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ポイントを貯めて使う「ポイ活」は、もう趣味ではない。物価高が続く中、買い物や外食でポイント還元を意識するのは、節約というより人々の日課になりつつある。
一方で、その日課を続けきれず、途中でやめる人もいる。野村総合研究所(NRI)は2026年4月、こうしたポイ活をしていればもらえたはずのポイントを「取りこぼしポイント」と名付け、年間で8859億円と試算した。
「ポイ活をしないと逃す額」と聞けば、気になる数字だ。ただし、これは失効でも未使用残高でもなく、行動していれば獲得できたかもしれない、という試算である。鍵は、その「行動」の中身にある。8859億円という数字は、いくつもの違う話が積み重なってできている。そもそもキャッシュレス決済が導入されていない店があり、高還元の看板の裏には条件があり、それを追う労力が見合うのかという話もある。
●「取りこぼし」と呼ばれている数字の前提
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NRIは毎年、国内のポイント・マイレージ発行額を推計している。4月公表の2024年度の発行額は1兆3695億円で、前年度比およそ6%増、過去最高を更新した。対象は国内12業界の主要企業で、来店キャンペーンや特別会員向けの追加付与は集計から外している。
NRIがこの金額を「年間最少発行額」と呼ぶのは、そうした保守的な集計だからだ。内訳ではキャッシュレス決済関連が7318億円と、半分以上を占める。
問題の8859億円は、別枠で試算した数字だ。消費者が会員証を出し、ポイントが付く決済を選ぶなど、ポイント制度が適用される行動を取っていればもらえたはず――という考え方で推計された未獲得分にあたる。
ただし、その「行動していれば」のひと言には、性質の違う複数の話が含まれている。決済端末そのものが導入されていないという話と、複雑化した条件を前に消費者が利用をやめる話とでは、原因も処方箋もまるで違う。今回は、その「取りこぼし」から、現在のポイ活の姿を探っていこうと思う。
●キャッシュレス偏重は「習慣」ではなく「インフラ」の問題
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8859億円の内訳で最も大きいのは、キャッシュレス決済の取りこぼしだ。つまり、現金ではなくキャッシュレスで支払っていれば、受け取れたはずのポイントを意味する。金額にして6361億円、全体の71.8%。残りの3割弱を、家電量販店822億円、航空702億円、ガソリンスタンド256億円など、業種別の取りこぼしで占められる。
NRIが「キャッシュレス決済」の項目で数えているのは、クレジットカード、デビットカード、電子マネー、コード決済にひもづいて付く「決済ポイント」だけだ。同じ買い物で店側のアプリから付く購買ポイントは、家電量販店やドラッグストアなどの業種側で別に計上されている。だから6361億円が指しているのは、「会員証を出し忘れた」のような店頭の話ではない。「何で払ったか」という点である。
ただ「何で払うか」は、消費者の選択だけでは決まらない。
経済産業省の集計では、2025年の国内キャッシュレス決済比率は58.0%、決済額は162.7兆円。年々伸びている数字ではある。ただ裏を返せば、いまだ4割強の支払いが、決済ポイントの付かない現金などで行われている。そして、実はその4割強がどこに残っているかには偏りがあるのだ。
例えば、公共交通。国土交通省が2024年に公表した資料によれば、車両30両以上を保有する主要バス事業者でも、一般路線バス車内の現金決済比率は全体で約10%に上る。なお、公共交通は、足元の取りこぼし額の内訳というより、NRIが今後の成長余地がある領域とみている。
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医療機関でもキャッシュレスの広がりは均一ではない。厚生労働省の外国人患者受け入れに関する実態調査では、全国の病院でクレカを導入している割合は64.5%まで広がったが、QRコード決済は6.8%、その他の電子マネーも8.8%にとどまる。会計窓口で「PayPayで」と切り出してみたところで、端末そのものがない、というのが現状だ。中小の飲食店にも、いまだ現金のみの店は珍しくない。
2029年に向けたポイント発行額の成長要因としてNRIが挙げているのは、新しい高還元プログラムの登場ではない。「公共交通機関でのタッチ決済の導入」と、「これまで現金決済が主流であった中小飲食店・医療機関への導入拡大」だ。
要するに、ポイントが付く支払い手段が生活の隅々までは届いていない、という現状を「成長余地」と呼んでいる。一方では消費者が取りこぼしていると言いながら、別の場所では「これから埋める余地」と書いているわけだ。
●「最大20%還元」は看板である
決済環境が整ったとしよう。次に立ちはだかるのが「最大」の二文字だ。
三井住友フィナンシャルグループの総合金融サービス「Olive」は、対象のコンビニや飲食店で「最大20%還元」を掲げる。三菱UFJフィナンシャル・グループも、2025年6月に新ブランド「エムット」を始動させた。こちらも対象店舗で最大20%還元を打ち出している。NRIが「金融業界の囲い込み競争」を発行額拡大の後押しに挙げたのは、こうした動きを念頭に置いている。
ただ、20%という還元率は、簡単に受けられるものではない。Oliveの場合、最大還元率に近づくには、スマホのタッチ決済、家族ポイント(対象家族の登録人数で加算)、SBI証券でのVポイント投資やNISA口座での投資信託保有資産評価額、SMBC日興証券の利用、住宅ローン契約など、複数の条件を組み合わせていく必要がある。
エムットも構造は似ている。月間利用額、給与・年金の受け取り、住宅ローン、投信や外貨の積立、特定サービスのカード払いなどの条件を積み上げて、ようやく上限に近づく仕組みで、最大還元の対象となる利用金額には月5万円の上限もある。
銀行口座も、証券口座も、給与振込先も、住宅ローンも、投信・外貨の積立も、1つのグループにそろえた人だけが、看板である20%に近づける。「最大」に届くために必要な条件を、もう一度並べてみればよい。すでに金融資産にも給与にも余裕がある層に近い顔ぶれである。高還元をいちばん必要としているはずの層から見れば、その入口は遠い。
つまり「最大20%」は、平均的な家計が日々のスーパーやコンビニで実現できる値ではない。グループ各社の窓口を行き来して契約を組み替え、多くのサービスを一つのグループにまとめた人だけが、その上限に届き得る、という設計上の天井だ。
NRIの8859億円は、業界ごとの平均的なポイント適用率と還元率を当てはめた推計だから、もともとこの種の高還元プログラムを最大条件で織り込んだ数字ではない。むしろNRIが来年以降の押し上げ要因として明示するのが、こうした金融グループによる囲い込み競争のほうだ。
同じ言葉でくくられているせいで、「最大20%」に届かなかった生活者の側に努力不足の影がうっすら差してしまうが、看板の20%は、もとから別リーグの話なのだ。
●そもそも、ポイントは労力に見合うのか
インフラの偏りや還元設計の話とは別に、もう一つ気になることがある。そもそも、ポイントを取れば必ず得をするのか、という疑いだ。
マーケティング研究には、ロイヤルティプログラムの「割の良さ」を現金と直接比べた古典的な分析がある。この研究では、6つのプログラムの商品交換カタログに掲載された約7000品目を対象に、「ポイントで交換する場合」と「現金で購入する場合」を比較した。具体的には、ある商品をポイントで手に入れるには、何円分の買い物が必要になるのかを算出している。
一方、同じ商品を店頭やECで現金のまま買えばいくらか。両者を並べたところ、ポイント経由で手にしようとするほうが、現金で買うより割高になる商品が、平均して多かった。レジに並ぶ手間や情報を集める時間を勘定に入れる以前に、ポイント交換という仕組みそのものが、必ずしも消費者の利得を保証しないというのが研究の論点だ。
日本の共通ポイントにそのまま当てはめられるわけではないが、「貯めれば必ず得」というイメージが、いつでも自動的に正しいわけでもない。
この感覚は、ポイ活経験者を対象にした調査にも数字として現れている。CCCMKホールディングスが2025年9月に行った調査では、ポイントを貯めたり使ったりしたことがある回答者のうち、「ポイ活を継続できなかった経験がある」と答えた人が37.8%、約3人に1人に上った。
理由のトップは「労力の割に、ポイントが貯まっている実感がなかった」(45.2%)。次が「還元率が高くなるキャンペーンや方法が難解で分かりづらかった」(26.2%)。同調査は、こうした層を「ポイ活キャンセル界隈」と名付けている。
この呼び名は、彼らがポイント経済から脱落した人々であるかのような響きを持つ。しかし回答の中身を読めば、むしろ逆だ。労力と還元を秤(はかり)にかけ、見合わないと判断して降りている。怠慢ではなく、算盤の結果としての撤退である。「キャンセル」されているのは、ポイ活ではなく、ポイ活が要求してくる手間のほうなのだ。
8859億円のうちいくらかは、彼らが「降りた」分だ。「取りこぼし」と呼ぶ前に、それは「取らない選択」でもあったかもしれない。
●「取りこぼし」を埋めたい人々
「取りこぼし」と名付けた瞬間、8859億円という数字は、お得を取り逃した側の落ち度のように聞こえる。だが、ここまで見たとおり、その数字は単なるカードの出し忘れというような単純なものではない。
NRIは2029年度のポイント発行額を、現在より約3割多い1兆7257億円と予測している。その成長要因として挙げているのは、公共交通や中小飲食店、医療機関へのキャッシュレス導入の進展に加えて、銀行・証券・給与の受け取りまで束ねた金融グループの囲い込みだ。
三井住友のOliveも三菱UFJのエムットも、消費者の支払いと金融取引を一つの経済圏に集めることで、キャッシュレス利用とポイント発行額を押し上げようとしている。
ただ、囲い込みが進むほど、ポイ活はもう「節約」ではなくなる。銀行口座、証券口座、給与振込先、投信積み立てを1社にそろえ、月の利用額を管理し、定期預金の満期を把握する。これは家計管理型のポイ活というより、資産運用の入口に近い。8859億円という「取りこぼし」を埋める出口は、節約術の改善ではなく、金融グループへの加入手続きのほうに置かれている。
ポイ活は今や、「もう一段、こちらに来てください」というメッセージに姿を変えている。そして「取りこぼし」を心配してくれる相手は、たいてい、こちらの口座番号をほしがっているのである。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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「ポイ活」は労力に見合うのか(写真:ITmedia ビジネスオンライン)227

「ポイ活」は労力に見合うのか(写真:ITmedia ビジネスオンライン)227