人気の本、なぜ地方の書店では仕入れることができない? 「【推しの子】って、今売れているんですか(笑)」

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2023年06月18日 07:01  リアルサウンド

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 リアルサウンドブックでたびたび登場している、秋田県羽後町の「ミケーネ」は、人口約1万3000人の農村の田園風景の中に立つ個人経営の書店だ。実は記者が小学校のころから通っている書店で、数多くの漫画との出会いの場を提供してくれた店でもある。今回は阿部久夫店長と、「ミケーネ」で漫画を買うというラブライバーの武田遼哉さんに直撃インタビュー。地方の書店の現状と課題、そして未来について考えてみた。


(参考:【写真】ミケーネの店内の本棚や地元色の強いラインナップ、売上を補填するためのさまざまな取り組みを見る


■地方書店はAmazonのVIP顧客!?


――書店に関しては、都心と地方の格差が著しいと言わざるを得ません。おそらく、一般のお客さんは数十万部が印刷されるベストセラーは、どこの書店に行っても並んでいると思っているかもしれません。しかし、実態は人気のあるタイトルほど大都市の大型書店に集中し、地方の個人経営の書店に並んでいないという実態があります。このことは、漫画家や小説家などの作家も知らなかったりします。


阿部:売れ筋を発注しようとしても、取次のサイトで在庫がないと表示されますから、仕入れることができないのです。売りたくても売れない、これではまったく勝負になりません。例えば、ベストセラーの著者のタイトルを並べて、フェアでもやろうと考えるとしましょう。しかし、そもそも仕入れられないので、フェアが開催できないんですよ。


――取次の注文サイトを見せていただきましたが、あれだけ東京の書店に並んでいる本がほとんど在庫切れだったり、注文できなくなっていることに驚きました。阿部店長はそういった本が欲しいという人がきたときは、Amazonから買って渡しているとか。


阿部:今日中に欲しいと言われたら、隣の横手市の大型書店に行ってくれと言いますが(笑)、数日かかってもいいのでどうしても欲しいと言われたら、私がAmazonから仕入れます。仕入れるというよりは、私が普通にお客さんとしてAmazonで買って、届いたものを渡すわけです。


――Amazonから仕入れる本は、年間どれくらいの金額になるのでしょうか。


阿部:昨年度だけで150万円もAmazonから買っています。完全にAmazonのお得意様ですね(笑)。ただし、他の本も買ってくれる常連のお客さんのお願いだから、応えている部分はあります。一見さんのために取り寄せをやるかというと、基本的にできないですね。買った本を受け取りに来ないリスクもありますから。


――Amazonから仕入れる本のジャンルはどんなものですか。


阿部:ベストセラーになっている売れ筋の本ですね。漫画よりも小説などの単行本が多いです。わかりやすく言えば、東京の大型書店だと平積みになっている本(笑)。うちでは並べることすらできないんですよ。


■ベストセラーがほとんど並んでない!


――確かに、「ミケーネ」の店内を見ていると、売れ筋の単行本が入荷していないことに驚かされます。漫画では『【推しの子】』は10巻が1冊だけ、『ぼっち・ざ・ろっく!』に至っては、ゼロです。


阿部:『【推しの子】』って、今売れているんですか(笑)。『ぼっち・ざ・ろっく!』は注文ができないので並んでいるのを見たことがありません。


――めちゃくちゃ売れてますよ、『【推しの子】』! 勉強してくださいよ(笑)! 『メイドインアビス』はどうですか? 店内に並んでいませんが。


阿部:取次に在庫がありますね。入れておきます。このように、地方の書店は私のようなお年寄りが経営していて売れ筋をわかっていないことも、衰退の原因の一つだと思います。


――とはいえ、やはり売れ筋の本が配本されないのは地方の書店にとって死活問題です。小説でも村上春樹の『街とその不確かな壁』は並んでいませんし、知念実希人の『ヨモツイクサ』などもゼロ、西野亮廣の『夢と金』などのビジネス書や自己啓発本の類もほぼ配本されていません。ベストセラーの本ほど並んでいてもおかしくないのに、地方が明らかに冷遇されています。なぜなのでしょうか。


阿部:例えば 1000冊配本するとしたら、東京の大型書店に数百冊を一括して送ったほうが売れるでしょうし、返本率も低いのでしょうね。もちろん取次も大変だというのはわかります。田舎の本屋にポツポツ数冊ずつ送る場合の運賃も、取次がもつわけですからね。効率よく配本したいという考えがあるのでしょう。


――その一方で、コンビニチェーンのローソンが地方で「LAWSONマチの本屋さん」という書店併設の店舗を作っています。地方の書店には可能性があるのでは、という見方もできると思います。


阿部:そうでしょうか。コンビニでは雑誌コーナーをなくしたいのが本音だと、ずっと前から言われてきたんですよ。あれだけ売り場面積を使うなら、もっと売れる商品を置きたいと考えるのは自然でしょうから。ローソンが本屋をやろうとしているのは、儲けて売上を伸ばすというよりは社会的に評価されたいという思いがあるのだと見ています。


■取次と書店の関係が良好だった時代


――そもそも「ミケーネ」は秋田県内でも有数の人気書店だった時期もあったんですよね。


阿部:かつては、坪当たりの売上が秋田県でトップだったこともあります。その頃は社員に年に3回ボーナスを出したこともあるほど、本がよく売れました。今ではボーナスは一切ありませんが(笑)。


――私は小学生の頃から「ミケーネ」で本を買っていましたが、あの頃、『ラブひな』を買っていたら、数日後に『オヤマ!菊之助』とか『エイケン』が入っていたりしました。今思えば当時の取次は機械的に本を送るのではなく、書店の顧客にかわいい女の子が出てくる漫画が好きな人がいるから、この本を置いたら売れるのではないか……と考えてくれる目利きがいたのではないかと思います。


阿部:昔は毎月必ず取次の担当者が来ていたので、そのたびにいろいろと顧客や本の情報交換をしていましたからね。こんな本を入れてイベントをしましょう、本屋のレイアウトをこう変えましょうというアドバイスももらえたのですが、今ではそもそも担当者が来なくなりました(笑)。


――なるほど、『ラブひな』を読んでいた私が『エイケン』を買えたのは、そういった取次さんの戦略に見事にはまったわけですね(笑)。


阿部:あと、昔は仙台市に取次の倉庫があって、好きな本を仕入れていいという仕組みもありました。選んだ本は無料でうちまで送ってくれました。家内と仙台旅行ができるので、よく行っていましたよ(笑)。当時は取次が小さな書店であっても平等に対応してくれたと思います。


――そういった倉庫から面白い本を仕入れるのも、書店員の楽しみだったのではないかと思います。


阿部:今でも覚えているのが、『完全自殺マニュアル』を倉庫で偶然見つけて、これは面白そうだと思って仕入れたんですよ。周りからはこんな本売れないでしょうと言われたのですが、店頭に置いていたら飛ぶように売れました。そのあと、ベストセラーになりましたからね。


■本屋を活性化させたい方、羽後町に来ませんか?


――利用者の立場から、地元の武田遼哉さんにも話を聞きたいと思います。「ミケーネ」を活性化させるにはどんなことをすればいいと思いますか。


武田:何回も通いたくなる仕掛けづくりがあればいいなと。例えば、オリジナルのスタンプカードなどがあれば、足を運びたくなるような気がしますね。


――武田さんは『ラブライブ!』シリーズなどのアニメが好きだそうですが、例えばそういうイベントやフェアなどがあればどうですか。


武田:『ラブライブ!』の声優さんのサイン会があれば、ぜひ行きたいですね。もしサイン会があったら、他県からもお客さんが来てくれると思いますし、ついでに他の本も買ってもらえることもあるのではないでしょうか。あと、秋田県出身の漫画家さんを呼んでもらえるといいなと思います。『チャンソーマン』の藤本タツキ先生、『みかづきマーチ』の山田はまち先生が秋田県出身なので、ぜひ羽後町にいらしてほしいですね。


――阿部店長、何かイベントやフェアをやる気はないですか。


阿部:私ももう歳ですが、若い人が何かやりたいと来てくれたら、一緒にやってみたいですね。羽後町には現在、地域おこし協力隊が2人しかいません。本が好きで本屋の売上を伸ばすことに関心がある人は、ぜひ羽後町へ来てみませんか。仕入れは売れ筋が入らないので大変ですが、アイディア次第でいろんなことはできると思う。それに、そういう意欲的な人が乗り込んできてくれたら、取次が全面的に協力してくれるかもしれませんからね(笑)。


――取次さん、ミケーネをよろしくお願いいたします(笑)。


■作家ほど地方の実態を知らない


 記者がネットニュースやSNSを見ていると、人気の漫画家や小説家が「ぜひ本屋さんでお買い求めください!」「書店を応援しています!」と発言していることがある。しかし、そういった人気作家の本は大抵、「ミケーネ」のような地方の個人経営の書店には並んでいない。羽後町に来る前に東京の大型書店を覗いたら、村上春樹の新刊がずらりと並んでいたが、一方で「ミケーネ」には1冊も並んでいなかった。


 なぜ並ばないのか。ここまで読んでいただければわかるように、仕入れたくても仕入れられないからである。書店がこうした状況に陥っていることは作家ほど知らない。記者が以前にインタビューをした作家は「ぜんぜん知らなかった」と驚いていた。作家がサイン会や色紙贈呈などで訪れる書店といえば大型書店やチェーン店ばかりだし、個人経営の書店が悲鳴をあげている実態はマスコミもほとんど取り上げないため、世間にも知られていないのだ。


 現に、羽後町内の顧客は「ミケーネ」で本を買わず、Amazonに流れている。例えば羽後町には『ラブライブ!』の熱狂的なファンが多いが、「ミケーネ」で買う人はほとんどいない。秋田県内の他の地域でも同様の例がみられるという。これでは地方の中小書店が存続するのは難しいと思われる。


 メディアの人間は東京中心で物事を考えがちだ。しかし、東京では当たり前に手に入るものが地方ではぜんぜん手に入らないという顕著な格差が、未だに存在するのである。嗜好品に関してはその傾向が顕著である。そして、長引いたコロナ騒動で地方経済は確実に疲弊し、羽後町もシャッターを下ろした店舗、廃墟、空き家が著しく増えた。地方のコミュニティをいかに維持していくのかは今後の大きな課題である。


 さて、「ミケーネ」はこれまで、『初音ミク』のキャラクターデザイナーのKEIにレジ袋をデザインしてもらったり、漫画家の原画展を開催したりと、意欲的な取り組みを実施してきた書店でもある。茅葺き民家を活用した民宿なども行っている。もし、この記事を読んで興味を持たれた方は訪問してみてはいかがだろうか。地方の書店を守るためのアイデアをお持ちの方は、ぜひ阿部店長と対話してみて欲しいと思う。


文=山内貴範


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  • 私は「ホンヤクラブ」というサイトで注文し 地元の本屋に配送してもらい地元の本屋で購入できるという方法で地元の本屋の売り上げに貢献してる。
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