「消える号令」「さん付け」激変する塀の中・・・無期懲役囚に迫る“獄死”の実態【報道特集】

120

2024年10月26日 06:33  TBS NEWS DIG

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

TBS NEWS DIG

TBS NEWS DIG

今、塀の中が劇的に変わっています。行進に伴う号令が消えて、受刑者は「さん」付けで呼ばれるようになっています。また、厳罰化で無期懲役の終身刑化に拍車がかかり、刑務所の中で死ぬ“獄死”も増加しています。

【写真を見る】「消える号令」「さん付け」激変する塀の中・・・無期懲役囚に迫る“獄死”の実態【報道特集】

消える号令…変わる刑務所

この日、無期懲役囚が35年ぶりに塀の外の見学に出る。

強盗殺人・無期懲役 35年服役
「昭和、平成、令和、3つかかりましたけどね」

万が一の逃走に備えて、念入りに写真撮影が始まる。

強盗殺人・無期懲役 35年服役
「実感湧きますね、シャバに出たという。シャバの空気というやつですね」

歩き方がぎこちない。35年という塀の中での習慣が強く刷り込まれているのだ。刑務所は号令と行進の世界。細かな規則が受刑者の行動を縛ってきた。

長期刑650人が収容される千葉刑務所。法務省の分類で『LA』。Lは長期刑、Aは初犯を表す。無期懲役囚は340人。半数以上が“死刑を免れた男達”だ。

行進に伴う号令は刑務所の象徴だったが、現在はそれが消えた。号令は元々こんな経緯で行われるようになったと言う。

藤本哲也 最高検参与
「ヤクザが肩で風切って歩いていた。『ちゃんと歩け』と言ったら、こう(行進して)歩き出して、それをみんなが真似した。(行進は)ヤクザから始まった」

長年の習慣が染みついた受刑者の反応は様々だ。

殺人・無期懲役 50代後半・服役28年
「戸惑いが多い。毎日のように号令で動いてきましたので。急に無くなると、あれ?という感じになる」

ーー長年いると、塀の中も変わってきた?

強盗殺人・死体遺棄・無期懲役 70代・服役22年
「私は厳しくしてもらった方が、ルールがきちんとしていて過ごしやすかった」

刑務官は受刑者を呼び捨てだったが、“さん”付けで呼ぶようになった。

強盗致死・無期懲役 50代
「たかが名前だけど、(さん付けかどうかで)心の開き方が違う。自分たちも人間なので」

殺人・無期懲役 50代後半・服役28年
「威圧感はないです。お互い距離を感じるように。(刑務官と)違った距離感が生まれた感じ」

強盗殺人・無期懲役 40代後半・服役20年
「よそよそしくなった気がする。今まで呼び捨てで呼ばれて、親しみがあったような気がする」

若い刑務官でも、はるかに年上の受刑者から「先生」「親父さん」と呼ばれていた。これも「担当さん」「職員さん」に変わった。

刑務官歴21年
「最初に入った22歳の時は『オヤジ』と呼ばれていた。違和感はありました。ただ、そう呼ぶのが当たり前だと思っていた」

刑務官歴13年
「(受刑者からは)『オヤジ』とか呼ばれた。異世界に来たような感覚を受けました。『規律が乱れるんじゃないかと不安だ』とか(受刑者から)そういう声があって、(さん付けを)やめてほしいという声はたくさん聞きます」

法務省は強力な権限で管理していた受刑者の処遇を改めて、社会復帰や再犯防止の為の教育に変えていく方針だ。その一環が、号令の廃止や人権尊重の観点から、受刑者を“さん”付けで呼ぶ刑務官の意識改革だ。

藤本哲也 最高検参与
「対等な形で話をすることで、社会に出た時のコミュニケーション能力をつける狙い。自分を卑下するのではなく、自分は生きているんだという信念を持たせて社会に帰そうと、処遇形態がまったく新しく変わることになる」

千葉刑務所の重要課題は高齢化対策。今回の改革の一つでもある。高齢化のスピードは加速し、“介護施設化”が顕著だ。

誤嚥性肺炎は死に直結しかねない為、口の周りの筋肉を鍛える訓練が欠かせない。

歯科医
「かなり高齢の無期(懲役)の人もいる。亡くなるまでいらっしゃる方もいます。ある意味、究極の福祉なのかもしれない」

劇的に変化する塀の中。一方、塀の外では前代未聞の事件が起きていた。

保護司殺害事件の波紋

今年5月、滋賀県大津市で社会復帰を支援する保護司が殺害された。容疑者は、保護観察中だった。事件は、出所後保護司に頼らざるを得ない受刑者たちにも衝撃を与えた。

強盗致死・無期懲役 50代・服役13年
「人のこと言えるわけではないけど、あれはひどいと思う。みんな(受刑者は)思ってます」

強盗殺人・無期懲役 服役30年
「刑期が長い身からすると、迷惑な事件」

ーー保護司は恩人ですか?

強盗殺人・無期懲役 服役30年
「我々受刑者にとっては、受け入れていただける人」

強盗殺人・無期懲役 40代後半・服役20年
「自分たちの仮釈放にも、影響があったりするのかな」

更生保護施設“古松園”にやって来たのは、4年前に仮釈放され、現在保護観察中の無期懲役囚だ。保護犬のケンタが出迎える。

無期懲役囚(4年前に仮釈放 保護観察中)
「園長のおかげです。ケンタも路頭に迷って処分されるところを、園長に助けてもらった。自分も拾ってもらったようなもの。命の恩人だと思う。感謝しています」

保護司との強い絆が窺える。無期懲役囚は、一生無期懲役が消えることはない。1か月に2回、保護司との面接が遵守事項だ。

出所者が身を寄せる民間の更生保護施設、古松園は1897年に設立された。部屋代は半年、食費は2か月間無料だ。仮釈放後の無期懲役囚が、定員20人の半数を占めた事もあった。

山積みされた衣類や日常品、食料品の米、味噌、醤油に至るまで、支援者から寄付されたものだ。

理事長は、歴代現職の岡山市長が務め、地域の代表が古松園の役員になっている。保護司の岩戸顕園長は元少年院の教官だ。

服役中の無期懲役囚75人の身元引受人で、これまでに仮釈放後の約80人の面倒をみている。引き受けるに当たっての面接は、犯罪内容に踏み込む厳しいものだ。

古松園 岩戸顕 園長
「強盗傷人・監禁・強盗殺人・死体損壊・死体遺棄。これだけ付いてるな。女性2人を拉致して、生き身のまま焼き殺し、死体をチェーンソーで切断したとある。普通の人がやることではない」

岩戸園長には、身元保証を懇願する無期懲役囚からの手紙が殺到している。

無期懲役囚 仮釈放後の生活は

古松園で、岩戸園長の面接を受けていた無期懲役囚の住まいを訪ねた。保護観察中の彼は1Kのアパートで暮らしている。

ーーここは独房より広いですね?
無期懲役囚(仮釈放 保護観察中)
「広いですわね」

ーー社会の生活はいいですか?
無期懲役囚(仮釈放 保護観察中)
「間取りも自由にできる」

ーー自由はいいですか?
無期懲役囚(仮釈放 保護観察中)
「いいですよ。経験した人しかわからない」

生活保護は1か月10万5千円。家賃4万円で、残りの6万5千円が生活費だ。

無期懲役囚(仮釈放 保護観察中)
「(食材も)40%オフとかあるじゃないですか。そういう(安い)のを利用している」

事件を起こせば、再び無期懲役囚として収監されてしまう。

無期懲役囚(仮釈放 保護観察中)
「対人関係とかは気を付けている。あとは、拾い物を時々します。財布を拾ったり、スマホを拾ったり。必ず交番に届けています。拾得物横領罪でどこでどうなるか分からないから、非常に気を付けている」

服役中の彼は、40年近い刑期で技術を高め、“備前焼の名人”と呼ばれるほどの腕前だった。

無期懲役囚(2015年放送時)
「集中しないと。ブレたら製品が立ち上がりません。雑念が入ったら、自然に体に現れてきます」

いま暮らす部屋には、自分が作った備前焼が飾られていた。

ーー死刑判決だったらどうでしたか?
無期懲役囚(仮釈放 保護観察中)
「なっててもおかしくない。感謝しています。あのまま終わっていたら、備前焼もできなかった。色々な人との付き合いもできなかった」

『無期刑については10年を経過した後、仮に釈放することができる』

法律ではこう定められているが、厳罰化が進み、千葉刑務所での無期懲役囚の仮釈放は、この3年でわずかに1人だった。

強盗殺人・無期懲役 60代・服役34年
「拘置所も刑務所も15年経てば出られると言われた。現状は、終身刑みたい。生きて出られるのか」

死刑を免れても、“仮釈放”を目標に、最低30年以上の刑期を生きなければならない。

殺人・強盗殺人・無期懲役 40代後半・服役20年
「死刑になると思っていたが、無期懲役になって生きることを許された。正直嬉しかったです」

令和4年の無期懲役囚は、約1700人。仮釈放の平均刑期は45年を越えており、終身刑化に拍車がかかっている。

無期懲役 覚せい剤密輸 男性
「初犯が1年半、2回目が7年、今回が無期懲役です。500キロの覚せい剤を密輸。いつ出られるんでしょうかね。できるなら、私の命があるうちに出たい」

無期懲役・強盗致死 50代・服役13年
「自殺した人もいた。年齢だけ重ねて、希望もなくなって、ここの中で死んでいくのが怖い」

無期懲役囚に迫る獄死

全国7か所にある死刑場のひとつが、宮城刑務所仙台拘置支所に存在する。

オウム死刑囚の一人の死刑も、ここで執行された。現在も4人の死刑囚が拘置されている。

隣の宮城刑務所は『LB』に分類される。Lは長期刑、Bは累犯、つまり複数回服役した受刑者が収容されている。

無期懲役囚は150人。暴力団関係者も少なくない。最高年齢は90歳。ここ5年間の仮釈放はわずかに2人だ。このため、塀の中での死亡、つまり“獄死”の増加に直面している。

報道特集のカメラが宮城刑務所の病棟に初めて入った。そこには生死をさまよう受刑者の姿があった。

刑務官
「もうちょっとでという感じの人たちです」

宮城刑務所(医療重点施設)の病棟には、末期がんや極度の認知症の受刑者たちが収容されていた。

彼は20代から、人生の殆どを塀の中で過ごしてきた無期懲役囚だ。認知症が進み自分の境遇は全く意識の中にない。

ーーいま何歳ですか?

殺人・強盗殺人 無期懲役・80代後半
「今なんぼだべ?ちょっと忘れた」

ーー自分の事件を覚えてますか?
「窃盗」

ーー刑期は?
「何か月だっけな。ちょっと忘れた」

ーー無期懲役ではないですか?
「無期(懲役)だ」

生死を彷徨い、死が近い重篤受刑者は“個室”に移される。

ーー病名は何ですか?
看護師
「癌です。終末期の患者さんです。いろいろ転移してしまって」

症状の重さで部屋が分けられている。出口に近いほど重篤だ。病棟を出ると霊安室に通じる。この日も霊安室には、すでに2つの棺が準備されていた。

このニュースに関するつぶやき

  • 加害者に優しい司法止めるべき。そのうち犯罪は病気なので外で治療とか言い出すパヨった奴等が日本にも出て来そう。米国の民主党の強い州の悲惨さ観れば絶対ダメなのは明白。
    • イイネ!17
    • コメント 1件

つぶやき一覧へ(90件)

前日のランキングへ

ニュース設定