2月14日のバレンタイン、3月14日のホワイトデーで恋人たちのイベントも一段落と思いきや……。来たる4月14日は、韓国ではブラックデーと呼ばれる独り身男性のための記念日。バレンタインやホワイトデーを孤独に過ごした人たちが、黒い服をまとって身を寄せ合い、真っ黒な料理を食べるという一風変わった“ぼっちの日”だ。
日本ではまだ聞き慣れない言葉だが、韓国ではこの10年ほどのあいだで若者を中心に定着しつつある、比較的新しい文化なのだという。
日本での“黒歴史”と共通する感覚
「ブラックデー発祥の起源は正式にはよくわかっていませんが、1990年代には生まれていて、実際にそれが広く普及しはじめたのは2000年代以降のようです。日本では“黒歴史”という言葉がありますが、韓国でもモテなかった学生時代などを“闇”と表現することがあり、そういった感覚と黒い色をかけたブラックデーというイベントが生まれたとのことです」
そう教えてくれたのは『辛ラーメン』でおなじみの農心ジャパン、マーケティング部の三浦善隆さん。韓国の若者たちのブラックデーの過ごし方についても聞いた。
「恋人がいない男性が数人で集まって、いわゆる“町中華”のお店に行くというのが一般的な過ごし方です。そこではチャジャンミョンと呼ばれる韓国風の黒いジャージャン麺やブラックコーヒーを注文し、“来年こそは恋人をつくるぞ”なんて笑い飛ばす明るいイベントとなっています」(三浦さん、以下同)
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韓国版“孤独のグルメ”
ラーメン・餃子・チャーハンというのが日本の町中華の三大柱だが、韓国の町中華のメインは海鮮風味がきいた赤いチャンポン、酢豚、そして韓国風のジャージャン麺の3つ。甘い黒色ソースで味つけされたジャージャン麺は、韓国人にとっていちばん身近な黒い料理であり、孤独をこじらせ“闇落ち”した若者の心に寄り添ってくれる韓国版“孤独のグルメ”となっている。
「日本では韓国風のジャージャン麺を食べられるお店はあまり多くありませんが、日本に住む韓国人や韓流ファンの方々の間でも“4月14日はブラックデーだよ”と友人同士でジャージャン麺を食べに誘い合うきっかけになっているようです」
韓国風のジャージャン麺を食べたいと思ったときに自宅で手軽に味わえるのが、同社が販売する『チャパゲティ』だ。食品POSデータを分析するKSP社の調べでは、2022年春夏の即席麺カテゴリーで売り上げ伸長率トップの341%を誇るなど、人気は右肩上がり。韓国文化に興味があるZ世代からの支持やコロナ禍の内食需要の後押しもあり、発売から39年を経た今、大きなブームを迎えている。
「近年はSNSでもよく取り上げられ、日本でも人気が高まっています。日本の一般的なジャージャン麺と異なり、黒い甘みそソースで仕上げる辛くない麺料理で、スライスチーズと目玉焼きをトッピングした“チャゲチ”と呼ばれる食べ方も人気ですね」
日本で『チャパゲティ』の人気が高まった背景には、2019年に公開された大ヒット映画『パラサイト 半地下の家族』の影響もあるという。
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「韓国で人気の『ノグリ』という太麺の海鮮うどん風のインスタント麺を『チャパゲティ』と合わせて作る“チャパグリ”を見て、実際に食べてみたいという声が広がりました。もともとはバラエティー番組『パパ、どこ行くの?』の中で、2013年にフリーアナウンサーのキム・ソンジュさんが紹介した食べ方。
キャンプ場でのお手軽な朝ごはんメニューとして登場し、子どもがおいしそうに食べる姿が印象的で、韓国内で人気の食べ方として定着しました。さらに、映画『パラサイト 半地下の家族』にも登場したことで、日本でもよく知られるようになりましたね」
日本より重要視されるバレンタインデー
ブラックデーというやや自虐的なイベントは、バレンタインなどに対するカウンターカルチャーのようなものかもしれない。日本ではチョコレートを贈り合う日として定着しているバレンタインだが、韓国では“恋人たちの日”として、日本以上に大事な記念日として過ごされている。
「もちろん、女性が片思いの相手に思いを告げる日という側面もありますが、それ以上に“恋人を大切にする日”という捉え方をされています。ホワイトデーも同様で、花やぬいぐるみなどのプレゼントをギュッと詰め込んだ大きなバスケットをプレゼントしたり、ドラマのような豪華なサプライズを演出する人も。街中に幸せな雰囲気があふれる中で、そういった盛り上がりに乗ることができずに寂しい思いをした人たちのために、ブラックデーが生まれたのかもしれませんね」
中には、ブラックデーに意気投合し、新たなカップルが生まれることも。
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「基本的にはブラックデーは孤独な男性同士が慰め合うといった雰囲気の自虐的な記念日です。ただ、意中の女性に“一緒にジャージャン麺を食べよう”と誘う口実になったり、同様に黒い服を着てブラックデーを楽しんでいる女性に声をかけたりして、新たな出会いのきっかけになることもあるようですね」
韓国では毎月14日にイベントが続く
韓国では毎月14日に何かしらのイベントが続く。翌5月14日は「イエローデー」と呼ばれ、ブラックデーでも恋人ができなかった人たちが黄色い服を着てカレーを食べる日だ。その日にカレーを食べなければ、恋人をつくることができないという、ジンクス的な意味合いも。
「恋人たちにとっての5月14日は“ローズデー”というバラを贈り合う日です。バレンタイン、ホワイトデー、ブラックデーほど認知度は高くありませんが、毎月14日は、それぞれ意味が込められた恋人同士の記念日という認識はあるようです。韓国ではカップルで過ごす記念日をとても大切にする文化があるので、そういった意味でもブラックデーは孤独を楽しむ特殊な記念日といえるかもしれません」
日本ではこの10年ほどのあいだに一気に普及した“ぼっち文化”。近年人気のソロキャンプや、ひとりカラオケ、ひとり居酒屋、といったソロ活を楽しめる場や文化は着実に醸成されつつある。「ぼっち」の語源である「独りぼっち」は、もともとは宗派や教団に属さない「独法師」が転じた言葉だ。かつてはクリスマスを独りで過ごす「クリぼっち」や、学校で孤独にお弁当を食べる「ぼっち飯」といったネガティブなニュアンスもあったが、近年は“ひとり”を肯定的に楽しむニュアンスが込められるようになっている。一方で、韓国では日本ほどは“ぼっち文化”は浸透しておらず、ひとりでの行動に対する制限も多い。
「韓国では、食事はみんなでワイワイ楽しむものという意識が依然として強く根付いており、基本的には他人とともに複数で行動することが好まれます。いわゆる“おひとりさま”はちょっと変わり者で何か事情がある人と見られてしまう雰囲気もあり、ひとりで気軽に外食ができるお店もそれほど多くはありません」
ところがこの状況は近年少しずつ変わりつつある。さまざまなことを「ホン(ひとり)」で楽しむ「ホン族」という言葉も生まれているようだ。
「日本のドラマ『孤独のグルメ』は韓国でも大きな話題を呼び、“ひとり飯なのに楽しそう”といった感想も多かったようです。近年は韓国でもホンパプ(ひとり飯)、ホンスル(ひとり酒)といった新しい言葉が誕生していて、ひとりの時間をゆったりと過ごしたいという潜在的なニーズはコロナ禍以降さらに加速しているように思います。どれほど定着するかは未知数ではありますが、日本と同様におひとりさま文化が広がる可能性は十分にありそうですね」
いつの時代も“ひとり”には寂しさがつきまとう。一方で、それゆえの自由さや楽しみが表裏一体としてあるのも事実だ。“ぼっち”たちの祝宴であるブラックデーは、人付き合いに疲れた現代の日本人にとっても貴重な日となるかも。
<取材・文/吉信 武>