「対話型」だけじゃない生成AIのポテンシャルとは 富士通が取り組む「特化型生成AI」から探る

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2024年06月11日 07:31  ITmediaエンタープライズ

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左から富士通の園田氏、岡本氏、新庄氏

 企業では生成AIをどう活用するかが、業務の生産性向上やビジネスの競争力強化に向けて重要な取り組みになっている。最近、「ChatGPT」に代表される汎用のLLM(大規模言語モデル)を基盤とした「対話型モデル」だけでなく、企業のさまざまな業務を支援する「特化型モデル」の開発が活発だ。特化型モデルの技術や市場性におけるポテンシャルはどれほどのものなのか。


「対話型」だけじゃない生成AIのポテンシャルとは 富士通が取り組む「特化型生成AI」から探る


 そんな疑問を抱いていたところ、富士通が2024年6月4日に開いた研究戦略説明会でその回答ともいえる話を聞くことができたので、今回は「特化型生成AI」のポテンシャルについて考察したい。


●「エンタープライズ生成AIフレームワーク」とは


 会見で説明役を務めたのは、富士通 執行役員EVPで富士通研究所所長の岡本青史氏、富士通研究所 人工知能研究所長の園田俊浩氏、同 先端技術開発本部長の新庄直樹氏だ。


 岡本氏は富士通の研究戦略として「現在注力している5つの技術領域を、AIを軸として融合させて富士通ならではの新しい価値を創出し、サステナブルな社会の構築に貢献していきたい」と力を込めた(図1)。


 会見および展示会ではそれぞれの技術領域についての説明があったが、本稿では同社が今回の会見に合わせて発表した「エンタープライズ生成AIフレームワーク」に注目する。これは、企業ニーズに対応した特化型生成AIを自動生成できる仕組みで、同社は「世界初の技術」としている。


 この新たな仕組みについて説明した園田氏は、まず生成AIの技術動向として、今後はLLMだけでなく、「SLM」(小中規模言語モデル)が特化型モデルとして広く利用されるようになるとの見方を示した(図2)。


 エンタープライズ生成AIフレームワークはそのニーズに応えるもので、このほど開発を終え、2024年7月から同社のAIサービス「Fujitsu Kozuchi」のラインアップとして順次提供を開始する。


 これまで生成AIの企業利用においては、「企業で必要とされる大規模データの取り扱いが困難」「生成AIがコストや応答速度をはじめとする多様な要件を満たせない」「企業規則や法令への準拠が求められる」といった課題があった。


 同社は、これらの課題を解決する企業向けの特化型生成AIを強化するため、企業が保有する大規模データの関係性をナレッジグラフでひも付けて生成AIへの入力データを高度化する「ナレッジグラフ拡張RAG」、入力タスクに応じて複数の特化型生成AIモデルから最も高い性能が出るモデルを選択あるいは複数組み合わせて自動生成する「生成AI混合技術」、法令や企業規則に準拠した説明可能な出力をする「生成AI監査技術」で構成するエンタープライズ生成AIフレームワークを開発した形だ。


 図3は、エンタープライズ生成AIフレームワークの全体像だ。2つのステップから構成される。ステップ1では多様で大規模な企業データからナレッジグラフを準備する。ステップ2ではユーザーがクエリを送信した後、上記の3つの技術によって上段に記されているように実行される。なお、RAGおよびナレッジグラフの意味については図3の下段を確認いただきたい。


●特化型生成AIは「市場として相当なポテンシャルがある」


 以下、エンタープライズ生成AIフレームワークを構成する3つの技術についてポイントを挙げる。これがすなわち、特化型生成AIの技術におけるポテンシャルを表しているともいえる。


1 ナレッジグラフ拡張RAG


 生成AIに関連文書を参照させるための既存のRAG技術では、大規模データを正確に参照できないことが課題となっている。富士通はこれを解決するため、既存のRAG技術を発展させ、企業規則や法令、企業が持つマニュアル、映像などの膨大なデータを構造化するナレッジグラフを自動作成することで、LLMが参照できるデータ量を、従来の数十万〜数百万トークン規模から1000万トークン以上に拡大できるナレッジグラフ拡張RAGを開発した。これにより、ナレッジグラフから関係性を踏まえた知識を生成AIに正確に与えられ、論理推論や出力根拠を示せるようになった。


 図4は、ナレッジグラフ拡張RAGの適用事例として、「製品マニュアルQ&A」「ネットワークログ解析」「映像による作業分析」による課題と対応を示したものだ。園田氏によると、「これらは実際の動作を検証した」とのことだ。


2 生成AI混合技術


 生成AIに入力したタスクに対し、最適な特化型の生成AIや機械学習(ML)モデルを自動生成する技術や、意思決定に関わる最適化を対話的に実施する技術などの既存のMLモデルなどを部品のように組み合わせる。プロンプトエンジニアリングやファインチューニングなどを実施することなく、自社の業務に適応したAIモデルを容易かつ迅速に生成できる同社独自の生成AI混合技術だ。


 各AIモデルの向き、不向きを予測して最も性能が高いものを自動的に選択、生成することにより、企業のニーズを満たす高性能な特化型生成AIを数時間〜数日程度で素早く生成できる。


 図5は、生成AI混合技術の適用事例と効果として、「契約書順守チェック」「サポートデスクの効率化」「ドライバー最適配置」のケースを挙げたものだ。契約書順守チェック30%の工数削減や、サポートデスクの作業効率の25%向上、運輸業におけるドライバー最適配置の計画策定時間の95%削減などの効果を見込む。


3 生成AI監査技術


 生成AIの回答が企業規則や法令などに準拠しているかどうかを監査する技術だ。中身は、生成AIの内部動作状態の解析から回答の根拠を抽出して提示する生成AI説明性技術と、回答とその根拠の間の整合性を検証して矛盾点を分かりやすく提示するハルシネーション判定技術から構成されている。


 どちらの技術も、テキストだけでなくナレッジグラフや画像といったマルチモーダルな入力データを対象にできるため、ナレッジグラフ拡張RAGと組み合わせてより高信頼な生成AIの活用を実現できる。


 「この技術を交通画像から道路交通法違反の状況を検出するタスクに適用した結果、回答根拠として生成AIが入力された交通画像と道路交通法ナレッジグラフのどこに注目して回答したかを示せるようになった」(園田氏)


 富士通は今後も、日本語やコード生成といった多種多様なエンタープライズ向けの特化型生成AIモデルを順次ラインアップに追加して拡充していく構えだ。


 特化型生成AIの市場におけるポテンシャルはどれほどのものか。会見の質疑応答で聞いてみたところ、岡本氏が次のように答えた。


 「これまで利用されてきた汎用の対話型モデルは、パブリッククラウドからインターネット経由で利用者が広がっていった。これに対し、特化型モデルは個々の企業での利用を前提としたものなので、プライベートクラウドやオンプレミスでも用途に応じて使えるようにしており、市場としては相当なポテンシャルがあると見ている」


 生成AIの利用において対話型モデルと特化型モデルは競合するのではなく共存すると見られるので、岡本氏が言うように特化型モデルの市場性におけるポテンシャルは相当あるだろう。ただ、それを、業務の生産性向上はもちろん、ビジネスの競争力強化に向けた効率性だけでなく、新たなアイデアの創出やCX(カスタマーエクスペリエンス)の飛躍的な向上につなげていけるかどうか。生成AIによる変革の本質を見据えた上で、今後の動きに注目していきたい。


○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功


フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。


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