約60万円の「Apple Vision Pro」が日本でも発売! 買うかどうか迷っている人に知っておいてほしいこと

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2024年06月28日 10:01  ITmedia PC USER

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ITmedia PC USER

2月に渡米して購入したApple Vision Pro

 米国において2月に発売された「Apple Vision Pro」が、いよいよ日本でも発売される。ハードウェアとしての機能や性能に関しては、筆者のものを含めて、既に多くのレポート記事が掲載されている。


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 発売を前に、改めてこのハードウェアをどのように評価すべきなのか、考えてみることにした。


●次世代ヘッドマウントディスプレイがもたらす体験を知らしめた


 筆者は2月、米カリフォルニア州シアトルまで赴いてApple Vision Proを購入し、5カ月弱使ってきた。


 その上で、現時点の本デバイスが果たす役割として、次世代のヘッドマウントディスプレイ(HMD)がもたらす体験を、クリエイターやプログラマー、一般の消費者に知らしめる役割は大きいと感じる。


 多くの人にこの製品を体験してもらったが、VRデバイスの未経験者はもちろん、体験したことのある人も映像体験の質の高さに驚いていた。「59万9800円から」という価格からして、本製品がカジュアルに購入できないものであることには変わりはない。しかし、口コミであれ実体験であれ、まず世の中でより多くの人がこの製品に接することによって、どのような体験が得られるのかを知ることの意味は大きい。


 例え購入しなかったとしても、このジャンルに未来を見ている人たちの“ビジョン”を感じることはできるからだ。


 私事だが、実は筆者はXRに関連する会社を立ち上げた。この会社では、放送業界、広告業界、電機メーカー、通信サービス事業者、 自動車部品メーカー、ゲーム開発者、デジタルクリエイター、視覚映像を研究してきた学者など、多様な属性の人たちを幅広く集めて、未来のXR事業やコンテンツについてディスカッションする場を設けている。


 ディスカッションで出てくる話題は、必ずしもApple Vision Proに限らないのだが、この製品がもたらした異質といえるほど高いレベルの体験によって、テクノロジーからやや遠い位置にある人たちも、この世界に未来を感じる人が増えていると肌で感じている。


 Apple Vision Proの発売について、Apple社内でも「時期尚早だ」とする声があったという。しかし、同社のティム・クックCEOが発売を強く推進したという話が漏れ伝わっている。


 ある意味で体験型の製品であるApple Vision Proを立ち上げるには、多大なコストをかけてでもグローバルでの認知を広げる他ないと、クックCEOは考えたのかもしれない。


 もちろん、それだけであれば、一般的なユーザーは本製品を購入する必要はない。 筆者が発売日にこの製品を購入した主な理由は、10年後に世の中が変化した時に「コンピュータの歴史を変えた“節目の製品”」を所有していたいという、実に個人的な思いからだ。


 すなわち、現時点におけるApple Vision Proは、極めて趣味的な製品だ。特に個人ユーザーが実用性の面で購入すべき製品とは私は思わない。しかし、少しでも未来を実感したいと人にとっては大きな意味があるだろう。


●Apple Vision Proで“何か”を作りたい人にとって好機


 クリエイターであれ、プログラマーであれ、Apple Vision Proで“何か”新しいアプリを作りたいと考えているのであれば、今回の日本発売は好機といえるだろう。


 現在、Apple Vision Pro用のOS「visionOS」の最新バージョンは1.2だ。発売初期に発覚した不具合や機能の不足について、このバージョンでも対応や調整が進んでいるが、2024年秋にリリース予定の「visionOS 2」では、機能設定などのメニューも大幅に整理され、ホーム画面のアイコンの配置といった極めて細かい部分まで手が入っている。


 visionOS 2は開発者向けのβ版が公開済みで、一般ユーザーでも試せるパブリックβ版が7月に公開される予定だ。


 visionOSの基本的な操作性や機能の方向性は、iPadによく似ている。そのことを考えれば、全体の機能に関しては、まだまだ不足するところもある。しかし、メニュー構成などはかなり近づいており、完成とはいえないものの「準備段階」とやゆされるほどには未熟でもない。


APIの改善/追加


 Apple Vision Proで“何か”を作りたい人にとっては、そうしたvisionOSの表面上の変化よりも、新しいAPIや、既存APIのアップグレードの方が大きな違いとして映るだろう。


 例えば、Apple Vision Proではユーザーインタフェース(UI)において「視線入力」や「ハンドトラッキング」といった機能がとても重要だ。しかし、プライバシーを重視する観点から、Appleはこれらの機能を思っている以上にコンサバティブ(保守的)に実装している。そのため従来は、通常のアプリが視線入力やハンドトラッキングの情報を完全な形で得ることはできなかった。


 それに対して、visionOS 2ではユーザーが見つめているオブジェクトのメッシュを識別できるようになる。アプリの表示方法にも改善が行われ、特に「ボリューム」(3Dコンテンツの表示方法)を使うアプリを複数使う場合のハンドリングがしやすくなる。


 新しいAPIもいくつか追加される。「Volumetric API」は、その名の通り空間上に表示される物体の「ボリューム(量感)」を簡単にコントロールし、空間上に複数アプリを併存させる助けとなる。また「TabletopKit」という新フレームワークも追加され、例えばカードゲームやボードゲームなどを作る際に、テーブル上に配置したアイテムをハンドトラッキングで操作する処理などを簡単に行えるようになる。


 「Enterprise API」は、その名の通り企業/組織内でApple Vision Proを利用する場合に便利なAPI群で、通常のAPIと比べて内蔵センサーへのアクセス機能が強化される。例えば内蔵のメインカメラやNeural Engine(NPU)へのアクセスの他、バーコード/二次元コードの空間スキャン機能などが提供される。


 これらの新APIは、医療/製造/教育などの分野での活用を狙っている。例えば、医療分野では外科手術のトレーニング/シミュレーション、製造業では機器のメンテナンス支援、教育分野では複雑な推論モデルをもとにした3Dモデリングシミュレーションを空間内で可視化する、といった用途が想定される。


 visionOS 2では、自分が存在している部屋の認識精度も高まり、部屋の中の特定の位置や壁、天井などに沿って表示オブジェクトを固定できるようになる。「Object Tracking API」を使えば、視野の中にあるさまざまなモノにデジタルコンテンツを関連づけて表示することも可能だ。「デジタルペルソナ」とFaceTimeに関する新しいAPIも提供されるので、アプリにコミュニケーション機能を組み込むこともできる。


 少々長くなってしまったが、開発プラットフォームとしてのvisionOSは、新バージョンによって“本格的な”空間コンピュータとしての進化の方向を見出し始めている。


 おそらくUIなども含めて、エンドユーザー向けの製品としての完成度を高めてくるのは「visionOS 3(仮)」からになると思う。しかし、アプリ開発の視点からいえば、バージョン1.xから2への変化は、バグフィックスや機能改良、追加なども含めて“整い始めた”いいタイミングだと思う。


●「情報端末」「コンテンツプレーヤー」としても便利


 「情報端末」としてのApple Vision Proは、既に多くのレビュー記事が出回っている。先に紹介した通り、筆者もPC USERで英語版のままレビューをした。その際に感じたことでもあるが、本機は「映像視聴端末」としても素晴らしい出来だ。


 先のレポートからアップデートがあった点としては、Webブラウザ(Safari)を通して「Netflix」を開いた際に、4K(3840×2160ピクセル)での動画再生が可能となった点がある(余談だが、Metaの「Quest 3」でも同様にNetflixの4K動画を再生できるようになった)。


 完全な遮光環境で外光に影響を受けずに楽しめる4K/HDRの映像作品は、どれも素晴らしい画質だ。3D映画の表現も、(対応製品がほとんどなくなったが)プロジェクターやTVと比べても格段の品質で楽しめる。Apple Vision Proで改めて3D映画を楽しんでみると、新たな発見があるはずだ。


 「Apple TV+」では、Red Bullとのエクストリームスポーツシリーズ、「The Weeknd」、アリシア・キーズなど音楽アーティストのコンテンツ、アカデミー賞受賞監督撮影による180度立体視の短編映画「Submerged」など、180度パノラマの高精細映像作品が複数楽しめる。いずれも極めて正確なヘッドトラッキングを伴う立体音響が組み合わされており、臨場感がある。今後も、新作がリリースされるという。


 またAppleは、Apple Vision Proの高精細表示を生かすべく、8Kパノラマ動画専用のエンコーダーを用意している。このエンコーダーはBlackMagic Designの「DaVinci Resolve」などで利用可能で、高精細なパノラマ映像の制作を高品位に行えるワークフローの整備にも熱心だ。


 visionOS 2では、Macの仮想ディスプレイとして利用する連携機能について、2024年末までに「超ワイドスクリーンモード」が追加される。現在は最大で「4Kディスプレイ」を1枚投影できるが、アップデート後は横方向に2倍の解像度を持つ超ワイドスクリーンを、空間中にカーブディスプレイとして再現できるようになる。


 ちなみに、visionOS 2では、「環境」モードで周囲の視界を遮断して作業したい場合に、ワイヤレスキーボードを接続しているMacのキーボード部分を自動的に識別し、その部分だけ“実態映像”として見せることで使いやすくする機能も追加されている。


 加えて、このバージョンでは2Dの写真をタップするだけで簡単に3D写真を作成できる機能も提供される。機械学習を使用して左右の視点を生成し、自然な奥行きを持つ空間写真に変換するというものだ。「写真」アプリでは、Apple Vision Pro用向けに新しい「SharePlay」が導入され、デジタルペルソナを使って離れた場所にいるApple Vision Proユーザーとまるで同じ場所に存在しているかのようにパノラマ写真や空間写真、空間動画をを楽めるようになる。


 操作性の面でも、手のひらを見つめるとホームボタンを示すアイコンが表示され、軽くタップするだけでホームビューを開いたり、そのまま手のひらを返すと時間とバッテリー残量を確認できたり。そこでタップするとコントロールセンターを呼び出せたり……という新しい操作方法も加わる。


●システムとしては未成熟でも体験の質は高い


 まとめになるが、率直にいうとApple Vision Proはシステムとしてはまだ未成熟だ。これはハードウェアだけのことをいっているのではなく、ソフトウェア(visionOS)も同様である。未完成な部分と、未熟な部分の両方が混在している。恐らく、Apple Vision Proならではの使い方やアプリも今後、いろいろな提案がされる中で、やがてヒットアプリが出てくるという順番になるだろう。


 言い換えれば、現時点で(映像作品やMac用の)ディスプレイとしての使い方を除けば、「斬新で楽しい体験はあっても、HMDを積極的に使いたい」「装着の煩わしさを乗り越えてでも使いたい」といったルールチェンジをもたらす存在になるかといえば、そこまでは至っていない。


 確かに、体験の質やこれまでの2DアプリにはないUIなどは魅力だが、重さや操作性(視線入力とハンドジェスチャーの確実性や制約)などのハードルが高く、そうした基本的な装着性を高めなければ、ルールチェンジは起きないのではないかとも思う。


 筆者は1つの代案(?)として、額に重さを分散するサードーパーティー製ストラップを活用している。しかし、根本的な課題解決にはAppleが第2世代以降の製品で大幅な軽量化やストラップの改良を施す他ない。


 一方で、ディスプレイや内蔵スピーカーの質の高さ、コントローラーを必要としないUIのコンセプトなど、体験の質が高くインスピレーションを沸き起こすこともまた事実だ。そこに本製品の価格を掛け合わせると、どうなのか――そこはあなた次第といったところだろうか。


 為替レートが「1ドル=100円」の時代なら、まだ気軽に楽しめただろうが、現在の価格では積極的にお勧めすることに慎重にならざるを得ない。ただし、あなたが開発者やクリエイターとして、このジャンルの製品に関して可能性を感じているなら、この世界に飛び込むのもいい。そして、少し先の未来を垣間見ることにコストはいとわないのであれば、間違いなく次世代の体験を得られることは保証したい。


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