メルカリとリクルートはタイミーの牙城を崩せない、これだけの理由

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2024年06月27日 14:31  ITmedia ビジネスオンライン

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タイミー(出所:公式Webサイト)

 タイミーは2018年の設立から急速に業績を伸ばした企業だ。短期アルバイトを即時にマッチングするという革新的なサービスを提供し、700万人以上のユーザー獲得に成功した。この成功を受けて、メルカリやリクルートといった大企業もスポットワーク市場に参入している。しかし、大企業がタイミーの牙城を崩すのは容易ではない。


【画像】「タイミーさん」は、アルバイトの現場で着実に存在感を強めている


 タイミーの強みとしてまず、先行者利益が挙げられる。タイミーは「スキマバイト」「スポットバイト」といった言葉がない時から市場に参入し、強固な顧客基盤を築いてきた。既に多くのユーザーから信頼を獲得しており、そのポジションは揺るぎないものとなっている。


 一方、大企業の参入にも明確な理由がある。メルカリハロはメルカリの既存の大規模な顧客基盤を活用できる点が強みだ。メルカリの利用者は既にメルカリアプリを使い慣れており、新しいサービスへの移行をスムーズに行えることもあって、サービス開始から3カ月弱で登録者数500万人、事業者の数も5万店舗を超えている(2024年5月末時点)。


 メルカリのプラットフォームを生かし、クロスプロモーションを展開することで、ユーザーに対する訴求力を高められる点も心強い。給料のデジタル払いが可能になれば、同社の決済サービスであるメルペイなどとも事業シナジーが生まれる可能性もある。


 「リクルート版タイミー」ともいうべき「タウンワークスキマ(仮称)」の強みは、リクルートの強力なブランド力と広範なネットワークにあるだろう。リクルートは長年にわたり人材紹介や求人情報提供の分野で培った信頼と実績を持っており、企業側からの信頼を得やすいという点が特徴だ。


 タイミー、メルカリでは「働き手の多さ」がアピールポイントとなる反面、リクルートは「働き口の多さ」もウリになる可能性がある。大手企業や中小企業からの求人を多く取り扱えれば、安定かつ大口の収益基盤を築くことができるかもしれない。


●「タイミーさん」の重要性


 しかし、タイミーの牙城は簡単には揺るがないだろう。


 同社が市場で高い評価を受ける一因は、タイミー経由で飲食店で働くスポットワーカーを「タイミーさん」と呼ぶ文化が根付きつつある点にある。


 インターネットで情報を検索する行動を「ググる」と呼ぶことが定着したように、また、出前を「ウーバー」と呼ぶように、企業やサービスの名称が一般名詞を置き換えるほどの存在になると、そのビジネスを後発企業が追い抜くのは難しくなる。


 これは「イノベーター理論」と「ネットワーク効果」の観点からも説明可能だ。


 米国の社会学者、エベレット・M・ロジャース氏が提唱した「イノベーター理論」によると、新しい技術やアイデアは、初期の導入者(イノベーター)から始まり、その後、初期採用者、アーリーマジョリティー、レイトマジョリティー、そしてラガード(遅滞者)へと広がっていく。


 タイミーが「タイミーさん」という新しい言葉や文化を作り出し、それが広く認知されると、そのブランド力とユーザーの忠誠心が強化される。これは、初期採用者やアーリーマジョリティーがそのサービスを継続的に利用する動機となり、後発企業が同様のサービスを提供しても、既存のユーザーを奪うのが難しくなる参入障壁として機能する。


 ネットワーク効果とは、ある製品やサービスの価値が、利用者の数が増えることによって増大する現象をいう。


 多くの求職者がタイミーを利用するようになると、それに対応するために多くの企業がタイミーを通じて人材を募集するようになる。この結果、タイミーのプラットフォームはさらに多くの求人情報を提供でき、求職者にとっての利便性が向上する。このようなネットワーク効果により、タイミーの市場ポジションはますます強固なものとなり、後発企業がそのシェアを奪うのは一層困難になるのだ。


 このように、アルバイトの現場で「タイミーさん」という言葉が普及すると、そのブランドは単なるサービス提供者以上の意味を持つようになる。これは、タイミーが単なる労働力のマッチングプラットフォーム以上の存在として認識され、利用者にとっては生活の一部やコミュニティーの一員として感じられるようになるということだ。こうした文化的資産は、後発企業が簡単には模倣できない独自の強みとなるだろう。


 ではここからは、メルカリやリクルートと比較したタイミーの優位性を見ていきたい。


●メルカリは多様な事業展開とユーザー層に対する懸念を払拭できるかがカギ


 タイミーとメルカリの違いに、ユーザー層の質があるのではないか。メルカリが「闇市」と称されることがあるのに対し、タイミーではそのような評判をほとんど耳にしない。この違いは、取引の性質と評価システムの厳格性に根ざしているのだろう。メルカリのこうしたイメージは、受け入れ側である事業者も懸念を示す可能性があると筆者はみている。


 メルカリは、個人間取引のプラットフォームとして広く利用されているが、その取引はしばしば苛烈な値引き交渉やトラブルに見舞われがちだ。企業側も対策を講じているが、クレカ枠の現金化のために現金が出品されたり、偽物のブランドバッグが出品されたりなど、「闇市」と揶揄(やゆ)されることも珍しくない。


 一方でタイミーは対面での仕事をマッチングするため、直接的な対話と関係構築が必要だ。このため、取引の透明性が高く、トラブルが少ないのが特徴である。


 さらに、タイミーの評価システムがその違いを際立たせている点も見逃せない。タイミーでは、労働者と雇用主の双方が評価し合う仕組みが整っており、厳格な基準が設けられている。この評価システムにより、信頼性の高いユーザーが選別され、不正やトラブルを未然に防ぐことができ、評価が著しく低下するとサービスが利用できなくなる。タイミーのこの厳格な評価システムは、ユーザーの質を高める重要な要素の1つだ。


 また、メルカリ本体の状況をみると、今年で参入10年目となる米国事業がいまだに大苦戦している。決済ビジネスのメルペイもようやくユーザー数が増加し、累積の赤字が圧縮されはじめているというフェーズである。


 他にも同社は暗号資産の「メルコイン」を展開したり、生成AIを活用するサービスの開発をアナウンスしたりしている。良くいえば事業の多角化を模索している段階にあるといえるが、悪くいえば多方面に興味が分散しているともいえる。


 すでにタイミーが高いユーザー体験を提供し続けている中、いくらメルカリには750万人の潜在ワーカーがいるといっても、その潜在ワーカー数はタイミーのユーザー数、700万人とほぼ変わらない。メルカリハロの潜在ワーカーは、すでにタイミーで働いているかもしれない。


●リクルートは「バイト」にこだわると失敗する?


 「タウンワークスキマ(仮称)」は、本体への業績インパクトやシナジー効果の小ささから、期間を追うごとに、運営に力が入らなくなってくるのではないかと筆者は予想する。


 リクルートHDにおける足元の連結事業セグメントのうち、同社の収益の柱はHRテクノロジーや人材派遣事業で、80%近くの売り上げをつくっている。


 一方でリクルート版のタイミーは、同社のセグメント売り上げが最も小さいマッチング&ソリューションセグメントに属しており、そのセグメントでは新卒者や転職者向けマッチングサービスの貢献度が高い。


 サービス名からも分かるように、リクルート版タイミーは「タウンワーク」という限られた媒体で作用しうる、短期アルバイトのマッチングサービスを提供するにとどまるのではないか。


 また、上場を控えているタイミーの想定時価総額は最大約1360億円で、リクルートHDの時価総額は約14兆円だ。リクルートにとって、スポットワーク市場はいささか小さく映るのではないか。


 リクルートが得意とする、ホワイトカラー人材にもスポットバイトの対象を広げれば、リクルートが抱えている転職希望者や主要求人企業とのシナジー効果も生まれてきそうだが、そう簡単な話ではない。ホワイトカラーの仕事には業務委託形態の方が適しており、バイトという働き方は合わないのだ。ホワイトカラーの仕事は、高度な専門知識やスキルを必要とする場合が多く、短期間のアルバイトではそのニーズに十分に応えられないことがしばしばある。


 例えば、プログラミングやマーケティングといった専門性の高い業務は、長期的なプロジェクトや継続的な業務が求められることが多く、取り扱う情報の多くが機密情報となる。これを短期バイトで満たそうとすると管理コストや法務コストがいたずらに上がってしまう。


 従って、リクルート版タイミーが対象とする市場は、本体の他事業とのシナジーが薄く、市場規模も小さいことから事業継続のモチベーションが低下するのではないかと考えられる。


 飲食業界や小売業では、繁忙期やイベント時に短期間で働ける人材を求めるニーズが高まる。このような即時的な人手を必要とする分野では、リクルート版タイミーのようなサービスは大いに役立つが、ホワイトカラーの市場ではその需要は限定的なのだ。


 以上のように、リクルート版タイミーがホワイトカラー市場で成功するためには、短期バイトの形式にこだわらず、業務委託やフリーランス契約といった柔軟な働き方をカバーすることも、一考の余地がありそうだ。


●タイミーが直面するリスク


 ただし、競争の激化により、タイミーは予期せぬリスクに直面するかもしれない。確かに、メルカリハロは既存のユーザーベースを生かし、サービスの浸透を迅速に進めている。給与デジタル払いなどに対する需要は未知数だが、技術革新のニーズを見誤ると、タイミーは競争力を失うリスクがある。


 また、今後の法規制の動向にも目が離せない。労働者の保護に関する規制が厳格化すると、運営コストが増加する可能性がある。この点については企業体力のあるリクルートの方に分があるともいえそうだ。


 そうはいってもやはり、タイミーの牙城を崩すことは容易ではなさそうだ。先行者利益、強力なブランド力、そして継続的なサービス改善という要因が、タイミーを市場のリーダーたらしめている。大企業がこの牙城を崩すためには、長期的な視点と戦略的なアプローチが求められるだろう。


●筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO


1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。Twitterはこちら


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  • 他社のコピー機のサービスに電話して「ゼロックスが故障したので来てください。」って言ってた昔を思い出した。
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