大阪・関西万博に出展する「ミライ人間洗濯機」(提供:サイエンス) 55年ぶりに大阪で開催される日本国際博覧会、通称、大阪・関西万博。その「大阪ヘルスケアパビリオン」に、前回の万博で大きな話題を呼んだ出展品の進化版が展示されている。「ミライ人間洗濯機」がそれだ。開発したのは、55年前、小学4年生のときに先の万博で「人間洗濯機」に心奪われたという株式会社サイエンスの青山恭明会長。半世紀の時を経て、青山会長が「ミライ」の名に託した思いとは?
【写真】カプセルの中に入ると”ココロ”まで洗われる…55年を経て完成した「ミライ人間洗濯機」全貌
■10歳で出会った「人間洗濯機」に魅了、その35年後に第1号を実現
1970年、高度経済成長期の日本で初めて開催された日本万国博覧会。当時小学4年生だった青山さんは、「人間洗濯機」と初めて対面したときの興奮をこう振り返る。
「開幕前、万博に行けば、アメリカ館でアポロ12号が月から持ち帰った石が見られ、ソ連館では宇宙船のソユーズの実物が見られると聞いて、胸を高鳴らせていました。しかし、いざ開幕してみたら、一挙に話題をさらったのが、三洋電機(現・パナソニックHD)が出展したウルトラソニックバス、通称“人間洗濯機”でした。僕自身も、ひと目見た時のその衝撃は、55年経った今も忘れていません」(株式会社サイエンス 会長 青山恭明さん/以下同)
流線型の卵型のカプセルの中に入ると、前後のノズルからシャワーが出て、超音波で体の汚れを洗い流してくれる。その不思議な未来の世界観に青山少年が心奪われた裏には、当時の日本のこんな暮らしぶりがあった。
「私は大阪の下町育ち。当時、お風呂がある家なんてほとんどなくて、夕方友達と待ち合わせて銭湯に行くというのがルーティンでした。それだけに、僕らにとって遊び場のような銭湯がこの先なくなってしまうのか? 未来っていったいどうなるんだ? とワクワクとドキドキが止まらなくなりまして、親に懇願して、半年間で20回ほど、万博に通いました」
そんな青山さんが再び、「人間洗濯機」と関わりを持つことになったのは、約35年後のこと。住宅機器メーカーとして水に関わるビジネスを展開している最中、あるテレビ番組を観たことがきっかけだった。
番組では、半導体などの精密な工業製品を洗う微細な気泡を紹介。しかもその微細気泡をつくる技術において、日本は世界を断然リードしていることを知った青山さんは、その技術を応用して、かつて自分が魅せられた人間洗濯機を作り上げたいと考えたのだ。
「当時、テレビ電話や動く歩道など、70年の大阪万博に出展されたものはほとんどが社会実装されている状態でした。しかし、あれだけ話題となったにもかかわらず、人間洗濯機だけは実現できていなかった。そのことがずっと頭にあったので、番組を見た瞬間、微細気泡を出す浴槽を作ったら、人間洗濯機ができるのではないかとひらめいたんです」
その第1号が完成したのは2008年。着想から1年後のことで、その名も「ビルトイン型マイクロバブル入浴装置」。「全部が言いたくて、むちゃくちゃ長い名称になってしまった」と青山さんは笑うが、そのエピソードからも「人間洗濯機」への熱い思いが伝わってくるだろう。
その後、この人間洗濯機は「ミラバス」と名称を変え、現在、大阪・関西万博に出展されている「ミライ人間洗濯機」へと進化を遂げていくことになる。
■出展を決めたのは6年前、かつての「人間洗濯機」開発者との邂逅で“魂の共鳴”
ところで、サイエンスといえば、油性ペンで書いた線がシャワーを当てて軽くこするだけで消えてしまうというテレビCMが話題を呼び、今や160万本を超える大ヒット商品のシャワーヘッド「ミラブル」のメーカーとして有名だ。
それだけに、大阪・関西万博への「ミライ人間洗濯機」の出展は、「ミラブル」のヒットをバネに人間洗濯機を開発したと思われがちだが、実際は逆。「ミラブル」の発売は人間洗濯機第1号の誕生から10年を経た2018年。「ミラバス」をマンションや戸建て、高齢者施設へと普及させる中、利用者から「バブルの洗浄効果を顔や髪に行きわたらせたくて、浴槽に潜っている」という予想外の声を聞いたことがきっかけだったという。
そんな同社が、今回、大阪・関西万博への出展を決意したのは、開催が決まった6年前のこと。当時のサイエンスにとって、出展のための費用を捻出するのは頭の痛い問題だったが、「55年前に自分が感じたワクワクドキドキを、今の子どもたちにも味わってもらいたい」という強い思いが青山さんを突き動かした。さらにもう一点、「ミラバス」を世に送り出しているにもかかわらず、「1970年の万博の中で、人間洗濯機だけはまだ実現できていない」と言われていることへの悔しさも決断を後押ししたという。
「僕にとって、これは開発者として最後のステージであり、最後のチャンスだと思いました。ですから、大阪万博の開催が決まったその日に、全社員に向けて、かつて自分がそうであったように、今の子どもたちに、『なんじゃこれ? 未来ってどうなるんだ』と思わせるような未来型の人間洗濯機を作り上げて出展したいこと、さらに全世界に向けて、お風呂の概念を根本から変えるようなまったく新しい体験を提示し、日本が技術大国であることを見せつけたいという思いを伝えました」
こうして始まった「ミライ人間洗濯機」の開発だったが、青山会長の熱い思いはかつて「人間洗濯機」の開発を託された元・三洋電機の山谷英二さんの心も動かした。
山谷さんは、1970年時の万博開催後に、人事異動で部署が変わってしまい、商品化の実現は叶わなかったが、定年後もどうしたら人間洗濯機が実現するか、個人で研究を続けていたという。そして、その考えがまとまり、どこかの企業に持ち込もうと思ったタイミングで、話題となった「ミラブル」のCMを見て、「すみません。前の人間洗濯機を作ったものなのですが…」とサイエンスに電話をかけてきたという。
そこで、山谷さんの熱い思いを聞いた青山会長は、「55年の歴史を繋ぎませんか? 2025年の万博へ一緒に行きましょう!」と山谷さんを技術アドバイザーに引き入れた。
■カラダだけではなく“ココロ”を洗う技術「本当の意味で社会課題の解決につながるものを」
山谷さんという新しい戦力も加わり、万博に向けて「ミライ人間洗濯機」の開発に着手。青山会長は、55年間の思いを引継ぎ、「バス(風呂)」ではなく、70年万博で話題をさらった「洗濯機」と名付けることを選んだ。そんな「ミライ人間洗濯機」の特徴は、ミラバスの機能である直径約0.003mmのマイクロバブルを発生させ、浴槽に浸かっているだけで、約500万個の毛穴の汚れやにおいをすべて除去してくれること。また、顔や頭は直径約0.0001mmのウルトラファインバブルを含むミラブルの水流により自動洗浄。お肌にうるおいも与えてくれる。さらに特筆すべきは、「カラダを洗う」に加え「ココロを洗う」ことにまで目配せしていることだ。
「背面に設けたセンサーで、心拍などを測定し、入浴者の自律神経の状態や疲労度合い、ストレス状況などをAIが判断してくれます。そして入浴者に適したファインバブルを選択するとともに、個々の状態に合わせて、例えば、落ち込んでいる方には、明るくなるための音楽を脳に送りながら、鳥の目になって空を飛んで世界を旅する映像を流したり、興奮状態の方にはゆったりとした音楽を脳に送りながら、クジラが泳いでいる映像を流して交感神経を鎮めるようにするなど、リラックスやリフレッシュできる入浴環境も実現しています。大阪大学産業科学研究所にサイエンス技術研究室を設け、神吉輝夫准教授とともに開発したのですが、このココロの部分については5年間、研究を重ね、大変苦労しました」
「万博に出展する技術は、未来をイメージさえできたらいいというものではなく、本当の意味で社会課題の解決につながり、社会をより良く変えるものであるとともに、未来に実現されるものでなければいけない」と語る青山会長。「ミライ人間洗濯機」は、そんな万博への強いこだわりが生んだ技術と言えるだろう。
このミライ人間洗濯機のほかにも、サイエンスでは、5年後10年後の未来の姿として、無重力の空間で体をキレイにする「宇宙シャワー」の展示も実施。青山会長は、55年前に自身が感じたトキメキを、今度は提供する側として万博に臨んでいる。
■「万博を通して、未来に対して本気で夢を持てる子どもたちが増えることが心の底からの願い」
最後に、「青山会長にとって万博とは?」と問いかけると、「僕の人生最後の集大成ですね」と熱い思いを語ってくれた。
「前の万博が開かれた55年前も、万博開催においては反対の声が多数上がりました。しかし、いざ開幕してみたら、その未来の世界にみんなが腰を抜かした。今回の万博もiPS細胞から作ったミニ心臓など、未来社会を予想できる驚きの技術がたくさん見られます。そのワクワクが得られるのがまさに万博の醍醐味。リアルに体験しなければ、本当の意味での感動は得られません。私は今回の万博を機に、日本が技術大国であり、日本人が本気になったら世界に勝てるという気運をもう一度高めたい。そして55年前の自分のように、万博を通して、未来に対して本気で夢を持てる子どもたちが増えることが私の心の底からの願いです」
未来社会を実現するために、世界各国が宇宙や月面での車走行など進化する技術に目を向けるなか、青山会長が常に重きを置いているのは「人間」だという。
「これから宇宙時代がくると言われており、国際開発競争が白熱していますが、宇宙に行くのも人間なんです。私は万博を機に、もう一度原点である“人間”をメインに考えて、建て前ではなく、本当の意味で生活がしやすくなる、環境がよくなる、実質的なものを万博から伝えていきたいと思っています」
工事遅れや前売り券の売れ行き不調など、課題ばかりが取り沙汰される大阪・関西万博だが、「ミライ人間洗濯機」への入浴体験事前申し込みは非常に多くの申し込みがあり、現在調整のため一時受付を中止するほど、注目度が高まっている。開幕後、この万博が、子どもたちにとってミライへの期待や希望を持てるきっかけになることを願いたい。