山手線が39年ぶりに運賃アップ、JR東日本が発足以来「初値上げ」の意味

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2025年02月17日 11:01  ITmedia ビジネスオンライン

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JR東日本、初の本格値上げへ

 JR東日本は2024年12月、2026年3月の値上げを申請する「運賃改定の申請のお知らせ」を発表した。鉄道の運賃は国土交通省の監督下にあり、勝手に値上げをできない仕組みになっている。値上げするためには国土交通大臣の認可が必要だ。その申請手続きを始めたわけである。


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 申請が認可されると、1987年にJR東日本が発足してから39年間で初めての運賃値上げとなる。「あれ? これまでも値上げってあったよね?」と思ったかもしれない。確かに1997年、2014年、2019年に運賃は上がっているが、これは消費税の転嫁によるものだ。


 記憶に新しいところでは、2023年3月に電車特定区間で、通勤定期運賃の値上げと「オフピーク定期券」という値下げを実施した。オフピーク定期券は、平日の混雑時間帯を除く乗車に限り割引率が適用される。平日の混雑時間帯に乗車するときはIC普通運賃がかかる。普通運賃も電車特定区間においてバリアフリー料金として10円が加算された。


 このときの通勤定期券の値上げは、オフピーク定期券の割引分があるため、定期運賃収入全体としては増収にならないという指摘があった。またバリアフリー料金はホームドア、エレベーター、トイレのバリアフリー設備に使われる。だからJR東日本の増収にはならない。実際、バリアフリー料金は設備投資額を考えると、JR東日本の持ち出しのような気がする。


 もっとも利用者からすれば、どれも運賃の値上げに見える。だから、いまさら「開業以来初の値上げ」という表現は、JR東日本からすれば納得しがたいだろう。正しくは「JR東日本が増収を目的として運賃を値上げするのは初めて」となる。39年間も税抜き運賃を据え置いてガマンしていた値上げ分がドンと加算される。特にこれまで割引運賃だった「電車特定区間」と「山手線内」の割引がなくなるため、値上がり幅が大きい。


 本記事ではJR東日本が開業以来、なぜ税抜き運賃の値上げをしてこなかったか、なぜいきなり大幅な値上げを発表したか、を考えてみたい。


●物価と連動できなかった鉄道運賃


 モノやサービスの値段を上げる理由として、まず「諸物価の高騰」が挙げられる。原材料費が上がり、燃料価格が上がり、人件費も上がる。「価格改定メールの書き方」などを参考にすると、「弊社でもさまざまな対策を講じて価格維持に努めましたが、現行の価格体系を維持できなくなりました」という発表になる。


 例えばカップヌードルは、1971年の発売時は100円だった。JR東日本が発足した1987年頃の希望小売価格は140円で、現在は同236円(税抜)だ。ただし140円から236円へ、いきなり100円近く値上げしたわけではない。この間に5回の値上げをした結果だ。これは消費者物価指数の推移ともほぼ一致する。10円、20円と小刻みに値上げしてきたから、買う側にとってショックは小さい。子どもの頃は100円だったのに、いつのまにか236円になったという感想になる。


 世の中のほとんどのモノやサービスは、小刻みに値上げしてきた。それに比べればJR東日本の「39年間据え置き」のほうが異常だ。その理由は鉄道運賃が国の監督下にあるからだ。値上げしたければ国の認可が必要で、国が納得する材料を示さなくてはいけない。


 そして一般に、モノやサービスの値上げは消費者に説明して理解していただく必要がある。しかし鉄道は利用者ではなく、国に説明する必要がある。なぜかというと、もともと鉄道事業は「国が免許を与える事業」だったからだ。


 鉄道を建設するときは、国に申請して免許を得る必要があった。国にとって鉄道は政策に必要だったし、むやみやたらに線路を敷いて競合すれば運賃の値下げ競争につながり、過度な値下げをすると、安全対策費用が削減される恐れがある。それでは、いずれ重大な事故につながる恐れがある。大勢の人々が命を落としケガをする。


 だから明治時代からJR発足までは、官営鉄道や国鉄に並行する鉄道路線を計画しても免許は認可されなかった。有望な区間があったときは、競合会社より早く書類や資本を集めて、先に免許を取る必要があった。現在は規制緩和で許可制になったけれども、やはり国への届出は必要だ。


 その結果、鉄道は地域での独占企業になった。ほかにライバルがいないから、沿線の人々はその鉄道を利用するしかない。そうなると独占企業の悪いところが出てくる。値上げをすればもうかるわけだ。これでは国民の生活の役に立たない。だから国は鉄道会社に対して運賃を規制したい。そこで鉄道会社は運賃の値上げを申請し、国は審査して認可または不認可とする仕組みとなった。


 値上げに関しては認可が必要だけれども、値下げの認可は不要だ。営業政策上の割引は届出だけでいい。認可を受けた運賃以下であれば自由に値引きできる。つまり国の認可は「上限運賃」となる。会社を大損させるような値下げはしないだろうという判断が国にはある。もっとも過当な値下げについては指導することになる。


●共通のコスト基準は国が決めている


 それでは、鉄道にとって適切な運賃とはなにか。必要なコストに対し、社会情勢を考慮した適正な利潤を加えたものとなる。鉄道事業法第16条第2項には、「鉄道事業者が定めた運賃等の上限が、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないもの」となる。これを総括原価方式といい、1999年の鉄道事業法改正で導入された。


 ところが、ここにも問題がある。コストを高く見積もれば、その分の総括原価を上げて値上げしやすくなる。この問題を防ぐ仕組みが「ヤードスティック」方式だ。線路費、電路(架線や変電設備)、車両費、列車運転費、駅務費などに含まれる人件費と経費について、業界標準となるコストを算定する。これはJR、大手私鉄、地下鉄の区分でまとめられる。基準コスト金額より高い会社には想定増収を低く見積もり、値上げ幅を抑えてコストカットを促し、基準コストより低い会社は想定増収を高く見積もり、運賃の認可を受けやすくする。


 ところがここでも「適正な利潤とはなにか」という問題がある。ほかの民間企業は利益が大きくなれば株主や従業員に還元できる。それが新たな投資を生み、従業員の待遇を改善すれば、人材の確保にもつながる。ところがJR、大手私鉄、地下鉄は利益を大きくする要素を認めてもらえない。公共性を重視するあまり、運賃を低く抑え続けると、鉄道会社の成長が難しくなる。


 特にヤードスティックの区分がJR、大手私鉄、地下鉄に分かれ、基準コストが異なるため、不公平でもある。JRも大手私鉄も地下鉄も並行する区間がある。それらが異なる基準コストを持ち、国の認可を左右するとなれば、運賃の上限に差が出て競争力に差が出る。


 そこで、国土交通省も制度の見直しを決めた。総括原価の算定方法を2024年4月1日に改定し、27年ぶりに改めた。総括原価制度そのものは残すけれども、ヤードスティック方式の計算方法と収入現価の算定を見直す。また収入原価のうち人件費について、将来にわたって必要な人材を確保できるよう、適正な賃金上昇を反映させる。


 原価計算の項目では、これまで3年分しか認められなかった減価償却費について、3年を超えて算入できるように改める。設備投資を加速させるため、設備投資計画の確認を条件として、総括原価に含めるようにした。


 JR東日本の運賃改定は、新しい総括原価制度のもとで計画された。コスト算入の緩和は上限運賃の緩和に結びつく。今後は他のJR各社や大手私鉄も値上げする可能性がある。国がそれを適正だと判断するならば受け止めるしかない。


 ただ一つ言いたいことは、今後、30年以上据え置きで一気に値上げというスタイルは勘弁願いたい。カップヌードルのように、世間の景気を見ながら少しずつ値上げする、そんな運賃制度をつくっていただきたい。


(杉山淳一)



このニュースに関するつぶやき

  • 車が必要ない都民からすれば、ふざけんなって話になるわな。でも、郊外の埼玉や千葉はその煽りをもろに喰らっているんだけどな?山手線より京葉線や埼京線の運賃見てみ?山手線より高いんだからな。
    • イイネ!18
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