元自衛官の女性が定年後、“BL専門”の漫画喫茶を開業したワケ「男性どうしが自由に愛しあえる世の中に」

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2024年06月27日 16:31  日刊SPA!

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元自衛官で『BL漫画喫茶 ぢゅあん』店主のとぢこさん(55歳)
 50歳を過ぎてからの転職は、強い勇気と決断力が必要だ。特に前職とはまるで異なる業種の場合、新しい世界へ飛び込むのを躊躇してしまう人も多いだろう。
 今年(2024)1月に「ボーイズラブ(BL)専門」というユニークな漫画喫茶を開いたとぢこさん(55歳)は、元自衛官という異色の経歴を持つ。31年にわたり自衛隊を定年まで勤め上げ、退職金を元手に起業したのだ。自衛官からBLの世界への大胆なジョブチェンジをした彼女を待っていたのは、果たして薔薇色の日々だったのか。ウワサのお店を訪ねた。

◆6200冊ものBL漫画がぎっしり

 メイドカフェや美少女フィギュアの店が軒を連ね、「西の秋葉原」の異名をとる大阪の日本橋(にっぽんばし)。メインストリートは「オタロード」と呼ばれ、春には日本最大級のコスプレイベントも開催される。

 そんなオタクの聖地にそびえる年季が入ったマンションに1月29日、『BL漫画喫茶 ぢゅあん』がオープンした。40平米の部屋に現在6,200冊強のBL漫画がぎっしりと並んでいる。

「定期的に東京へ行って、書店や同人誌即売会で一度に200冊は購入するので、まだまだ増えますよ」

 ぢゅあん店長のとぢこさんは、そう語る。これらの蔵書はなんと、すべてが「私のコレクション」だというから恐れ入る。彼女の目利きの確かさにはファンも多く、遠く宮城県から訪れるBLオタクもいるのだそうだ。

◆人気は「男性が妊娠するオメガバース系」

 冊数の多さのみならず、カテゴリーの多彩さも目を見張る。BLに門外漢な筆者は、男性どうしが背徳の恋愛をする物語ばかりだと色眼鏡で見ていたのである。

「BLって実はジャンルが豊富なんです。異世界転生ものや、しっぽが生えている獣人ものなどファンタジー要素を含んだ作品もあるし、アニメ化された『ただいま、おかえり』のようにハートフルなホームドラマもあります。最近人気なのは男性が妊娠して子育てをする“オメガバース”系。漫画喫茶を開くことで、BLといえば性的な漫画だという先入観を払拭したかった気持ちはありますね」

◆性別関係なく読んでほしいから腐女子ではなく「腐民」

 もう一つ、ぢゅあんの画期的な点は、性別による入店規制がないこと。現在日本に数店あるBL漫画喫茶は基本、女性のための店なのだ。

「女子と男子のカップルもいらっしゃいます。私、“腐女子”という言葉が好きじゃないんです。BLは女が読むものだと決めつけている気がして。私は異性の友人の8割がゲイですし、性別の区切りを設けたくないんです。それに、うちには18禁が一冊もないので年齢制限もありません。成人向けのハードな漫画は、私が一人で電子書籍を楽しんでいます(笑)」

 年齢や性別の制限なく、誰もが楽しめる場所としてBL漫画喫茶を開いた彼女。つけたキャッチフレーズは「大阪腐民の森」だ。

◆「なぜ男どうしの恋愛は不幸にならなきゃいけないの?」

 とぢこさんのBLへの目覚めは、小学生時代にまでさかのぼる。

「小学3年生から腐民でした。友達の家にあった竹宮恵子先生の『風と木の詩』と山岸涼子先生の『日出処(ひいづるところ)の天子』を読んで衝撃を受けたのがBLに興味を抱いたきっかけです。それ以来、“耽美派”(たんびは)と呼ばれた少年愛の要素がある漫画を読み漁るようになりました。“やおい”という言葉もまだない時代でしたね」

 日出処の天子を愛するあまり、法隆寺に何度も通っては男性どうしのランデブーに想い巡らせた。おかげで飛鳥時代限定だが、日本の歴史にとても詳しくなったという。さらに女性向けの男性同性愛専門誌『ALLAN』(アラン)や『JUNE』(ジュネ)にも触手を伸ばしているから早熟である。

「ただ、当時のBLって、ほぼすべてがバッドエンドだったんです。禁断の愛に触れて堕ちてゆく結末ばかり。それが子ども心に胸糞悪かった。『なんで男どうしが愛しあうと不幸にならなきゃいけないの? もっと自由に恋愛ができる世の中になればいいのに』って小学生の頃から憤っていましたね」

 中学校へ進学以降、関心は現実の美少年へと拡がってゆく。

「本田恭章さん(日本のヴィジュアル系のパイオニアとして語り継がれるギターヴォーカリスト・俳優)に夢中になり、その後、hydeさん(L’Arc〜en〜Ciel)の追っかけをするようになりました。熱がまったく冷めないまま現在に至ります」

 ぢゅあんが開店した1月29日は、実はhyde氏の誕生日。この日を開店記念日にしようと、必死で間に合わせたという。

◆自衛隊でのストレスをゲイバーで解消

 多感な学生時代を過ごしたとぢこさんは23歳で海上自衛隊に入隊。広島にある呉(くれ)地方隊に配属され、寮生活を送ることとなる。自衛隊を志望するとは、この国を護りたい気持ちや、愛国心があったのだろうか。

「実は……なかった(苦笑)。父が自衛官をやっていて、いつも私に『自衛隊のカレーの肉はデカいぞ』と話をしてくれていたんです。そのカレーが食べたいなと、ずっと思っていて。そんなまぬけな理由で受験したのに合格しちゃったんです」

 動機がユルかっただけに、隊での暮らしはことのほか厳しく感じたという。

「運動が苦手なので訓練はしんどかった。まず水泳は必須。とにかくたくさん泳ぎました。あと、舟をこぐ訓練。射撃や、銃を持って走る訓練。ほふく前進もキツかったですね。ヒジと足首だけを動かして前進するんです」

 広島で鍛えられた彼女は26歳で横須賀地方総監部へ異動し、2等海曹の曹士となる。

「とはいえ船はイベントの仕事で乗る程度。ほぼ主計の事務職でした。隊員のお給料を計算したり、『船のガスタービンはいくらで契約したのか』などを記録したり。言わば単にコスプレをしているだけの陸(おか)海上自衛官でしたね」

 40代になると自宅からの勤務が承認され、東京の中目黒にマンションを購入。この頃から、仕事のストレスを夜の街で解消するようになったのだそうだ。

「横須賀から東京へ戻ると一直線に新宿2丁目やゴールデン街のゲイバーへ通うのが日課になっていました。性別の壁を取り払って解放された雰囲気がとても楽しかったんです。寮にいた頃は土日も休みなく現場作業に駆り出されてつらかったので、その反動もあったのかな」

◆自衛隊BL漫画に出会い腐民魂が再燃

 夜遊びが楽しく、いつしかBL漫画を読む習慣は途絶えていた。そんな彼女のBL愛が再び沸騰する日が訪れる。そのきっかけとは。

「新型コロナウイルスです。コロナ禍で外出ができなくなり、暇なので電子書籍を探していると、『石橋防衛隊』(ウノハナ著)というBL漫画が目に留まったんですよ。『あ、自衛隊っぽい漫画がある』(漫画では“某”大生)と思って読んでみたら、これがもうおもしろくって。私のなかで眠っていた腐民魂が覚醒してしまいましてね。みるみるBL沼にハマっていきました」

 さらにコロナ禍が明け、外出が可能になって以降は紙の書籍を買い漁り、コレクションはわずか3年半で驚異の5,000冊を超えたという。

「BLレーベルの全リリース作品を一気買いするとか無茶してました。住んでいたマンションが単行本でぎっちぎちになってしまって、寝ころべる場所もない。さすがに『私、キモいかも』と思いましたね」

◆自衛隊の退職金でBL漫画1,000冊を買い足す

 そうしてBL沼にずぶずぶと足を取られているうちに30年に及ぶ勤務を終え、54歳のバースデーに定年退職の日を迎えた彼女。定年後のプランは計画しておらず、「しばらく遊ぼうか」と考えていた。ところがほぼ同時期、両親が揃って介護認定を受け、世話のために帰阪を余儀なくされる事態となったのだ。

「突然、大阪へ帰ることになり、マンションに満載のこの漫画をどうしようと悩みましてね。それで、『BLしかない漫画喫茶を開けばいいのでは』って頭にピコン! と閃いたんです」

 人生初の自分の店。どうせならば「場所はオタロードがある日本橋に」と決めた。さらに退職金で約1,000冊を買い足し、購入したマンションを改装。出費を抑えるため、床材探しにはじまり、内装はほぼ一人で行ったという。

「ホームセンターで買ったベニヤ板を台車に積んで、なんばの繁華街を何度も往復しました。50代の身にはコタえましたね」

 自衛隊での厳しい訓練が、ここで役に立った。

◆好きな人を自由に愛せる世の中に

 さて、やはりどうしても気になるのが、自衛官時代、実際の恋愛事情はどうなっていたのかである。

「リアルなボーイズラブはありましたよ。『あいつとつきあっているんです』と告白された経験もあります。女性隊員どうしというパターンもあって、微笑ましく見守っていました。偏見の目で見たことは1度もありません。だって私は小学生の頃から『性別の境目なく、誰もが愛しあえる幸せな世界』を望んでいたんですから」
 
 当初は「意外なセカンドキャリアだ」思って取材をさせていただいたが、彼女がBLの漫画喫茶を開いたのは自然な帰結だと感じた。

「Global Gender Gap Report 2024」によると、日本のジェンダーギャップ指数は146か国中118位。G7では最下位だ。反面、日本産BL漫画は多国語に翻訳され、電子書籍が世界に流通している。漫画による同性愛表現は最先進国だともいえるのだ。これもまた、日本が胸を張って世界へ誇れるクールジャパンなカルチャーではないだろうか。

「仲間からも『BL漫画喫茶なんてどうかしてる』と言われます。でも、古い観念に縛られた人生なんて、つまんないじゃないですか。性別なんて関係なく、好きな人を自由に愛せる世の中になったら楽しいのになって、私は何十年も思っているんです」

 あなたもとぢこさんのようにBL漫画に触れ、人生の新しいページを開いてみてはいかがだろう。

<取材・文・撮影/吉村智樹>

【吉村智樹】
京都在住。ライター兼放送作家。51歳からWebライターの仕事を始める。テレビ番組『LIFE 夢のカタチ』(ABC)を構成。Yahoo!ニュースにて「京都の人と街」を連載。著書に『ジワジワ来る関西』(扶桑社)などがある。X:@tomokiy

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