『SLAM DUNK』宮城リョータの“強さ”の理由 傑作短編「ピアス」から考察

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2022年01月08日 10:01  リアルサウンド

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『SLAM DUNK(5)』

※本稿には『SLAM DUNK』および短編「ピアス」(ともに井上雄彦・作)の内容について触れている箇所がございます。両作を未読の方はご注意ください。(筆者)


 2022年秋――井上雄彦が原作・脚本・監督を務めるアニメーション映画、『SLAM DUNK』(タイトル未定)が公開予定だ。詳細はまだ明らかになっていないが、昨年末、拳と拳を突き合わせた絵に、「ただ、負けたくなかった。」というキャッチコピーを添えた新ビジュアルが公開、ファンの間でますます期待が高まっている。


 そこで今回は、同作の主要キャラのひとりである宮城リョータについて書いてみたいと思う。――が、その前に、かつて井上雄彦が『SLAM DUNK』連載終了後に発表した、「ピアス」という作品を紹介したい。


参考:彩子が表紙の『SLAM DUNK(17)』(ジャンプコミクス版)


■ボーイ・ミーツ・ガール物の傑作「ピアス」


 井上雄彦の「ピアス」は、「週刊少年ジャンプ」1998年9号に掲載された短編(読切)作品である。のちに「週刊ヤングジャンプ」(2001年49号)で再掲載されたものの、いまだ単行本には未収録であり、ファンの間では“伝説”と化している作品だ。


 ゆえに、その内容を知らない方も多いと思うので、以下に簡単なあらすじを書こうと思う(再度注意・ネタバレを含みますので、これから同作を読もうと思っている方はご注意ください)。


 「ピアス」の主人公は、小学6年生の「りょう」と呼ばれている少年。なぜか海を見つめることに執着している彼は、人知れず、海辺の崖にある洞窟を「秘密基地」にしていた。


 そんなりょうは、ある日、海にリボンのついた小さな箱を投げ捨てる少女の姿を見る。咄嗟に飛び込むりょう。すぐに海の底から小箱を拾い上げ、少女に平手打ちを一発食らわせたのち、彼女の足元に箱を放り投げる。そして、ひと言――(海を)「汚すな」


 だが、勝気な少女も負けてはいなかった。ふたりはしばしその場で乱闘を繰り広げるが、最後には、彼女の目に浮かんだ大粒の涙を見たりょうが折れ、それまで誰も入れたことのなかった「秘密基地」に少女を招き入れる。


 小箱を開けてみると、それはピアスだった。少女の母(おそらくは独身)が、いまつきあっている男性から贈られた物だったが、彼女はそのまま黙り込んでしまう。


 一方、何かを察しながらもりょうは、安全ピンの針を蝋燭の火で消毒して、左耳にピアスの穴を開けようとする――りょう曰く、「マイケル・ジョーダンがしてるから オレもする」(このセリフの他にも、「秘密基地」の中にはバスケットボールがさりげなく転がっており、りょうという少年がバスケ好きだということが暗に表現されている)


 さらに彼は、なぜ自分が海を見続けているのかを少女に打ち明ける。それは、3年前、釣りに行ったまま帰ってこなかった兄の話だった……。


 その日――一緒に釣りに行きたいと言うりょうに向かって、兄は、「危ないんだぞ 6年生になったら つれてってやるよ」と断り、幼かったりょうは、「バカ兄(にい)!! もう帰ってくるな!!」と思わず叫んでしまう。そう――(6年生になった)彼は、いまでも帰ってくるはずのない兄の帰りを待っているのだった。あのとき言ったひどい言葉を、取り消すために……。


 心に抱えているものを打ち明けた少年と、それを聞いた少女。そんなふたりを優しく包み込むように、空には美しい満月が浮かんでいる(……のだったが、突然、「秘密基地」はりょうの母親に見つかってしまい、のちに「解体」されることに)。


 数日後、りょうは、「元気? 私は元気 出てきたよ」という書き出しによる少女からの手紙を読み、あのピアスは実は、例の男性と母親のふたりが彼女のために用意していたプレゼントだったということを知る。また、少女の名前が「あやこ」だったということも。


 そして、物語のラスト。ひとり砂浜を歩きながら、自分の名を「りょう」だと思い込んでいるあやこに、彼は微笑んでこうつぶやくのだった。「りょうじゃねえよ… りょうただよ」


 と、これがまあ、「ピアス」のおおまかなストーリーであるが、わずか39ページの短編とは思えない、なんとも味わい深い、心に残るボーイ・ミーツ・ガール物の傑作である。なお、登場人物の「りょうた」と「あやこ」という名前から、同作が『SLAM DUNK』のスピンオフであるのは間違いないと思われるが、厳密に言えば、この物語で描かれている少年と少女が、のちの湘北高校バスケットボール部の宮城リョータと、マネージャーの彩子であるということは明言されてはいない。


 よって、そのあたりのことは慎重に考えた上で話を進めた方がいいのかもしれないが――たしかに、「あやこ」と「彩子」に、コレといった共通点はないとも言える――少なくとも「りょうた」の方は、耳のピアスの位置[注]や、「マイケル・ジョーダン」云々のセリフからも、宮城リョータであると考えていいだろう。


[注]『SLAM DUNK』の宮城がピアスをつけているのは、基本的には(りょうたと同じ)左耳のみだが、初登場時(第50話)は両方の耳につけている。


■山王戦での宮城の強さの秘密とは


 さて、『SLAM DUNK』の登場人物・宮城リョータは、湘北高校バスケットボール部の主要選手6名の中では、唯一の2年生である。ポジションはポイントガード。バスケ選手としてはあまり身長に恵まれているとはいえない体格だが、そのぶんスピードが売りの選手であり、彼が仕掛ける速攻とゲームメイクのセンスは、幾度も湘北チームのピンチを救ってきた。


 たとえば、物語の最後を飾るインターハイ――強豪・山王工業との試合では、いきなり盟友・桜木花道を使った“奇襲”を成功させ、多くの観客の度肝を抜いた(第224話)。また、彼の「スピードと感性」は、安西監督の信頼も厚く、同じ試合で大きく点差を開けられた際にも、ここは「湘北の切り込み隊長」がなんとかするとまで言われている(第236話)。


 他にもこの山王戦での彼の“見せ場”はいろいろとあるが、とりわけ読者の心に残るのは、身体の大きな選手ふたりに阻まれてもなお、「ドリブルこそ チビの生きる道なんだよ!!」と言って果敢に立ち向かっていく姿だろう(第268話)。


 また、個人的には、第244話での、(勢いを失いつつあった)仲間たちに向けた、「流れは 自分たちで もってくるもんだろがよ!!」というセリフも心に残っている。この時、湘北のエース・流川は山王のエース・沢北のマンツーマンのディフェンスに手こずっており、もうひとりのエース・三井は、スタミナ切れでほとんど足が止まっていた。さらには、チームの大黒柱であるキャプテン・赤木も、相手センターの河田に気持ちの上で負けそうになっており、ここは、ゲームメイカーの自分がなんかせねばという想いが強かったのだろう(この時も、桜木花道が宮城の気持ちに応えて、わずかだが流れを変える。また、その他の仲間たちも徐々に、それぞれのやり方でそれぞれの“強さ”を取り戻していく)。


 それにしても、なぜ、ここまで宮城リョータはがんばれるのだろうか。ひとつは、もちろん、バスケが好きだからという単純な理由があるだろう。好きだから、人は一所懸命になれるし、試練を乗り越えて成長することもできる(むろん、これは、敵味方問わず、『SLAM DUNK』に出てくるすべての選手たちについても言えることだろうが)。


 そしてもうひとつ。山王戦(特に後半戦)での宮城の“強さ”の秘密は、実は彼の右の掌(てのひら)に隠されていた。そこには、彼の片思いの相手であるマネージャーの彩子がマジックで書いてくれた、「No.1 ガード」という力強い文字があった。漢(おとこ)なら、これで負けるわけにはいかないだろう。


 ちなみに、残念ながら、ふだんの彩子は、宮城に対して(その気持ちを知っていながら)つれない態度をとることが多い。だが、この場面などをあらためて見てみると、やはり、あの「ピアス」に出てきた少女は、子供の頃の彩子であってほしいと思うのは、私だけではないだろう。そう、宮城のことを誰よりも理解しているのは彩子であり、彼女なりに、彼のことを昔から(?)応援しているのである。


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    • イイネ!23
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