元外資系航空部長が“見知らぬ土地”でゲストハウス経営者になったワケ「退路を断ってみるとホッとした」

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2024年06月28日 16:10  日刊SPA!

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冬季のゲストハウスジャパン白馬の運営スタッフと。中央の男性が石田さん
 内閣府が公開した令和5年度版『障害者白書』によれば、国民のおよそ9.2%が何らかの障害を有していることになるという。国も平成26年度から「発達障害者地域支援マネジャー」を各地域に設置するなど施策を進めてはいるものの、いまだ十分に対応しきれていないのが現状だろう。
 世間においても、SNSや会話を中心に精神疾患や発達障害に対する差別的な言動が散見されることもある。国の施策が発展途上であることを考えると、おのずと民間企業へ期待することにもなるだろう。障害者雇用への気概を持った、数少ない企業のひとつに話を聞いた。

◆外資系航空会社の部長職を辞めて起業

「身内に発達障害者がいるんです。その子が社会に将来的に出られるのかが当時は心配だったんですね。それで外資系航空会社の部長職を辞めて起業しました。同じマーケティング部に同僚がいて、彼女の次女も少し重たい発達障害なんですよ。僕の創業プランを伝えたら共感してくれて、僕が辞めた3カ月ほど後に彼女も辞めて一緒に起業した形ですね」

 終始飄々とした様子で話すのは、宿泊業を主として営む、株式会社The Guest House Japan Resorts代表を務める石田浩司さんだ。

 同社は2017年5月の創業以来順調に事業を展開し、長野県の「ゲストハウスジャパン白馬」が予約サイト「ブッキングドットコム」で9.8など最高級評価を受けている。この波に乗り障害者雇用にも力を入れたいと意気込むが、退職を思い立った当初は周囲から随分と止められたという。

◆退路を断ってみると「ホッとした」

「『辞めるのはちょっとクレイジーだ』『絶対いたほうがいい』っていろいろ言われましたね(笑)。でも辞めて退路を断ってみると、やっぱり“ほっとした”というのが正直な感想です。まだ事業が軌道に乗っていない段階で、ほっとした自分がいたのは不思議な感覚でしたね。それは起業の動機になった発達障害者への心配、そちらに向けて100%進むことができるようになったからなのかなと思ったりしました」

 石田さん自身も日本の大学を卒業した後、アメリカへの留学を経て東京の外資系航空会社に就職したという経緯がある。2人の子どももオーストラリアへのテニス留学を経験するなど、国際色豊かに育っているようだ。

 オーストラリアで発達障害の子どもに対する教育を目の当たりにした石田さんだが、現地では驚くことも多かったという。

◆発達障害の子どもに対するオーストラリアの教育

「例えば、一人ひとりにカスタマイズされた教育を行っていましたね。この子はこれを持っていたら安心する、じゃあ授業中ずっとこれを持たせていようとか。日本では『ここは学校だよ』ということで難しいでしょうね。結局、発達障害の子どもたちというのは得意なことと苦手なことのギャップがすごく大きいんですけど、日本は平均を求めようとするので。オーストラリアで見たのは、数学しかできない子どもがいたんですよね。障害児のクラスにいるとお漏らしをしてしまうけど、数学の授業の時間になると上の学年のクラスに席を置いてくれて、先生もついていてくれる。その点、日本だと教員の数だったり、教員の障害に対する理解度だったりさまざまな問題がありますよね」

 そう語る石田さんだが、「日本も少しずつ変わってきているのでは」と希望を見出している。

「自治体によっては、ユニークな子どもたちへの教育に特化するところも出てきているみたいですね。あるご家族が名古屋の都市部から山のある地域へ引っ越されたんですけど、そこでは子どもの通学からサポートしてくれているみたいですね」

 障害者への純粋な思いから創業に至った石田さんだが、実際に障害のある子どもを持つ親から起業について相談を受けることもあるという。

◆障害のある子どもを持つ親からの相談も

「子どものために起業を目指しているお父さんとか、3人くらい相談に見えましたね。子どもと一緒に働きたいと。そういったお話を聞くと僕も事業をやっていた甲斐があるなと思いますし、一緒に仕事できたらいいなと思いますね。まあ、起業するのは大変ですけどね(笑)」

 福祉分野での起業を目指している人に向けて参考になるかもしれないと、石田さんがどのように事業を展開してきたのかを改めて聞いてみた。

「ラッキーだった部分も大きいですね(笑)。会社を辞めて、まず東京都大田区の創業支援施設にオフィスを構えることができたんですよ。そこで事業は宿泊業で、発達障害者の雇用を創設して……というのをプレゼンしたら、大田区のビジネスプランコンテストに入賞したんですね。僕も当時何が起こっているのかわかってない部分もあったんですけど、入賞によって賞金を10万円もらい、さらにいわば大田区の“お墨付き”のような形になって、銀行の融資の話も通りやすかったです。本当、偶然が偶然を呼んだようになって、流れがよかったんですよね」

 石田さんにとって見知らぬ長野県の土地を購入するという不慣れなことを実行したときも、勇気が必要だったはずだ。どのような工程を踏んだのだろうか。

◆見知らぬ長野県白馬の土地購入に至るまで

「土地の購入もビジネスプランコンテスト入賞みたいに、偶然上手く行った形ですね。当時、長野県の白馬村は外国人が不動産を買い漁っていまして。だから僕みたいな見知らぬ人間が急に行ったって、不信感持たれて、上手くいくはずないんですよ。当時はそんなこともわからず、白馬村の不動産会社のドアをノックして、『何か売っているものありますか?』って(笑)。

 そうしたらその時はまだ退職前だったので、『そんな副業で上手くいくような簡単なものじゃないから、帰りなさい』と言われたんですけどね。そこで事業計画を詳しく説明して、発達障害者の雇用を増やして行きたいんだということを説明したら、事務所の奥から『実はこれはまだ表に出してない物件なんですけど』と持ってきてくれて。内覧させていただいて、気に入って翌朝購入しました。銀行にも行ってないのに(笑)」

 独特の“胆力”と思い切りの良さで事業を進めてきたようだ。障害者支援に対する思いも健在で、さまざまな福祉系企業と連携を深めているという。

「例えばある事業所では、テニスラケットのガットを張る仕事のトレーニングをしてますね。人とコミュニケーションを取れなかったり、しゃべることのできなかったりする障害者の方々にガットを張るプロになってもらおうとしています。普通、そういう事業所って暗かったり、窓がなかったりするんですけど、その事業所は明るくて。そういった事業所とも繋がりができました。障害者の方をゆっくり育ててあげれば、最終的にはものすごい戦力になってくれる。人を裏切らないですし、純粋です。ミスは全然ありますけどね(笑)」

 現在は北軽井沢、西伊豆、浅間湯本にもゲストハウスを運営するほか、テニスクラブ経営など今期も新たな事業展開を行う株式会社 The Guest House Japan Resorts。代表である石田さんの原点には、障害者に対する爽やかな思いが流れているようだ。

<TEXT/延岡佑里子>

【延岡佑里子】
障害者雇用でIT企業に勤務しながらの兼業ライター、小説家。ビジネス実務法務検定2級、行政書士試験合格済み。資格マニアなのでいろいろ所持している。バキバキのASD(アスペルガー症候群)だが、パラレルキャリアライフを楽しんでいる。Xアカウント名:@writer_nobuoka

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