老舗下着メーカーがアパレルに参入、女性の体を60年研究した独自の知見で「服と下着の境界を超える服」への挑戦

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2024年06月28日 09:30  ORICON NEWS

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『OUR WACOAL』のカップインウェア
 大手下着メーカー・ワコールが昨年夏に立ち上げた『OUR WACOAL』。「服と下着の境界を超える服」というコンセプトのもと、洋服にカップのついた「カップインウェア」を中心にトップス、ボトムス、ワンピースなど幅広い商品を展開している。同ブランドの「ワイドパンツ」がXで話題となり、カラーによっては一時完売するなど、立ち上げ一年にして注目を集めている。その好調の背景にはワコールが捉える女性の意識の変化と「ワコール人間科学研究開発センター」で収集したデータの活用があった。下着における意識の変化を同社はどのようにとらえ、商品開発を行っているのか話を聞いた。

【写真】キャミソールは、ここまでヘルシーに着こなせる…ワコールと「ADAM ET ROPE'」がコラボしたカップインウェア

■下着の紐や透けが気になる“煩わしさ”を解消したい

 かつて“部屋着”の象徴だったスウェットがおしゃれ着として定着したり、家から1マイル(約1.6km)の範囲で着る“ワンマイルウェア”が登場したり、部屋着と外着の垣根は近年無くなりつつある。下着も同様で、アパレルメーカーがカップ一体型の肌着をアウターとして企画するなど洋服のあり方はさらに多様化している。

 ワコールでも度々トレンドを捉えた商品を企画するための話し合いが行われていたが、そこで議論となったのは「洋服の多様化が進んでいるのに、それに合った下着が少ない」というユーザーの意見だった。「下着と洋服のジャンルを分けて考えるのではなく、それらを気にせずファッションを楽しむ。幅を広げることはできないか」と、下着メーカー発のファッションブランドを立ち上げた。

「洋服を楽しもうとすればするほど、悩みは尽きないものです。例えばブラジャーの紐や下着が透けるのが気になることってありますよね。そういう“ちょっとした煩わしさ”が多々あるんです。そんな悩みを集めていって、『こういう服のときは、こういうものがあったらいいよね、ここにカップがついちゃえばいいよね』というところをデザイナーさんと議論し、デザインに落とし込んでいきました」(「OUR WACOAL」商品MD・村井美沙さん)

■老舗メーカーならではの知見、延べ約45,000人以上のデータを活用

 『OUR WACOAL』には、クリエイティブディレクターにスタイリストの一ツ山佳子氏、一部ウェアのデザイナーには「サカヨリ(sakayori.)」を手掛ける坂寄順子氏が就任。 “トレンドを意識したデザイン性”をおさえつつ、下着メーカーの知見を活かした“体を美しくみせる機能性”を両立している。そしてボディラインやシルエットを美しく見せるために活用されているのが、60年の歴史を持つ「ワコール人間科学研究開発センター」が収集している女性の体の計測データだ。

 同センターは設立以来、毎年1000人近くの女性の人体計測を行い、延べ約45,000人以上のデータを収集。同じ女性を30年以上にわたり追い続けた「時系列データ」など他に類を見ない貴重なデータを収集している。

 例えば同ブランドの主力商品である「カップインウェア」は、バストの大きさや形を計測したデータをもとにした同社独自のトルソーを用いて設計している。モニターへのフィッティングを何度も繰り返したことで、バストシルエットのキレイさとズレにくさなどの機能性を追求した。

 その他のトップスやボトムスには、同研究所の体の動きに対する研究データを使用。「人間が体を動かすときにどの部位がどのくらい動くのか」というデータに基づいて坂寄氏とディスカッションが行われ、洗練されたシルエットを作り出せるデザインに落とし込んでいった。

「一般的な洋服は、人間が立っている状態に対してデザインを行っていきます。でも『OUR WACOAL』では動いたときの形状を意識してデザインしました。例えば肩周りは体の中でもよく動く部分なのでそこに丸みを持たせたり、立体的なパターンにしたり。スカートでは足さばきがいいように足を前に出した時のことを計算したり。動きやすい、かつ動いたときに綺麗なシルエットになることを意識しています」(村井さん)

■素材・縫製…服と下着の一体化に立ちはだかった壁

 しかし一着で服と下着の機能を両立するアイテムには、これまでの商品開発にはなかった難局も。

「例えばトレンドを考えてサテン生地にしたいと思っても、伸縮性が足りず下着としての合格ラインに辿りつかなかったり、着心地が良くなかったり。かといって下着としてベストな素材にすると、デザイン的にトレンド感が出なかったり。ひとつのアイテムについて何度も試作品を作って、試着を繰り返し、完成までに一年以上かかることもありました」(村井さん)

 デザイン案のうち3割くらいはトレンドと下着としてのクオリティ・着心地という3つの合致点が見いだせず商品化を断念。厳しい視点で合格点を出したものだけが、商品化に至っている。

 また洋服の縫製と下着の縫製とでは糸の太さから異なるとのこと。それらを縫い合わせる縫製の段階が最も苦労したと村井さんは語る。

「ブラジャーのカップ構造とその周りには繊細な縫製技術が必要なんです。そのカップの構造がしっかり保たれるというのは『OUR WACOAL』のカップインウェアにおいては外せない点です。なのでサンプルが出来上がる度に工場と打ち合わせを行い、認識をすり合わせて、今のクオリティにこぎつけることができました」(村井さん)

■見られるものから自分が楽しむものへ 下着への意識も変化

 下着といえばワイヤーの入ったブラジャー一択だったのが、ノンワイヤーブラジャー、カップ付きインナーと近頃急に選択肢が増えていった印象。この下着全体の文化の変化を老舗下着メーカーとして同社はどう見ているのか。

「2010年頃には弊社でもカップ付きインナーが世の中に受け入れられ始めている感覚がありました。2015年3月と2016年3月に実施した、ブラジャー着用実態調査(※)によると、20〜50代において、ノンワイヤーブラを主に着用する人の割合が高まり、 全体ではおよそ10%の人がワイヤーブラからノンワイヤーブラへとシフトし使い分けていることが 分かりました。このアンケートはあくまでノンワイヤーブラジャーに関するものですが、女性たちが『快適さ』『心地よさ』を求めている時代の流れは、アンケート結果からも読み取れます」(ワコール広報・久保優果さん)

 ここ数年、カップ付きインナーを下着ではなくファッションアイテムとして着こなす動きが出てきたと久保さんは分析。近年のシアーアイテム、背中・肩を出すトップスの流行もカップ付きインナーという選択肢を後押しする背景になっている。

「下着って以前は『他者に見られる』という視点で選ぶということも少なくなかったと思うのですが、今は『自分のために、自分の好きなスタイルを選ぶ』という視点の方が多いのではないかと市場の変化を見て感じています。だからトレンドのデザインやテイストにもすごく広がりが出ているのかなと。『OUR WACOAL』としても、今後も変わっていく女性の思いを受け止めながら、着たいなと思うお洋服を制限をかけずに楽しめるためのアイテムとして寄り添っていきたいですね」(村井さん)

 カップインウェアはニットにまで広がり、同ブランド秋冬商品としてVネックやオフショルダーのニットにカップを付け、一枚で着用できるアイテムを今後は発売予定だという。女性の今の思いを敏感に察知し、老舗下着メーカー独自の知見によって実現する同ブランドの可能性は、これからも広がり続ける。

※1:ワコール調査:20代〜50代女性 計300名(2015年3月/2016年3 月ともに実施)

(取材・文/原智香)

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