スポーツカーに未来はあるのか “走りの刺激”を伝え続ける方法

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2024年12月20日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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やっぱり、スポーツカーはオワコンなのか

 この先、ガソリン車で運転が楽しいクルマはなかなか作れない。トヨタのスープラは生産終了となり、GR86はドイツで販売が終了したとのことだ。どちらも欧州で厳しくなる衝突安全基準に対応することが難しいのが理由のようだ。


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 少し前の話になるが、ホンダの軽ミッドシップスポーツ、S660も騒音規制などへの対応が難しく、生産を終了した。


 普通のクルマ、例えばミニバンやSUVであれば、その時点の規制に合わせて開発や変更を行うことが(当然、内容にもよるが)それほど難しくはない。デザインやエンジン性能は、保安基準や排ガス規制をクリアした上で決定される。しかし、スポーツカーとしてデザインし、走行性能を追求するとなれば、ユーザーの期待値もありハードルは上がってしまう。


 その一方で、ネットニュースでも自動車雑誌でも、スポーツカーの復興を取り上げる記事は相変わらず多い。それが自動車雑誌を長年愛読してきたユーザーに響くのは納得できるが、果たしてスポーツカーの売れ行きにどれほど影響を与えているかというと、難しいところだ。


 それくらい、スポーツカーはクルマ好きの関心を集めるが、それを購入して長く維持し続けることは難しい。スポーツカーはクルマの軽さや運動性能を重視しているため実用性が低く、乗り回せる環境が限られている。


 若い頃にスポーツカーを楽しんだクルマ好きも、子育て世代になれば実用的なクルマに買い換えることを余儀なくされるものだ。しかし子育てが終わり、自分の時間が持てるようになると、再び趣味のクルマとしてスポーツカーを手に入れる向きも少なくない。


 だが、今後はそうした選択肢も失われる可能性が出ているのである。


●変わっていくスポーツカーの定義と、変わらぬモノ


 技術の進化や交通状況など環境の変化により、スポーツカーの定義も変わってきている。


 スポーツカーはクルマが普及し始めた1950年代頃に誕生したが、それ以前はレーシングカーをベースにして公道を走れるようにしたものしかなかった。価格もさることながら、性能面でも誰もが乗りこなせるものではなかった。


 スポーツカーはクルマ好きが運転を楽しめるモデルとして英国で誕生し、欧州の自動車メーカーが追随して米国市場で1つのカテゴリーを築き上げた。そうしてスポーツカーは市民権を得ていった。


 信号や交通渋滞が少なく、郊外との往来も容易だった頃は、それほど快適性や利便性を気にすることもなく、スポーツカー本来の機能だけで走りも堪能できる時代だった。しかし、都市に高速道路網が発達して便利になった半面、郊外までの距離がさらに遠くなって渋滞も頻繁に発生するようになった現代では、気候変動もあってエアコンなしではとても耐えられない。


 さらに衝突安全性のためにエアバッグがいくつも組み込まれ、ボディサイズも拡大していくと、車体は当然重くなる。ABS(アンチロックブレーキシステム)や横滑り防止装置などの電子デバイスも、ドライバーをサポートして万が一に備えるために必要になる。これらは現代のクルマとして、スポーツカーとて避けられない条件だ。それを踏まえて開発せざるを得ない環境になったのは仕方のないことだ。


 だが、実用性の高さを考慮した4人乗りや、渋滞でも疲れない機能などを盛り込んでいくと、スポーツカーからどんどんかけ離れていく。


 スーパーカーの類になると、もはやエンジン性能が一般ユーザーには扱えない領域に達し、ほとんどが2ペダルAT仕様となっている。一方、そこまでの性能ではない高性能車も、サーキットではMTより2ペダルATの方がラップタイムは速い傾向にある。けれども速さを追求するのではなく、クルマを操ることをスポーツとするスポーツドライビングであれば、ATしか設定のないクルマは不十分だ。


 例えるなら、楽器演奏のようなものだ。クラシックピアノより電子ピアノの方が演奏は楽だ。伴奏を付けてくれたり、何なら自動演奏もこなしてくれたりする。そんな楽器に手助けしてもらう演奏がよければ、それを選べばいいだけのことだ。


 単純に速く走るのが目的であれば、パワーがあって太いタイヤと固めた足回り、高いボディ剛性などの条件をそろえればいい。2ペダルATで4WD(四輪駆動)のクルマであれば、誰でも速く走らせられるだろう。


 しかし、ドライバーの操作に繊細に反応する“人車一体感”を追求するのであれば、車体の軽さや大きさ、重心やロールセンターの高さ、エンジンや変速機の反応の良さが重要な要素になる。


 つまり、どんなに時代が変化しても、スポーツカーはスポーツドライビングのためのクルマであり、それ以外の要素を盛り込んだクルマはスポーティーなクルマ、高性能なだけのクルマなのだ。


●アイオニック5Nの加速性能は刺激的だが……


 少し前のことになるが、ヒョンデの超高性能EV、アイオニック5Nに試乗した。SUVベースながら、強化したモーターを前後に備える4WDで、パフォーマンスが注目されるモデルだ。


 EVは加速力は高いものの、モーターが強力であるほどモーターやバッテリーが発熱し、サーキット走行などしようものなら、2〜3周でセーフモードが発動してしまうケースが多い。しかしアイオニック5Nは、モーターやバッテリーのサーマルマネージメントも強化することで、EVの弱点である熱ダレを抑え込んでいるのが特徴だ。そのためEVレースで圧倒的な速さを見せつけているのである。


 実際、その加速力は脅威ですらある。日本車では飛び切りの高性能で知られる日産GT-Rでも、最高出力、最大トルクはわずかに及ばない。しかもモーターなので、静止状態から最大トルクを発揮し、発進加速も追い越し加速も段違いの瞬発力を見せつける。


 さらに、EVのスムーズさと静かさに物足りなさを覚えるオーナーのために、Nモードと呼ばれるトラックモードを用意している。Nモードではバーチャルな8速DCT(デュアルクラッチトランスミッション)が選べ、シフトダウンするとエンジンをブリッピングしたように車内でエンジン音が高まり、バリバリとアフターファイヤーのような音(最近はバブリングとも言うらしい)まで放つのだ。


 これはガソリン車のパドルシフトでスポーティーな走りを楽しんでいるユーザーにとってはなじみがあり、さらにより強力なパワーユニットによる刺激的な走りは痛快だろう。


 だが公道での走りは、正直言って持て余すことが大半であり、雰囲気を味わう程度がせいぜいとなってしまう。それでも、この高性能なクルマを所有し乗り回すことに満足感を覚えるオーナーもいるはずだ。


 GT-Rも同じだが、4人乗れて買い物にも行けることは、クルマを1台しか所有できないオーナーにとっては重要なことだ。そしてGT-Rにほれ込む、憧れる層を生み出し、ブランドイメージを作り出していったのだ。


 ヒョンデは、このアイオニック5Nでスポーツカーを目指したのではなく、他にはない尖がったEVを作り上げ、話題性によってブランドイメージを高めることを狙ったのだ。その狙いは成功したと言っていい。しかし、スポーツドライビングを楽しむという観点からすれば、刺激的な走りも慣れれば普通の感覚になっていき、次に求めるクルマは違った方向性のものになるだろう。


●マツダ・ロードスター、現行モデルの大きな価値


 マツダ・ロードスターは日本が誇るスポーツカーの一つで、世界中にファンがいる人気車種である。現行モデルは4代目で、登場したのは2015年であるから、すでに9年目を迎える長寿車種とも言える。


 それでも現在の主査(開発を主幹するエンジニア)である齋藤茂樹氏は、電池の開発が進み重量負担が少なくなるまで、現行のNDロードスターを作り続けたいと明言している。つまり、次世代のロードスターはハイブリッド化が免れないため、今のロードスターを超えることは難しいのである。


 もちろん主査の主観であり、そういった計画を決めるのは経営陣ではあるが、今のロードスターがどれだけ価値あるクルマかが伝わってくる発言だ。


 一方でトヨタの取り組みも面白い。同社はかつては5チャンネルあるディーラー網でそれぞれ専売車種を設定して、高い国内販売シェアを維持してきた。マークII三兄弟をはじめとした兄弟車でバリエーションを増やし、幅広いニーズに対応してきたのだ。


 それを覆したのがプリウスのヒットだった。正確にはプリウスをヒットさせ、それを遅延なく納車しメンテナンスするために、全チャンネル販売を英断したのだ。それによって3代目プリウスは未曽有のヒット作となった。結果、各チャンネル専売の根拠も薄れたのである。


 そこから時間を経て専売制を撤廃し、今では全車種販売を繰り広げている。その一方で「GRガレージ」という従来のディーラーとは異なる拠点も展開している。


●トヨタが「GRガレージ」を展開する、深い理由


 GRガレージは、トヨタのレーシングブランドであるGAZOO Racingの名を冠した拠点で、GRブランドの車両を販売、メンテナンスするほか、オーナーの要望に応じたカスタマイズやサーキット走行のためのモディファイ(改造)まで行っている。


 経営母体が異なるため、拠点により温度差はあるものの、積極的に走りを楽しむオーナーのためにさまざまなサポートを展開している。ミニバンやSUVにまでGR仕様(こちらはドレスアップのみ)を用意するのは、いささかコンセプトがブレている印象もあるが、GRが本当に走りを追求するユーザーのためのブランドというイメージは定着しつつあるようだ。


 クルマが便利さや経済性だけで選ばれるようになれば、最終的には価格の安さで中国や韓国の自動車メーカーに太刀打ちできなくなる可能性がある。だが安全性や信頼性といった品質と並んで、クルマの本質である走りの性能や感触でブランドイメージを構築できれば、そこに価値を生み出し差別化ができるのだ。


 トヨタが豊田章男会長の趣味に巨額の資金を投じているという見方をする報道も見受けられるが、まったくもって勘違いも甚だしい。実用的なクルマばかりを作り続けていたら、クルマの楽しさをユーザーは忘れてしまう。


 クルマを購入したいと思うユーザーには、運転を楽しむ層が一定数存在する。それに応え、そこに続くユーザーを育てるためにもスポーツカーは必要なのだ。


 現時点ではトヨタ、日産、マツダ、スバルの4メーカーはスポーツカーを生産、販売している。これからスポーツカーはどう進化していくのか。自動車メーカー各社の取り組みが楽しみだ。


(高根英幸)



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  • これだけ一生懸命に記事を書くライターさんがいるうちはきっと大丈夫だと思います。
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