忘年会や新年会ではカラオケが定番だが、公式MV(ミュージックビデオ)などが用意されていない限り、画面に流れるのはイメージ映像だ。曲の雰囲気に合っているのはわかるが、不思議と懐かしい趣があり、登場するのは見知らぬ俳優たち…。あの映像は、誰がどのように作っているのか?誰もが一度は感じたであろう疑問の数々を、カラオケ「JOYSOUND」を運営する株式会社エクシングにぶつけてみた。
カラオケ映像が歌い手の記憶に残りにくい“納得のワケ”カラオケの意外な真実を明かしてくれるのは、エクシングの制作部部長・金子暢大さんだ。
あまり知られていないかもしれないが、実は歌詞テロップに採用しているのはオリジナルの「ユニバーサル・デザイン・フォント」。視認性を高めるため、色合いにもこだわっているという。
フォントまで開発しているくらいなのだから、背景映像の制作や流し方にも、一筋縄ではいかないノウハウがあるようで…。
「カラオケの主役はもちろん、お店に来ていただいたお客様ですから、気持ちよく歌っていただきたいです。歌詞のテロップを追いにくかったり、曲が頭に入ってこなかったりするといけませんので、背景映像が主張しすぎないように意識しています」
──映像制作というクリエイティブなお仕事でありながら、あえて控えめな見せ方を追求していると…?
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「はい。改めて映像をご覧いただくと、画面の一部で電車や自動車が走っているようなことはあっても、映るものすべてが絶えず動いていることはないはずです。
というのも、歌詞のテロップは基本的に、左から右へと色が変わりながら流れていきますよね。被写体の動きがテロップと逆方向だったり、テロップの流れるスピードと合わなかったりすると歌いにくくなってしまいますので、そこは気を遣うポイントです」
──そう聞いてみれば、確かに…! 映像はどのように撮影しているのでしょうか?
「撮影班をいくつか組んでいます。内容によってまちまちなのですが、映像1本あたり約2〜3か月で企画から撮影、配信までを行うスケジュール感です。
ほとんど東京で撮っているものの、地方を舞台とした演歌などは、その場所の映像を流さないと雰囲気が出ません。そういった“ご当地曲”のために、全国各地へロケに行くこともありますね。なかでも地域のお祭りは、撮影の許可を取るのが非常に大変です…」
──ご当地の映像も撮り下ろしだったのですね。ほかには、出演する俳優さんのチョイスも気になっていました。ここまでのお話からいくと、俳優さんも決して目立ってはいけないということに…?
「そのとおりです。一般的なドラマで主役を張るような俳優さんですと、もともとの印象がどうしても強いため、カラオケの映像には起用できません。
とはいえ、実際に私たちが出演をお願いしている俳優さんも、ちゃんとした事務所に所属しています。映像にはストーリーも用意されていますので、『ここで初めて会う』『手をつなぐ』といった台本に沿って演じてもらう形です」
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──自己アピールを抑えつつも、しっかりと演技…。カラオケの世界を彩ってくれる、その道のプロがいたとは胸が熱くなります。
「同じ俳優さんにばかり続投してもらっても皆さんに飽きられてしまいますので、ある程度は映像ごとに出演者を分けていますが、なかにはカラオケの映像が専門だという方もいると思いますよ」
ただの機械任せではない? カラオケ映像が流れる“法則”──ここから、もっと深掘りさせてください。背景映像は、どれくらいの数が搭載されているのでしょうか? 毎回フレッシュな気分で歌えるだけの、豊富なバリエーションがありますよね。
「具体的な数は非公表なのですが、何千種類という映像が入っています。1曲4〜5分だとすると、同じ曲を1時間で10回以上歌うことができますよね。それでも、同じ映像は1〜2回流れるかどうかという確率です」
──何千種類もあるのに、同じ曲だと同じ映像が流れる可能性もあるということは、ランダムなようでランダムではない…? 曲と映像を、歌詞や曲調によってマッチングさせるシステムがありそうだと疑っているのですが…。
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「そちらはまさに、皆さんが知りたがっている秘密の部分ですね(笑)。やはり一つは歌詞の意味、たとえば冬なのか夏なのか、雨なのか晴れなのか…といった要素が、流れる映像の決め手です。
あとは曲のテンポなども考慮し、どの曲にはどの映像が合うかを絞り込めるようなツールが存在します」
──とあるバンドの曲を歌ったとき、公式MVは渋谷の夜景なのですが、カラオケでも似たような映像が流れて驚きました。
「曲と本当に合致した映像を出せるよう、最後は人間が設定に手を入れていますね。歌詞が比喩的なアーティストの場合は、特に難しいです。『これはいったい、どういうシチュエーションなんだろう』と、人間が解釈していくしかない曲もありますので…」
禁断の質問…なぜカラオケ映像は古く見えるのか──偶然にしてはできすぎで怖いと思いきや、1曲1曲、細かく調整していたとは…。次が最後の質問で、少し言いにくいのですが、なぜカラオケの映像は微妙に古めかしいのでしょうか? たとえるなら“平成レトロ”とでも表現できそうな…。
「それは恐らく“既視感”が理由ではないかと…。
かつてJOYSOUNDは、機種が新しくなるたびに、映像データが入ったハードディスクごと入れ替わる仕組みでした。発売から年数が経過した機種が置かれたカラオケ店に行けば、発売当時に制作された映像が今でも流れますので、『見たことがある』という感覚は否めません。
現在の機種は、設置後も随時新しい映像を追加できるように進化していますが、次の機種が出るまで数年使われ続ける映像もあります。俳優さんの服装や髪型、メイクなどの変化で『これはあの頃だ』とわかってしまうのでしょう。
また、機材も年々アップデートしていますので、映像の陰影や奥行き、質感が撮影時期によって変わってきますね。そこで古さが出てしまうのだと、我々も最近になって気がつきました」
──なるほど、腑に落ちます。逆にいえば、カラオケの映像を、時代の象徴として味わうこともできそうですね。
「2015年発売の機種あたりからは、街にランドマーク的な建物ができれば、すぐに撮影して反映させています。そこは皆さんへの訴求力があるのではないでしょうか」
金子さんは「カラオケの音楽データはオリジナルの楽曲を参照して制作します。一方で映像は『こうあるべき』というものもなく、いまだに『正解』を定義することが難しい」とも語ったが、もはや映像もカラオケの名脇役と呼べるだろう。
もし大人数のカラオケで「みんな知らない曲ばかり歌うな…」と退屈になってしまったときなどは、いっそのこと画面に目を凝らしてみてはどうか。きっとそこには、“主張しすぎない美学”が色づいている。