熱心な指導とパワハラの境界線が「正直分からない」と悩む上司へ

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2024年06月27日 08:40  ITmedia ビジネスオンライン

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画像提供:ゲッティイメージズ

 「ハラスメントかどうかの判断が難しい」――厚生労働省の職場のハラスメントに関する実態調査で、ハラスメント予防の取り組みを進める際の課題として最も多く回答を集め、6割以上が当てはまるとしたのがこの項目だ。


【画像】熱血指導とパワハラ、どこが境界線?


 自分が若手だった時代では当たり前だった指導が今はハラスメントになりかねない。そんな状況に、マネジメントの難しさや居心地の悪さを感じる人も少なくないのではないだろうか。


●「熱心な指導」と「パワハラ」の根本的な違いは?


 パワハラと業務上の命令・指導の境界線は、指導する側にとっても、指導される側にとっても確かに難しいものだ。組織文化や、相手との個別の関係性によっても許容される範囲が異なることもあるだろう。


 画一的な線引きは困難ではあるが、人事院発行による「パワー・ハラスメント防止ハンドブック」では、コミュニケーションの「目的」「業務上の必要性」「態度」「タイミング」「誰の利益か」「感情」「結果」という切り口から、パワハラと指導の違いを説明しているのでご参照いただきたい。概要としては、次のようにまとめられるだろう。


(1)接し方のポイント


 いくら「相手のためを思った指導」であっても、相手を自分の思い通りにコントロールしようすることや、自分の感情を優先して、威圧的、批判的に接することはNG。相手が萎縮したり、職場の雰囲気が悪くなったりして、ネガティブな結果につながってしまう。あくまで相手の都合や気持ちに配慮し、寛容的、肯定的に接することを心掛けるべきだ。


(2)業務の質や量のポイント


 パワハラの定義に立ち返っても、「業務上の必要性があるか否か」は重要な判断ポイントとなる。そもそも相手が業務上の必要性自体を充分に理解できていないがゆえに、指導する側の要求や質、量を負担と感じてしまうことになるのだ。


 従って、指導する側はまず指導の必要性を説くところから始まり、相手への要求の最終目的や結果を示しながら向き合うという大局的な視座が必要となる。その上で、指導の内容や量についても、相手にとって過度な負担となっていないかを確認しながら、適宜調整を重ねていくことが必要だ。


(3)頻度やタイミングのポイント


 パワハラがセクハラと異なるところは、「一発NG」ではなく、継続性が問題視される点にある。従って、相手の状況や立場を考慮しないまま「執拗に」「長時間、期間にわたって」「繰り返し」行われることが不適切となるため、指導するにしても叱責するにしても、相手が受け容れられる限度を超過していないか、また適切なタイミングか否かを意識しつつ、バランスをとりながら行わなければならない。


●具体的に、どうしたら「パワハラ認定」されないのか?


 実際、「指導」と「パワハラ」の境界線について過去の判例をひもとくと、たとえ業務遂行目的だとしても、下記のような要素が含まれると、パワハラと判断されてしまう傾向がある。


・感情的な怒号や粗暴な言葉遣い


・指示内容が抽象的、感覚的で伝わらない


・なぜ叱責されているのか理由が分からない


・相手の受忍できる限度を超える長時間や高頻度


 逆にいえば、「業務遂行や育成指導のために必要なもの」であり、「合理的な内容」で、「相手に対する人格的な攻撃が含まれない」ならばパワハラではないと判断されている。


 指導の際には理不尽な叱責と捉えられないよう、指示や指導の理由を明確にし、相手が不本意と感じるような言い回しや繰り返しは避けるよう配慮すべきである。具体的には、このような流れがよいだろう。


・指導の目的、理由、相手にどうなってほしいかというゴールイメージを共有する


・相手の理解に合わせて言葉を選び、具体的に伝える


・相手のミスやトラブルによって、どんな問題や損失が発生しているのか説明する


・改善のために今後どう行動するか、本人の意見も聴きながら策定する


・業績が良くても、ルールを守れない者は評価できない、といった姿勢を伝える


・今後も問題が続くようであれば、就業規則に則った処分に該当する旨を伝える


・最後に、指導が伝わったか本人の言葉で説明させる


 このように指導していけば、部下としても何が問題で、何をなすべきか理解できるはずだ。指導の目的は相手を畏怖させて支配することではなく、主体的に行動が変わることである。


●パワハラ多発組織は「低賃金」「余裕がない」――根本原因から解決せよ


 「職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント対策に関する労使ヒアリング調査」(独立行政法人労働政策研究・研究機構)によると、パワハラが起こる背景や原因にはさまざまな要素が絡み合っており、中でも「過重労働とストレス」「職場のコミュニケーション不足」「管理職の余裕のなさや教育不足、マネジメント能力不足」「成果主義や業績向上圧力」などの影響が大きいとされている。


 すなわち、パワハラがまん延している企業の多くは、もうかっていないがゆえに低賃金で目標ばかりが高くなり、従業員たちに心の余裕がなく、当然コンプライアンスは後回しだ。そうなるとまともな人材は採用できず、営業成績を上げただけで自動的に上司となり、部下を動かすにもパワハラ的な言動しかできない……という悪循環となってしまうものと考えられる。


 つまり、パワハラが発生する根本原因は「もうかるビジネスを営めず、コンプライアンスを確保できるほどの余裕が持てない経営者とマネジメントの問題」といえるだろう。


 逆に言えば、組織内のメンバーが安心してコミュニケーションをとれる環境となれば、お互いの心理的安全性が高まり、情報共有がスムーズになり、職場に前向きな空気も生まれ、新しいアイデアも生まれやすくなることだろう。それによって、メンバー間と組織間における愛着が高まり、主体的な貢献意欲(エンゲージメント)が生まれる効果も期待できる。


 ちなみに「心理的安全性」は、ハーバードビジネススクールで組織行動学を研究するエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念であるが、教授は管理職が心理的安全性を高める方法として以下の点を挙げている。


・目の前で展開されている会話に集中する、話をするときは相手と目を合わせるなどを心がけて積極的な姿勢を示す


・相手の発言を要約して繰り返す、否定的な表情・姿勢に注意するなどを心がけて理解している姿勢を示す


・部下の努力に対して感謝の言葉を伝える、部下のために時間を割くなどを心がけて1人の人間として相手を受け入れている姿勢を示す


・部下の話を妨げない、方針決定の理由を説明するなどを心がけて意思決定の過程に相手を受け入れている姿勢を示す


・異なる意見がある場合は反論を促す、失敗談を部下に伝えるなどを心がけて強情にならないように意識しつつ自信・信念を持つ


 部下や後輩を持つ社会人は、心しておくべき内容だといえよう。


 ぜひ、普段の職場内コミュニケーションでも実践されてみてはいかがだろうか。身近なところから心理的安全性を確立し、ハラスメントのない組織を実現してほしい。


著者プロフィール・新田龍(にったりょう)


働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役


早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。「労働環境改善による業績および従業員エンゲージメント向上支援」「ビジネスと労務関連のトラブル解決支援」「炎上予防とレピュテーション改善支援」を手掛ける。各種メディアで労働問題、ハラスメント、炎上トラブルについてコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。


著書に『ワタミの失敗〜「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(KADOKAWA)、『問題社員の正しい辞めさせ方』(リチェンジ)他多数。最新刊『炎上回避マニュアル』(徳間書店)、最新監修書『令和版 新社会人が本当に知りたいビジネスマナー大全』(KADOKAWA)発売中。


11月22日に新刊『「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本』(ハーパーコリンズ・ジャパン)発売。


このニュースに関するつぶやき

  • ハラスメントなんて「誰がやるか」だから諦めるしかないんやで
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