デジタル工作機械にペンを握らせて描く「線」。デザイナー深地宏昌が独自の手法で生む小宇宙

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2024年06月28日 19:10  CINRA.NET

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Text by 今川彩香

普段見過ごしてしまうような小さな範囲に詰まった想いや技術を紹介する、CINRAのshort動画連載「ミクロに宿る宇宙」。vol.2からは、その背景を記事でもご紹介します。

vol.2でクローズアップするのは、デザイナーの深地宏昌が「Plotter Drawing(プロッタードローイング)」という手法を使って生み出す作品。機械を使って描かれる作品ですが、筆材や支持体、筆圧、湿度など制御できない偶然性も内包しています。深地へのインタビューを通して、その背景に迫ります。

絵具上を絵筆が通ることで生まれる痕跡で描いた作品『SPUR(シュプール)』

ぐるぐると規則的に円を描く、柔らかい筆致。放射状の直線的な図面をなぞった、鋭さを感じる筆致。かと思えば、強く押し付けたインクが紙にじむような、手仕事を感じる筆致――。近づいて見たり、遠くから見たり。Plotter Drawingの軌跡を目で追っていると、不思議と時間を忘れて、静謐な空間に吸い込まれたような感覚になる。

東京・南青山のOtherwise Galleryで6月14日から開かれている『Road of Lines“線の足跡”』。深地と、プログラマーの堀川淳一郎によるクリエイティブスタジオ DIGRAPHによる展覧会だ。会場の中心には、プロッターが機械音を響かせながら、せっせと線を描いている。

展示会場にてドローイングを行うプロッター

カッティングプロッターは、シート状の素材を指定した形状に切り分けることができるデジタル工作機械だ。本来の用途であればカッターがあるところに、Plotter Drawingでは筆やペン、鉛筆などを握らせる。描画のデジタルデータを送ると、その図面通り緻密に描かれるが、何で描くか、何に描くかによって大きく表情が異なる。さらにドローイングのスピード、筆圧、気温や湿度も影響するという。その偶然性と、コンピュータ制御によるデジタルの正確性が同居している。

深地が初めてPlotter Drawingの作品を発表したのは2015年。大学院の修了制作として向かった作品だった。

1990年、深地は大阪府に生まれた。幼いころから漫画が好きで、絵を描くことも好きだった。野球やバレーボールなどの部活動でスポーツにも打ち込んだ。高校時代、学ぶならば好きなことをと、絵を描く延長線上にあると思ったデザインを選んだ。

京都工芸繊維大学に入学しデザインを専攻。もともと論理的な考え方を好むという深地。例えばプロダクトデザインにおける素材実験で仮説と検証を繰り返す授業など「いわゆる問題解決としてのデザインというか。僕に合っていましたね」と振り返る。

同大学院に進学すると、ゼミで京都の伝統工芸職人の仕事を見る機会が多くあった。例えば、唐紙(※1)や金彩(※2)、竹工芸、瓦。深地はそこで、職人の細部にこだわる姿勢と、素材への向き合い方に深い感銘を受ける。

「単に技術だけの世界ではなかった。例えば陶芸だとしたら、素材である土を焼くと現れる、ある種偶発的な現象がありますよね。人間の手技から離れて、自然現象にゆだねたときに現れてくるもの――極められた技術が、素材と向かい合ったときに起きる現象が、美しさをより際立たせている。僕が思う『美しさ』は、そこに近いのかな、と思いました」

撮影:野中愛

深地宏昌(ふかじ ひろまさ)
1990年大阪府生まれ。プロッターを用いてデジタルとリアルの境界に生じる偶発的表現をつくり出す手法「Plotter Drawing(プロッタードローイング)」を軸に新しいグラフィック表現の研究を行う。2023年より堀川淳一郎と共に「DIGRAPH」を発足。『カンヌライオンズ』『ザ・ワン・ショー』『ニューヨークTDC賞』『D&ADアワード』など受賞多数。

その後、試行錯誤を重ねるなか、たまたま研究室にあったプロッターに出合う。「これで描くとどうなるんだろう」と、はじめは遊び半分で試してみたのだという。

「デジタルによる秩序――つまり、完全に決められた線に対して、描いたときにその秩序を外れていくバグのようなものが生まれることがわかりました。紙にペンで描いたときに、紙の質感やインクのかすれ、ムラなどによって、本来なら真っ直ぐ描かれるはずの線が、揺らぐ。そういった偶発的な表現と秩序が相まって、美しく見えると感じました」

そうして、Plotter Drawing最初の作品『JAPAN CRAFT DRAWING』(2015年)が生まれた。

日本の伝統工芸品を描いた作品『JAPAN CRAFT DRAWING』

Plotter Drawingでの制作を続けて、もうすぐ10年になる。それは実験の歴史でもある。土台となる支持体と、描くための筆材の挑戦と検証を繰り返してきた。

プログラマーの堀川との出会いはPlotter Drawingにとって、ひとつの変化だった。描画を制作するなかで、プログラミングを活用するアプローチを取り入れた。自然物や自然現象の規則性を数理的に読み解き、プログラミングで水の波紋や山脈の形状などを表現する。堀川が開発したツールを使って、深地がグラフィックをデザインした作品も生まれた。

自然アルゴリズムによる3次元プログラムでグラフィックを描いた作品『NATURE/CODE/DRAWING』

今回の展覧会『Road of Lines“線の足跡”』は、最新作であるSPUR series(シュプールシリーズ)を中心に構成されている。「SPUR」とは、そりやスキーの滑った跡のこと。土台となる紙は水を通さないユポ。深地の手で水彩絵具を紙に敷いてから、プロッターが筆を走らせると、まさにそりが雪を滑った跡のような線が浮かび上がる。水彩絵具はゆっくりと渇き、気泡も含みながら、ぷっくりとした質感を見せる。

SPUR(シュプール)シリーズ

この描画は深地のデザインだ。Plotter Drawingの描画デザインは「何を描くか」よりも、素材選びや描き方といった「手法開発」が先にあるという。「SPUR seriesでは、まず筆の動きに合い、筆跡が美しく見える曲線を選びました。そしてデジタルの良さをいかすため、コピーアンドペーストのような連続性を取り入れています。まったく同じ動きっていうのは、人間にはできないですから」

また、土台は紙だけではない。腐食させた銅板を削る手法や、ステンレススチールにペイントマーカーで描く手法、紙にボールペンで描いたあと、そのインクに宿る熱を利用して銀箔を押してつくられた作品もある。

腐食させた銅板の上から線を幾重に彫って描いた作品『AGING』

熱に反応するインクで描き、その上から箔を施した作品『Peeling』

深地にPlotter Drawingの今後の展開を問うと、「基本的には地続きでやっていくことになると思います」としたうえで「プログラミングなど新しいテクノロジーとともに、何ができるかとは考えていて。時代を取り入れて作品をつくっていきたいですね」と語った。

その果てしない実験は、宇宙で星を掴むような途方もないものに思える。そうしてつくられるひとつの作品に向き合って目を凝らしてみると、宇宙が宿っているようにも感じる。

深地は、Plotter Drawingの美しさをこう語る。

「デジタルとフィジカルの良さが融合されているところが、一つ。フィジカルの良さは、目の前にある力強さ、ディスプレイで表現できない解像度です。デジタルは緻密さ、秩序のある美しさ、人智を超えたような表現ができる。それらの両方のいいところが合わさった作品を目指しています。その新しい美しさを見てもらいたいですね」

『Road of Lines“線の足跡”』展示風景(at Otherwise Gallery)

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