さんは将来『鬼滅の刃』みたいな大ヒット作を描く天才だったかもしれない。でも、それが海賊版サイトのために筆を折ってしまって、結局大ヒット作が生まれなくなってしまう。そんなことが起こりえるんです。海賊版サイトが若い才能を潰してしまう」(伊東氏)
マンガはデビュー作で鮮烈なヒット作を生む人もいる世界だが、多くはキャリアを重ねて何作も描く中でヒット作を生み出していく。この育成と挑戦のサイクルのなかでマンガの世界は広がってきた。
そういう意味では、海賊版サイトが奪っているのは現在のマンガ業界の収益だけではない。未来のマンガ市場も食い荒らしているのだ。
「マンガというものが、YouTubeとかほかのコンテンツに負けるなら仕方ないと思うんです。それはまっとうな勝負だから。でも、海賊版に負けるのは許せないですよ。とてもまっとうな勝負とは言えない。一生懸命作ったものををタダみたいな形で盗んできたところと同じ土俵で戦えるわけがない」(伊東氏)
■ 「タダじゃなきゃ読まない人」はいなくなるのか
漫画村騒動のころ、周囲で怒りの声が上がる中で見かけたツイートがある。「タダじゃなきゃ読まないだけだし、海賊版サイトによってマンガ家や出版社がなくなってしまったとしても、そのときは違うコンテンツを楽しむだけ。困らない」という趣旨のつぶやきだ。
私は海賊版サイトの存在を知ったときよりも、この言葉を目にしたときの方が無力感を味わった。文化やそこに関わる人の生活を踏みにじっていることを自覚してもなお、後ろ暗いとも思わずにいる人にどんな言葉をかければ説得できるのかわからなかったからだ。きっとそのツイートのように考える人は今も、これからもいると思う。
あれから数年経った今も、その答えは見つかっていない。この原稿も、もっとも届けたいと思う人には届かないかもしれない。現在進行形で海賊版サイトを利用している人がこれを読んで即利用をやめるとも思えないし、ましてサイトを運営する人間がサイトを閉鎖するとは夢にも思わない。
だが、せめて目に留めた人が少しでも覚えていてくれたらいいと思う。いつか思い出して、「今日は海賊版サイトを見るのをやめよう」「たまには買ってみよう」と思うきっかけになればいい。気が遠くなるほど長い道のりを諦めずに進む人たちがいるのだ。私もせめてはるか遠くに向けたメッセージくらいは書かないといけない。
■ 中島博之(ナカジマヒロユキ)
弁護士法人東京フレックス法律事務所所属。ITと知的財産分野を中心に活動するほか、サイバー犯罪に関して警察に捜査協力も行っている。漫画村問題の追及や漫画村出張所、ファスト映画投稿者の摘発協力を行うなど、海賊版対策に積極的に取り組んでいる。2021年、ゆうきまひろ名義で「弁護士・亜蘭陸法は漫画家になりたい」(マンガ:武村勇治)にてマンガ原作者デビュー。代理人弁護士ではなく、権利者本人として海賊版と戦う。
■ 伊東敦(イトウアツシ)
1988年に集英社入社後、週刊プレイボーイなどの雑誌編集を経て2009年末より現在の部署に異動。10年以上海賊版対策に従事し、はるか夢の址、漫画村、そしていわゆる“ネタバレサイト”などの摘発に深く関わる。現在、一般社団法人ABJ広報部会長と法務部会長も務める。