社会人の多くが毎月楽しみにしている給料日。その“給与明細”を買い取るTwitterアカウントがあり、たびたびバズっている。
《月収10万円台の教頭先生》
《入社5年で基本給が1円も上がってない認可外保育施設の保育士》
《入社15年年収750万円の郵便配達員》
《外資IT営業で年収3000万円稼ぐ婚活女子》
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《20代で手取り月500万円の闇金管理職》
取り上げられる人の業種や収入額は多種多様。教師や公務員もいれば、犯罪に手を染めている者、年収100万円台もいれば、億を超える者も。
アカウント名は『給与明細買取屋さん』@kyuyokaitori。今回、同アカウントを運営する“中の人”に話を聞いた。最新のデータによると日本の平均年収は443万円だ。国税庁によるこのデータからは見えてこない、さまざまな人の給与明細を買い取ることで見えてきた、収入格差や日本の現代社会、そして未来とは――。
社会の空気を変えていきたい
アカウントの開設は'21年6月のこと。始めたきっかけは。
「最初はブラック企業に勤めている知り合いの給与明細の原本を、そのまま試しに会社と名前のところだけ隠してツイッターで発射したら大炎上したので、これはイケると思いまして買い取りも始めました。物珍しさから最初の2か月でフォロワーが1万人を超えました。
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日本人は給与や税金などお金の話を避けがちで、学ぶ機会がほとんどありません。そして長時間労働やパワハラにさらされ、上層部に搾取されっぱなし……。かたや同じような仕事でも外資系に転職すれば30代で年収1000万円も夢じゃないし、起業という道もある。こうやっていろいろな職業の給与をオープンにすることで、労働者が搾取されがちな社会の空気を変えていきたいと考えています」(『給与明細買取屋さん』運営者、以下同)
アカウント開設から約2年。買い取り数は4月6日時点で計469人に上る。買い取り金額となる謝礼はAmazonギフト券もしくはPayPayで支払われる(1,000円)。もしくは、有料オプションとなっている、Twitterアカウントでは隠された部分の閲覧権(通常5,800円)の無料化も選択できる。
“中の人”は何者なのか。
「事業内容は秘密ですが、仕組みを作って社員に仕事を丸投げするタイプの暇なオーナー社長です。会社の仕事は自分がいなくても回るようにしていますが、暇なので週4で出社しています。事業内容は5個くらいあって業績も組織もそれなりに安定してきて、本当に暇で何もすることがなかったので、何かしたいなと思ってこのアカウントを始めました」
自身の給与明細も公開しており、'22年5月の差引支給額は1,032,990円となっている。
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“教育界の闇”もオープンに
買い取る・買い取らないの「基準」は。どのような属性の人でも買い取るのだろうか。
「アルバイト以外なら誰でも買い取っています。コンビニでバイトしているレジの人の給与明細やそのお話は取り上げても……と思うので(笑)」
それほど給料をもらってないだろうというイメージを持たれがちな職業がそうではなかった時、またはその逆だった場合が特に注目を集めている。冒頭で紹介した教頭先生や郵便配達員がそれに当たるだろう。教頭先生は“結構もらってる”、郵便配達員は“そんなにもらってない”というイメージの人が多いのではないだろうか。教頭先生は通信制高校の職員。月収は差引支給額で191,750円である。月の労働時間は約160時間、サービス残業は約30時間。昼休みは“ゼロ”であり、「自分の給与明細が“教育界の闇”」としている。
「以前から公立の学校で教員をしている方の労働環境の待遇改善の声をニュースなどでよく見ますが、通信制高校(私立高校)は公立の教員よりも待遇が悪いのだなと衝撃を受けました。教頭先生でこれなら他の先生の年収はさらに低いということで、これでは教員の質を保つことはできませんね。
未来の教員の待遇改善のためにも、このような事例があるということをリアルな給与明細とリアルな声を世に発射し続けることが大切だと思います。なぜなら多くの人は年収300万円の教頭先生なんて存在するわけがないと思っているので。オープンにする必要があります」
多くの給与明細を買い取りしてきたなかで、「日本の現代社会」をどのように見てきたのだろうか。
「格差を感じます。具体的には年収400万円以下のサラリーマンと年収1000万円以上のサラリーマンという1つ目の格差。年収1000万円以上のサラリーマンと事業が上手くいっている経営者という2つ目の格差です。
1つ目の低年収サラリーマンと高年収サラリーマンとの格差については、差がどんどん広がっているなと感じています。近年、政府が力を入れているNISAなどの施策を低年収サラリーマンは貯金がないから使えず、貯金がある高年収サラリーマンは活用できる。結果、格差はどんどん広がるなと感じています。
2つ目の高年収サラリーマンと上手くいっている経営者との格差は、節税ができるかできないかです。ふるさと納税などはありますが大きな節税がしづらい高年収サラリーマンは年収が増えれば増えるほど、所得税や住民税も増えますが、経営者であれば節税として社宅や社用車の活用などができるため、使えるお金である可処分所得という観点では大きな差があります」
同じ年収では「今より貧しくなる」
給与明細の“10年後”はどうなっていると思うか。
「10年後、年収は変わらなくても手取りが減るのは100%です。具体的には毎年給与から天引きされている社会保険料が上がっていきますし、物価や消費税が今後も上がるのはこれまでの歴史を見れば間違いありません。つまり、10年後に今と同じ年収では使えるお金は今よりも少なくなります。そのため、今は“普通の生活”が出来ている年収400万円や年収500万円の人が貧乏になると考えられます。
年収が高い人と年収が低い人の二極化というのは今と変わらないと思いますが、年収が高い人も年収が低い人も今より貧しくなるのは間違いありません。このアカウントを10年後もやっていたら、10年前はこんなにも手取りがあって、今を恵まれた時代と若い人に言われるんじゃないですかね(笑)」
さまざまな分野・事象で語られる「昔は良かった」という言葉。未来から見たら“今”は恵まれているのか。もし結果として今が恵まれているなら、それは決して幸せなことではない。
社会や経済が変わってくれるのを待つか、給与を自身の手で変えるか……。
4月6日時点の給与明細の買い取り数、及び年収の内訳は以下。
年収200万円台…52人
年収300万円台…86人
年収400万円台…109人
年収500万円台…56人
年収600万円台…46人
年収700万円台…21人
年収800万円台…29人
年収900万円台…12人
年収1000万円以上…56人
年収1億円以上…2人
このうち『給与明細買取屋さん』運営者の特に印象に残った給与明細、その理由は以下となっている。
●『大手悪徳接骨院グループの柔道整復師くん』
「グループでやっている整骨院の多くの会社が詐欺行為をしているということがわかったので勉強になりました。健康保険が適用できるのは受傷機転が明確な外傷(骨折、脱臼、捻挫、打撲など)なのですが、健康保険が適用できない肩こりや腰痛でも受傷機転をでっちあげてレセプトを作成して健康保険を適用する詐欺行為をしています」(『給与明細買取屋さん』運営者、以下同)
●『ゆるふわ外資ITでマーケティングしてる1日3時間労働男』
「ビジネス英語がしゃべれるとこんなにも良い待遇で働くことができるという一例なのですが、英語を話せるようになるために、1人で『HUB』に行き、日本人女性をナンパしてる外国人男性をナンパして英語の勉強をしていたという話は勉強になりました。行動力さえあればお酒代だけで英会話の授業を受けることが出来ます」
●『10億円での会社売却提案を断ったホワイト企業の代表取締役』
「富裕層なのですが、プライベートカンパニーの活用や節税などあの手この手でお金を守ることができる富裕層からお金を奪う方法を教えてくれたから勉強になりました。奪う方法は法人税の納付額、寄付、設備投資に対する税額の軽減とのことです」