なぜ360度開くスーツケースの素晴らしさは伝わりにくいのか? エース「プロテカ360」とその製造過程

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2024年06月28日 22:11  ITmedia NEWS

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エースラゲージ赤平工場の外観。とにかく広大な敷地にあり、その全貌を一枚の写真で表すことは難しい。北海道ならではの自然に恵まれた美しい場所にあるが、冬場は雪に覆われる

 スーツケース──ここでは、キャスターが付いた、いわゆる“ゴロゴロ”のキャリング・ケースをスーツケースと呼称する。メーカーのエース(東京都渋谷区)によると、現在、この呼び方が世界標準のようなので──の評価というのは、なかなか難しくて、使い比べのような記事もあまり見かけることがない。モノが大きいし、実際に旅に出なければ、その使い勝手の本当のところは分からないので、使い比べが難しいのだ。ちょっとそのへんを転がしてみて、何かが分かるというものでもないし、バッグはそれがどういう用途のものであれ、パーソナルな道具なので、絶対的な評価はしにくい。


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 かつて、アルミ製スーツケースの評価が高かったのは、当時のスーツケースに求められているのが、主に耐久性や中の荷物の安全性などで、強度と容量が評価のポイントになっていたから。それが今や、ポリカーボネートの樹脂製スーツケースでも、普通の旅行なら十分な強度を持ち、機内持ち込みサイズが人気になるなど、素材も使われ方も多様化している。


 私は、エースの「プロテカ360」を愛用しているのだけど、これは360度ファスナーが開くので、縦にも横にもスーツケースを開閉できる機能の素晴らしさを使うたびに実感している。ところが、先日、知人とスーツケースの話をしていて、「あの360度開くというのは、何が便利なの?」と聞かれてしまった。私は、ホテルの狭い部屋でベッドの横のスペースでも縦に開けばフルオープンにできること、移動中にも縦に開けば、ケースを寝せなくてもモノの出し入れができることなどを説明したが、果たして通じたのかどうか分からない。


 先日も、私は文学フリマに出展するために、本を100冊ほど(重さにして23kgちょい)を、愛用のプロテカ360に入れて会場に持っていったのだが、その程度の重さではこのケースはビクともしないし、キャスターはスムーズに動くし、会場ではケースを寝かせずに中の本を取り出せるなど、とにかく便利だった。手元で操作できるキャスターストッパーも電車移動ではより威力を発揮する。


 スーツケースは箱にキャスターが付いているだけだから、丈夫でさえあれば、あとはどれを買っても同じという考えも、分からないではないのだけど、そういうものでもないのではないかと思っていたら、エースさんから、北海道の自社工場の見学を取材しないかとお誘いを受けた。


 使い比べが難しいスーツケースだけに、どのようにして作られているかを見るのは、機能や使い勝手を考えるにあたって丁度いいのではないかと、喜んで参加したのだった。国産のスーツケースというもの自体が珍しいのだから、こういう機会がないと、製作現場を見ることは難しいのだ。


●とにかく広大なエースラゲージ赤平工場


 工場は、北海道赤平市の広大な敷地内にある。かつて、サムソナイトと技術提携を結んだエースが日本で初めてスーツケースの国内生産を始めたのが1964年。当時の工場は小田原にあって、そこが手狭になったということで、1971年に現在の赤平に移転している。その後、エースは海外展開に乗り出すため、サムソナイトとの長年の契約を終了し、自社ブランド「プロテカ」を2004年からスタートさせた。


 工場の中には展示室もあり、そこにはエースの自社ブランド「プロテカ」の第一号「マニフィコ」から最新のものまでが並び、スーツケースの変遷が一目で分かるようになっている。とはいえ、スーツケースは基本的に同じような形をしているし、結局、シェルの素材と細部のデザイン以外には大きな違いはない。


 それこそ、マニフィコを今使っていても、外見上は多少デザインが個性的だと思われる以外に違いはない。普通に見過ごされると思うし、使う方も、現在の最先端のスーツケースを知らなければ、多少の不便さはあっても使い続けられるのではないか。


 それだけに、自分が使っているプロテカ360が、とても先鋭的な製品だということを感じることもできた。これだけのスーツケースを作り続けてきた上での、最新型の1つというわけで、そこに使いやすさや機能の向上がないわけがないのだ。


 例えば、今回、説明を受けて知ったのだけど、プロテカのキャスターに内蔵されたボールベアリングは現在、ミネベアミツミ製のものが使われている。この連載で取り上げたエレコムのトラックボール「IST(イスト)」に使われているのもミネベアミツミ製だったが、実際、小さなベアリングにおいて、世界有数のメーカーだ。実際、プロテカ360が、ドイツの石畳の上でも走行がスムーズだったことを思いだした。


 今回、まずは「プロテカ チェッカーフレーム」のシェルの成型過程を見せてもらったのだけど、これが何と射出成型かと思っていたら、ルーダーで素材をシート状に成型したものを加熱し、金型に開けられた無数の極細の真空穴から強い力でバキュームし、圧空、真空状態にして金型(凸)に沿わせることで製品の形を作る「真空成型」で作られていた。


 この真空成型が面白いのは、2種類の素材を、それぞれ薄いシート状にして重ねてから成型していたことだ。表側は、昭和生まれの方にはお馴染、「象が踏んでも壊れない筆箱」でも使われているポリカーボネートとABS樹脂を混ぜたオリジナル樹脂。外側にはバージン材を使用し、内側には真空成型後にシートの不要部分をカットして粉砕したリサイクル材を使っているのだ。これなら、見栄えの良い仕上がりにしつつ、リサイクルも行える。


 そして、素材を二層構造のまま成型するのには、この「真空成型」が必要になる。抜き型のない成型方法だから、形の自由度も高いのではないかと思われる。「プロテカ」シリーズのシンプルだが特徴のあるデザインは、こうして作られているのだろう。空港の荷物受け取り口から出てくる際に、似たようなスーツケースの中で、ちゃんと見分けが付いたのは、この成型方法にも秘密があるのかもしれない。


 成型については、もう1つ、シェルの素材全てがリサイクル材で作られている「プロテカ マックスパスRI 2」が「射出成型」で作られる工程も見せてもらった。こちらは、赤平工場と同じく北海道内にある資源リサイクル業者から提供された廃棄自動車などの再生材を使ったサステナブルなスーツケース。溶融した素材を金型に流し込み、型締め圧力1300t(トン)の力を持つ成型機で圧縮成型したら、冷却後に金型を開いてロボットで取り出すという過程で作られていた。


 ほとんど何でも見せてもらえる工場見学ツアーだったが、金型だけは撮影禁止となっていて、当然ながら、その重要性を改めて知った。面白かったのは、真空成型では、不要部分を切り取る工程があるのだが、そこで出た端材を粉砕しリサイクルするための粉砕機は、防音用の壁面で覆われていたこと。中はとんでもなくうるさいそうで、確かに、外にいてもものすごくうるさかった。粉砕時にそれくらいの音が出るくらい、丈夫な素材なのだ。


 私が使っているプロテカ360は、フレームのないジッパー開閉タイプだが、金属フレームを使ったスーツケースも、まだまだ人気がある。フレームの製作過程も見せていただいた。


 ここでのハイライトは、加熱して、約250度あるマグネシウム合金のフレーム素材を、特殊な手袋を着けた職人さんが、熱そうなそぶりも見せず、手で取り出して曲げ用の機械にセットする姿。4つの角を曲げ終わるころには100度くらいに下がると言われても、100度でも十分に熱いはずだ。機械のズレを防ぐため、20本曲げるごとに角度を確認しているというのも、言われれば当然なのだが、機械だから自動という訳ではないことを思い知らされる。


 身近なだけに圧巻だったのは、スーツケースの内装に使う布の裁断。内装に使うウレタン、生地、メッシュ、芯材などのカットデータはCADで作られて、抜き、断ち、全自動裁断機のそれぞれに振り分けられて、裁断されるのだが、この中の全自動裁断機が、ものすごかった。


 ロールになった大きな布を数枚から数十枚、布の厚さや素材に合わせて重ねたものを、バキュームで台に密着させて、CADデータ通りに自動的に布を裁断していく。重ねた布を真っ直ぐに切るわけで、裁ちばさみの切れ味を知っているから、余計に、この機械の刃はどうなってるんだろうと思う。


 組立工程では、一気に職人の世界になる。中でも「プロテカ360」の最大の特長である、ケースを一周するジッパーの取り付けが、手作業のミシンで行われていることに驚く。


 いや、他にやりようがないのは分かっていたのだけど、それでも、どのような開け方でもスムーズに開閉できるジッパーを日ごろ使っているだけに、あの精度を人の手で実現していることに驚いたのだ。前述したように、360度開く機能は、私にとってはなくてはならない機能だ。その割に、あまりパクられている様子もないのを不思議に思っていたのだけど、これは低価格での実装は無理だと、そのジッパー取り付けの工程を見て納得した。


 プロテカ360は、一般的なジッパースーツケースと異なり、ジッパーが1周縫いの作りになっているので、作りが難しく、高い技術を要するのだそうだ。実際、手で支えて、ぐるりと縫い付けていたのだが、一日何百個と作られる製造ラインの中では、じっくりと取り付けるというわけにはいかないから速度も必要になる。私たちが見た方は、新人でまだまだ遅いと言われていたのだけど、それでも十分に驚ける速度だった。


 内装の貼り付けも、糊付けこそ機械が行うけれど、そこに布を広げて、ぴたりと貼り付けていく作業は手作業なのだ。確かに、これも機械でやろうとしたら、とんでもなく巨大なものが必要になりそうだが、それにしても、その手際は手品のようだった。


 エースさんにいただいた資料によると、「一般的なスーツケースの内装生地はミシンで縫い付けるだけですが、プロテカではクッション製のあるウレタン生地を手貼りして仕上げる製品も多く、素早く美しく貼り付けるには高い技術を要します(技術の習得に早くて3年掛かります)。手貼り内装は赤平工場ならではの特徴で、海外製との大きな違いです」ということだ。


 思わず、帰宅したあと自分のスーツケースの内装をしみじみ見てしまった。こういう工程を見ていると、スーツケースは一般的なブリーフケースやトートバッグの内装貼りと同じような作業を、より巨大なスペースで行わなければならないということをあまり意識していなかったことに気がつく。


 スーツケースを買おうと考えた時、「プロテカは欲しいけど高いなあ」と思ったのだけど、例えば私が使っているタイプは8万円台。それは、バッグとして考えた場合、容量や機能からすると物凄く安いのだ。大型の革のブリーフケースなら、8万円台は安いくらいなのに、スーツケースだと高いと感じるのは、どこか、シンプルな構造で簡単にできる量産品だと思っていたからではないか。


 そういえば、例えばキャスターの動作の検査には、この広大な赤平工場の外を、スーツケースをごろごろ引きながら、何キロも歩くという話も聞いた。冬場などの外を歩けない状況の時は、ウォーキングマシンのようなものも使うけれど、やはり、実際の様々な凹凸があり、状況が変化する「道」でテストする方が、細かい部分までチェックできるのだという。もっともな話である。


 最後に見せてもらったのが、その様々な検査を行う品質管理研究所だ。予想通り、ここは盛り上がる。スーツケースの中に最大24kgの重りを入れた上で、高いところから落としたり、巨大なドラム式洗濯機のようなものの中にいれて、ぐるぐると回したりと、とにかくスーツケースを痛めつけていく。そして、当然のように、その程度の検査では、外観に傷はつくものの、歪んだり曲がったりは一切しない。


 実は私は、文学フリマに本を搬入する前に、エースさんに「プロテカ360に、20kg以上の本を入れて持っていきたいんですが大丈夫ですか?」と問い合わせたのだが、その時の答えが「最大24kgの重りを入れて、色んなテストをやってるから全然大丈夫ですよ」ということだった。そして実際、余裕を持って持ち歩けたのだが、このテストを見ていると、それは当然の結果だったと思えた。堅牢なフレームタイプに比べて軽量なジッパータイプでも、この耐衝撃性能なのだから、やはりスーツケースは大きく進歩しているのだ。


このニュースに関するつぶやき

  • そんなことよりキャリーケース引き摺って闊歩するバカどもの大量発生をなんとかしてくれるニダw
    • イイネ!2
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