ハンドボール元日本代表・土井レミイ杏利が引退「僕をきっかけにハンドボールを始めた子どもたちに、僕と同じ思いはしてほしくない」

0

2024年06月29日 10:10  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

元ハンドボール日本代表・土井レミイ杏利インタビュー (前編)

 日本ハンドボール界のトップ選手として活躍してきた土井レミイ杏利(前・ジークスター東京)が、5月に行なわれた日本ハンドボールリーグのプレーオフのセカンドステージ・トヨタ車体ブレイヴキング戦での敗退をもって、26年におよぶハンドボール生活から退いた。

 学生時代のケガをきっかけに、父の母国であるフランスでも6年間プレーした経験を持つ。その間、人種の壁に悩み苦悩した日もあったが、日本代表でもキャプテンを務めるなど、常に日本ハンドボール界の中心であり続けた土井は、最後まで笑顔のままコートを去った。

 そして、土井は700万フォロワーを抱える大人気TikTokクリエイター「レミたん」としての顔も持ち合わせている。

 インタビュー前編では、現役生活のことやフランスでの苦い経験を基にした物事の考え方、そして同じように悩む人々へ土井が伝えたいことを聞いた。

【過去に執着しない。だから自分の試合を振り返ったこともない】

――負ければそこで現役生活も終わりとなるプレーオフ。どのような気持ちでプレーをされていたのでしょうか。

土井 26年間のハンドボール生活の集大成を見せようと考えていました。正直、優勝して終わりたかったなっていう気持ちもありましたが、すべてを出しきることができたと思います。楽しかった時もあれば苦しかった時もあって、いろいろな思いがありますが、ハンドボールに対しては最後までまっすぐな気持ちで、最終戦も笛が鳴るまであきらめず戦い続けようと、その一心でした。

――長い競技生活でのハイライトは?

土井 すべての試合に100%で臨んできましたので、その都度思い出には残っているけれど、ひとつを選ぶことはできないんです。

―― 過去にはあまり執着されないタイプなのでしょうか。

土井 まったく執着しないです。自分の試合を振り返ることもしません(笑)。過去にとらわれるのが好きじゃないんです。もちろん目の前の試合には全力で臨んでいましたが、過去にばかりとらわれているとチャレンジ精神を忘れてしまって、どこか気持ちが緩んでしまう気がするんです。

 ただ、自分のことは振り返らないんですけど、世界や日本の歴史を学ぶのはすごく好きなんです。

 たとえば、宗教の興りにも興味があります。僕が暮らしていたフランスは他民族国家ということもあり、若い人たちでも宗教に対するイメージや歴史観を持っています。向こうで生活をしていた時にはいろいろな刺激がありました。日本ではそういった話をする機会が限られていると思うのですが、フランスにいると若い人の間でも議論が当たり前のように交わされるんです。そういう環境にいると、自分が住んでいる世界のことを何にも知らないんだと気づかされて、そこから歴史を学ぶようになって、それが楽しくなりました。

 過去が見えると、未来がどうなるかっていうのも想像できるようになります。僕は10年、20年先のことを考えるようにしていて、そこから逆算すると、今自分が何をしたらいいかがわかってくるというか。だからこそ歴史を学ぶのって楽しいなと。

【人種差別にも晒されたフランスでの苦い経験】

――フランスでプレーされていた時には、チームメートや周りの人たちから差別的な言葉で呼ばれるなど、辛い経験もあったとか。

土井 昔から明るい性格で、それは今も昔も変わらないと思うのですが、当時はそういった(差別的な)言葉に対する強さは持っていなかったかなと思います。海外生活での人種的ブラックジョークのようなニュアンスの言動に悩まれる方は少なくないでしょうが、それに対して自分を押し殺していると、精神的にどんどんひとりになってしまって。僕がそれを乗り越えられたのは、自分を出すようにしたからなんです。

―― 日本では考えられない苦労があったとはいえ、フランスでの経験はポジティブに感じていますか?

土井 結果的にはすごくよかったなと思っています。ちゃんと苦難から逃げずに向き合って、荒波を乗り越えた人のほうが成長すると考えているので。そういった経験を乗り越えると、言葉にも力が宿るんじゃないでしょうか。

 いま苦しい状況に立っている人は、逆にチャンスだと思って戦い抜いたほうがいいと思うんです。乗り越えられなそうな状況であればあるほど、乗り越えた先に広がる視野が全然違ってくるのかなと。精神的に強くなるだけじゃなくて、周りに与える影響も大きくなるので、そういう意味でもいま大変な状況にいる人たちには、その思考でなんとか立ち向かってほしいですね。

―― 長く生きていれば何かしらの壁にぶち当たりますよね。

土井 問題があった時に「そこから逃げたり後退したりっていうのはよくない、だからただ戦い続けて前に進まなきゃいけない」って思う人がたくさんいるんですよ。

 僕はまず、壁にたどり着いたこと時点で自分を褒めてあげてほしいと思います。その壁にまでたどり着けない人もいるし、たどり着く前に後ろを振り返ってしまう。だからまずは自分を褒めてあげて、そして時には後退をしてもいい。その後退は壁を乗り越えた時に、より遠くへ行くために必要なこともあります。

 ただ、後退の仕方が大事です。後ろを向いて下がるのではなく、僕は過去を振り返らないと言いましたが、それは"前を向いたままバックステップをする"ということなんです。より遠くに行くために助走をつけているようなイメージで。

 わかりやすい例でいうと、ハンドボールが全然うまくいかない時期があったとします。僕は、その時は思いきって1週間ぐらい休んでいいと思うんです。その間に本当に好きなこと、自分が楽しいと思えることをひたすらやって、ハンドボールのことは一度忘れます。それでまたハンドボールを頑張ろうって気持ちが生まれてきます。本当に駄目な時って、マインドセットも悪循環に入っちゃっているので、そこから脱するためにはそういう時期が必要だったりするんです。

―― 日本では学校でのいじめや自殺などが社会問題化していますが、土井さんがおっしゃっていることは、そういう現状も意識されているように思います。

土井 フランスでの生活で強く感じたのが「孤独感が最強の敵」だということです。ひとりになったと思い込んで強い孤独を感じてしまって。当時の僕もそういう状況まで追い込まれて、精神的にもかなりタフな状況まで追い込まれていたので、その気持ちは本当によくわかります。

 まずは、自分自身をもっとリスペクトしてあげてください。僕は日本の文化が大好きですし、相手を敬う精神も尊敬していますけれど、自分を卑下してまで相手を敬う必要はないと思うんです。上司であろうが誰であろうが、その人が間違っていると思ったらそう言ったほうがいい。でも、日本ってそういうことを言葉にしにくい文化じゃないですか。だからどんどんストレスを溜めてしまうんじゃないかと。

 思いきって自分を出してみる。それで周りにどれだけ否定されようが、自分だけは自分のことを否定しない。僕もそれだけはしなかったですし、してほしくない。そこを忘れてほしくありません。

【「サッカーや野球をやっていたらもっと稼げたんじゃない」とか・・・】

―― ありがとうございます。さて、日本ハンドボールリーグは今年の9月からプロリーグとなり新たなスタートを切ることとなります。土井さんは今後、リーグにどのような形に進んでほしいとお考えですか?

土井 まずは、ヨーロッパで成功しているリーグにならって、組織としてしっかりしたチーム体制で運営していってくれたらなと思っています。来季(2024年9月開幕)からプロリーグ化も控えていて、数年かけてよいものにしていこうっていう話ですので、期待しています。

 インスタグラムなどのSNSを通してたくさんのコメントをいただくのですが、僕をきっかけにハンドボールを始めたっていう方がすごく多くて。ただ、周りから「僕がほかの競技をやっていたらどうだったんだろう」とか「サッカーや野球をやっていたらもっと稼げたんじゃないか」みたいなことを言われる時があります。それって悔しいですよね。そういう思いを、僕がきっかけでハンドボールを始めてくれた子どもたちにしてほしくないんです。

 だから、彼らが大きくなって、ハンドボールを続けていてよかったなって思えるような環境を作ってあげるところまでが、僕の責任なのかなって思っています。ハンドボール界のためにやりたいことはたくさんありますし、今後も携われるところで、手伝えることは積極的にやっていきたいですね。

>>インタビュー後編に続く

【Profile】
土井レミイ杏利(どい・れみい・あんり)
1989年9月28日生まれ。千葉県出身。フランス人の父と日本人の母の間に生まれ、小学3年生の時にハンドボールを始める。大学卒業後、ヒザのケガをきっかけに一度は競技を引退。語学留学のためフランスへ渡るが、留学先でヒザの痛みが消えていることに気づき、再びハンドボールの世界へ。2012 年、フランス1部リーグ『シャンベリ・サヴォワ・ハンドボール』のセカンドチームの練習に参加。その後、プロ契約を結び、2017年には日本人ハンドボール選手史上初のオールスター出場を果たす。2019年より日本ハンドボールリーグの『大崎電気OSAKI OSOL』に移籍し、2021年から『ジークスター東京』に所属。日本代表でも長年主力として活躍し、東京五輪ではキャプテンも務めた。2024年5月のプレーオフをもって現役を引退。
『TikTok』では700万人を超えるフォロワーを持ち、大人気TikTokクリエイターとしての顔も持ち合わせる。180cm・80kg

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定