【陸上】「こうすればいいのに…」北口榛花の勇気ある問いかけ 世界へ続く“60m超え7発”

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2024年06月29日 09:31  日刊スポーツ

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女子やり投げで優勝し表彰台で笑顔を見せる北口(撮影・垰建太)

<陸上:日本選手権>◇28日◇第2日◇新潟・デンカビッグスワンスタジアム◇女子やり投げ決勝



昨夏の世界選手権を制した北口榛花(26=JAL)が2年ぶり4度目の優勝を飾った。2投目で62メートル87を記録して首位に立ち、そのまま逃げ切った。


2位の武本紗栄(24=Team SSP)は61メートル41、3位の上田百寧(25=ゼンリン)は60メートル72を記録。3人とも昨夏の世界選手権決勝進出ラインの59メートル66を超えた。同選手権での表彰台全員の60メートル超えは2年ぶりで、日本女子のレベルの高まりを示す大会となった。


 ◇   ◇   ◇


「すごくうれしかったです」


取材エリアでの北口は反省の言葉を続けていたが、声を弾ませた場面もあった。それは表彰台入りした3人がいずれも60メートルを超えたことについて。26歳の世界女王は「自分より若い選手が2位と3位だったのですごくうれしかったです。2人とも海外の試合に出るようになってきた。本人たちにはあまり言わないけど、私としてはすごくうれしいです。こうしないと高まらないよね、という感じはしています」とうなずいた。


大きな放物線を描いたやりが、次々と新潟の夜空へ飛んでいった。


北口は1投目で61メートル10を記録すると、2投目で62メートル87をマーク。22年世界選手権ファイナリストの武本も負けじと、1投目で61メートル33、4投目で61メートル12、6投目で61メートル41と、61メートル台を3発も放った。22年から2大会連続世界選手権代表の上田も、60メートル超えを2度マークした。


ハイレベルな戦いとなった22年の同大会では60メートル超えは計4回だったが、今大会は60メートル超えが7度。競技レベルの高まりを表す結果となった。


 ◇   ◇   ◇


何より北口自身が、この争いを望んでいたようにも思う。


昨年12月下旬の「日本陸連アスレティックス・アワード2023」。最優秀選手に贈られる「アスリート・オブ・ザ・イヤー」を受賞した北口は、黒色のドレス姿で壇上に立ち、「自分の強み」を語り出した。


「私は選手としてトップを目指すことは当たり前だと思っている。そのために犠牲を払うことや海外へ出ていくことが当たり前だと思って、これまでやってきました。日々の生活の中でそれを思えていることが私の強さであり、それを当たり前とは思えていない人がたくさんいるということも最近は分かってきました」


スピーチでは「私の価値観を押し付けて、苦しんでいた人もいるとは思うんですけど」と苦笑いで付け加えていたが、その言葉は明らかに陸上界全体へと向いていた。


それから約4カ月。パリ五輪シーズンが本格化する4月中旬にこのスピーチの真意を問われると、次のように答えた。


「自分がアスリートになると決めた時に、常に上を目指さないといけないと思った。そのためにはできる努力は全部しないといけないと思っています。今はありがたいことに、日本とチェコの状況の両方を見ることができています。チェコでは年齢が上がるにつれて、競技を続ける門が狭まっていき、やり投げだけで生活できる選手は限られた存在になります。でも、日本では多くの選手が競技を続けられる。実業団選手という立場かもしれないですが、競技に専念させていただける環境も多い。その過ごし方で、若干の差があるのかなと思います。他の選手を見て『もっとこうすればいいのに』と思うところもあります」


アワードの時と同じように「余計なお世話だと思うんですけど」と付言していたが、19年から「やり投げ大国」と呼ばれるチェコへ渡り、シーズン中も海外に大会を転戦する北口だからこそ、その問いかけは重く響いた。


 ◇   ◇   ◇


ただ、北口が口にしたアスリートの精神は、徐々に根付きつつもある。


今大会で2位に入った武本は、春先からニュージーランドやオーストラリアで競技会に出場。さらに米国、チェコ、ハンガリーの試合へも赴いた。


迎えた日本選手権では、今季13試合目にしてシーズンベストを記録。1投目では首位にも立った。


「『お、来るんちゃうか』と思ったんですけど、チャンピオンは簡単には勝たせてくれない。『もうちょっと頑張れよ』ってことなのかな」


2学年上の世界女王の存在は大きい。武本は言う。


「北口さんがトップでやってくださっているから、私たちも60メートルでは満足できないようになってきている。私が学生の頃は『60メートルを投げればすごいよね』というところがあったけど、今は60メートルを投げても勝てない。そのレベルに上がったことで、私たちも世界へ1歩近づくきっかけをつくってくれたのかなと思います」


締まった口調でそこまで続けると、笑顔で付け足した。


「すごく尊敬はしているんですけど、でも今日は勝つ気でいました」


日本女子やり投げ界には、世界を見据えて切磋琢磨(せっさたくま)していく土壌が、確かに育ち始めている。【藤塚大輔】

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