“ユニクロの対極をいく”アパレル企業が、「創業から5年8ヶ月」で新規上場した納得の理由

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2024年05月22日 09:31  日刊SPA!

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写真はInstagramより
 筆者(田中謙伍)はAmazon日本法人に新卒で入社後、現在はAmazonで商品を出品する企業へのコンサルティング業務を行う会社を経営している。
 Amazonに在籍していた期間に副業として商品を出品し、3億円の売上を達成。現在はAmazon内でヒットする商品の成功要因を分析できる立場を活かし、日刊SPA!では「ヒットする商品の背景」について紹介している。

 今回は、ZOZOの傘下企業でファッションブランド「9090(ナインティナインティ)」などを展開する株式会社yutori(ユトリ)について取り上げる。

 おそらく、この会社名を知っている人はアパレル関係者以外ではそう多くないのではないだろうか。

 実は、それこそがyutoriの成長要因なのである。

◆「創業からわずか5年8ヶ月」で東証グロース市場に新規上場

 同社は、代表の片石貴展氏が2018年4月に設立し、国内最大級の古着コミュニティー「古着女子」で広く認知され、10代前半〜20代前半の若年層をターゲットにした事業展開を強みとしている。

 そんな片石氏は当時20代でありながら、創業からわずか5年8ヶ月で、東証グロース市場に新規上場を果たした。また、アパレル企業としては最短でのIPO (新規株式公開)となるなど、小売業界では大きな話題となった。同社はなぜここまで早期に上場できたのか?

 その理由は「不特定多数に売ることはせず、密度の濃い顧客に売ることに振り切ったから」だ。実は、この戦略はマーケティングの王道からは一見外れているように見えるものだ。

◆ユニクロと対極的なyutori

 消費者行動の研究結果がまとめられたバイロン・シャープ氏の著書『ブランディングの科学』(朝日新聞出版)内に書かれた「ダブルジョパディの法則」によれば、市場に十分に浸透していないブランドは購入頻度も低いとされている。

 この「ダブルジョパディの法則」、和訳すると「二重の危険の法則」という意味である。ここで言うひとつめの危険とは、認知度が低いという危険、ふたつ目は購入頻度が落ちるという危険のことである。

 言い換えれば、ブランドが市場に十分に浸透していれば、購入頻度が高くなるということだ。アパレルメーカーならばユニクロが真っ先にこの例として挙げられるだろう。

 一方、yutoriは市場浸透度が低いにもかかわらず、一部の層に圧倒的に支持されるブランドを作り、業績を伸ばすことに成功している。これはいったいなぜか。

◆D2Cのメーカーがしばしば陥る「死の谷」問題とは

 前述の通り、ユニクロは万人に受ける製品を作るが、yutoriが展開するブランドはそうではない。同社は個性的なデザインや独特の素材を使用した、独自性の高い22のブランドを立ち上げていることが特徴だ。

 そして、 ひとつのブランドを大きく育てると言うよりは小規模なブランドを連続的に立ち上げることを目指している。これは、D2Cのメーカーがしばしば陥る「死の谷」という問題への解決策でもある。

「死の谷」とはなにか説明しよう。

 ひとつのブランドの売上が上がれば上がるほど、コアなターゲットではない新たな顧客への訴求が必要となり始め、次第にブランドコンセプトが薄まっていく。

 また、立ち上げ時期は創業者であるハイパフォーマーがやりくりできるが、いよいよ従業員を雇い始めると、一時的に組織全体を見たときに一人当たりの生産性が落ちる。加えて、売上があがると競合も増えるため、広告の費用対効果が悪くなっていく。

 その結果、売上が上がれば上がるほど利益率が落ちていく現象が起き始める。これが「死の谷」である。

◆「ひとつのブランドに依存しない形」を確立

 ただし、単に未来永劫売上が低迷するのではない。そこから利益率は低いものの、売上が拡大し、50億から100億円の売上になったとき、TVCMや芸能人などのマスメディアを利用できるようになると、広告の費用対効果も上がってくる。

 すると、スケールメリットが発生し、利益率があがり、この谷から脱出できるのである。だが、yutoriは、すべてのブランドが「死の谷」を乗り越えなくとも全体で売上が立つ戦略を打っている。

 事実、yutoriの代表である片石貴展社長も、複数のメディアで「すべてのブランドが売れなくてもよいと思っている」という発言をしている。

 つまり、個々のブランドは「死の谷」を乗り越えられていなくとも、3億円ぐらいの売上を10個つくって30億円で売れるという方向性を目指しているのだ。

◆トレンドの影響を受けない体制を確立

 ここで、具体的にyutoriが展開しているブランドを紹介しよう。

 yutoriのブランドは、「ティーンカルチャー」、「トレンド」、「デザイナーズ」、「インフルエンサー」という4つのカテゴリーに分類できる。

 同社はこれらの多様なカテゴリーを通じて、さまざまなユーザーに対して個性豊かなファッションを提案しているのだ。そして、この4分類それぞれにブランドを配置している(M&A含む)。

 つまりこのビジネスモデルでは、一部のブランドがトレンドの影響で振るわなくても、他のブランドがその分をカバーしてくれるのだ。

◆20代の女性が言う「みんな」の正体とは?

 我々は普段たくさんの情報に触れている。だが、必然的に職場、家族、友人など特定のコミュニティの中で生活している。その結果、特定のコミュニティにおける「みんな」が知っている情報をもとに消費行動をしているのだ。

 ここでいう「みんな」とは、不特定多数のことではない。密度の濃いファンたちの間で交わされる「みんな買ってるよ」というときの「みんな」のことである。

 たとえば、20代の女性たちが集まる女子会で交わされる「このNetflixの韓国ドラマ、みんな見てるよ」という時の「みんな」とは本当にみんなだろうか。おそらく、50代のサラリーマンはその韓国ドラマを見ていないはずだ。

 では、なぜ彼女たちは「みんな」と言うのだろうか。それは、その韓国ドラマには「密度の濃いファン」がいるからだ。ファンの間で熱狂的に支持されているものは、ファンたちにとって「みんな見ている」となるのだ。

◆「誰に売るブランドにするか?」を決めるために行うのは…

 この密度の濃いファンに支持されるブランド設計を、yutoriはNICOモデルと呼んでいる。NICOモデルで大事なのは、「誰に売るブランドにするか?」を決めることである。

 なによりもまず、ターゲットを明確にし、その解像度を高くしてブランドコンセプトを考えるのだ。そこでまず、彼らはInstagramを見ながら、どこでどんなことをしている人に訴求する商品を作るかを決める。

 例えば、「渋谷の道玄坂でスケボーをする19歳の男性4人組が好きなブランドを作ろう」と、明確にペルソナを決定してから、SNSでどんな投稿をするか? どんなインフルエンサーに投稿を依頼するか? どんな商品のデザインにするか? を決定する。

 こうしたブランド作りのチームと、実際に商品を売るマーケティングチームが同社では分かれている。それにより、「確実に買ってくれる層」に刺さる商品を開発し、販売ができるのである。

◆顧客の棲み分けに成功した「北の達人」
 
 もし、あなたがここまで読んで「yutoriのブランドなんて一つも知らない」と思ったのならば、同社のマーケティング戦略は見事に成功していると言えるだろう。同じくyutoriと同様に、密度の濃いファンだけに訴求を行い、業績を伸ばしている上場企業の例を紹介しよう。

 北海道札幌市に拠点を置き、健康食品や化粧品を自社ECサイトで販売している「北の達人コーポレーション」(以下、北の達人)がそれだ。

 彼らが重視しているのは「顧客の棲み分け」である。これはyutoriにおける「密度の濃いファンだけに訴求すること」と同じ意味である。

 ウェブマーケティングに興味を持つ若者の中で、「北の達人」は一定の知名度があるものの、「北の快適工房」という健康食品や化粧品のブランドはほとんど知られていないはずだ。

◆ターゲット層でない人に知られていても…

 同社代表の木下勝寿氏の著書『売上最小化、利益最大化の法則──利益率29%経営の秘密』(ダイヤモンド社)に書かれた株主総会での一幕はとても印象的だ。

 ある時、年配の男性株主が「『北の達人』の成長は聞いているけれど、具体的に製品を見たり聞いたりしたことがない。まだ成長途中だな」とコメントしたという。一見すると批判に聞こえるが、同社にとってそれは「褒め言葉」だった。

 なぜなら、その株主が製品のターゲット層ではないからだ。「目の下の加齢」に悩んでいない人が、それを解消する製品について知っていても意味がない。

 つまり、「目立たないプロモーションこそが最大の利益を生む」というのが同社の考えである。北の達人は、知名度向上のためだけに、資金や時間を投資していないからこそ利益が上がっているのだ。

 必要としている消費者だけが製品を知り、彼らと長期にわたって関係を築く。そこから客数を少しずつ増やし、結果として知名度を自然と高めるのが理想的なアプローチであると同社は考えるのだ。

 この棲み分けこそが、ブランドの価値を大きくあげ、結果的に顧客の心をつかむのだ。

◆棲み分けができず失速した「4℃」

 一方、上記の北の達人のような“棲み分け”ができず、失速したブランドも少なくない。宝飾品ブランドで知られる「4℃」の例はその代表的なものだろう。

 4℃の商品やブランド名は、顧客の棲み分けができていないどころか、中途半端に市場に浸透しすぎたのである。

 4℃は、本来訴求したい顧客層以外の、「4℃を貰っても嬉しくない女性消費者」に知名度が浸透しすぎてしまったため、Xにおいて彼女たちから「4℃のネックレスをもらっても嬉しくない」という否定的な投稿が書かれるようになってしまった。

 これは、自社知名度を高めたものの、「誰に売るか」という特定のターゲット層を明確に定めなかったため起きた悲劇と言える。

◆市場浸透率が低くても、ヒット商品は生み出せる

 実は、yutoriの特定の「みんな」だけに売る戦略はいまのSNS環境とも相性がよい。なぜなら、現在は個々にカスタマイズされた情報が提供される時代だからだ。

 XやInstagramのアルゴリズムは、その人の嗜好性に合った投稿がリコメンドされる。その点で局地的な「みんな」に訴求するブランドをつくれば、訴求したいターゲットだけに認知を図れるのだ。

 市場浸透率が低くても、細かく顧客を定義し、彼らに層に刺さる戦略に振り切ればヒット商品は生み出せるのである。

 そして、複数のブランドを展開しポートフォリオを構築する。こうしたyutoriのような濃いファン=特定の「みんな」に商品を売る戦略が、今後ますます重要になってくるだろう。

<TEXT/田中謙伍>

【田中謙伍】
EC・D2Cコンサルタント、Amazon研究家、株式会社GROOVE CEO。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、新卒採用第1期生としてアマゾンジャパン合同会社に入社、出品サービス事業部にて2年間のトップセールス、同社大阪支社の立ち上げを経験。マーケティングマネージャーとしてAmazonスポンサープロダクト広告の立ち上げを経験。株式会社GROOVEおよび Amazon D2Cメーカーの株式会社AINEXTを創業。立ち上げ6年で2社合計年商50億円を達成。Youtubeチャンネル「たなけんのEC大学」を運営。紀州漆器(山家漆器店)など地方の伝統工芸の再生や、老舗刃物メーカー(貝印)のEC進出支援にも積極的に取り組む。幼少期からの鉄道好きの延長で月10日以上は日本全国を旅している
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