孫正義を37年“独占取材”した作家が知る実像 「1000年の歴史に名を残す人」

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2024年07月01日 05:40  ITmedia ビジネスオンライン

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孫正義氏を37年取材し続ける作家の井上篤夫氏は、孫氏を「1000年の歴史に名を残す人」だと語る(撮影:乃木章)

 ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の“唯一の公式評伝”といわれる『志高く 孫正義正伝 決定版』(実業之日本社文庫)が4月に刊行された。著者は孫正義氏を37年にわたって独占取材した作家の井上篤夫氏だ。


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 本書は、20年前の2004年5月に『志高く 孫正義正伝』として初めて出版。その後も井上氏が取材を続けて増補改訂を重ねている。


 井上氏は長年にわたって孫氏や周囲の人々を取材してきた。少年時代からカリフォルニア大学バークレー校で過ごした青春時代、ソフトバンクの創業からAI革命を目指す現在までを描き出している。その理由を井上氏は「孫会長兼社長は歴史上の人物だから」と語る。井上氏に、長年の密着取材で見た孫氏の実像について訊(き)いた。


●孫正義とビル・ゲイツの「共通点」と「違い」


 最初に『志高く 孫正義正伝』が出版されたのは2004年。『完全版』『新版』と増補改訂を重ね、2021年に単行本で『決定版』が発売された。そこからさらに新たな取材を加えて、今回発売されたのが文庫版の『志高く 孫正義正伝 決定版』だ。20年間読み継がれてきたシリーズは、紙と電子版を合わせて50万部を超えるベストセラーになっている。


 著者の井上氏は1987年に初めて孫正義氏をインタビューし、以来37年間にわたって取材を続けてきた。人物を追いかけた評伝で、新たな取材をしながら加筆を重ねていく書籍は珍しい。今も書き続けている理由を、井上氏は「歴史書を作っているから」だと説明する。


 「僕は作家として歴史上の人物を書いてきました。2022年に出版した『フルベッキ伝』では、幕末から明治にかけての日本における最重要人物の一人で、大隈重信や岩倉具視、伊藤博文などにも大きな影響を与えた宣教師フルベッキの生涯を描いています。長年にわたって孫会長兼社長の取材を続けているのも、フルベッキと同じように、孫さんを歴史上の人物だと思っているからです。多くの人は同じ時代に生きている人を、歴史上の人物とはあまり思わないですよね。しかし僕から見ると孫さんは、歴史に残っていく人物です。だから『志高く 孫正義正伝』を書くことは、歴史書を書くことなんです」


 井上氏は早稲田大学在学中から執筆活動に入り、1975年に初めて米国に渡ると、元ビートルズのジョージ・ハリスンや女優ブルック・シールズ、元世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリや、オリンピック金メダリストのカール・ルイスなど、世界的なVIPにインタビューをするようになる。


 1986年には、米マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏を取材。この取材をした作家ということで、孫氏から取材の許諾を得て、1987年に初めて孫氏にインタビューする。孫氏は1981年に日本ソフトバンクを創業。ソフトウェアの流通業務から出版などに業務を拡大し、急成長を遂げていた時期だった。井上氏は孫氏に初めてインタビューしたときの印象を、こう振り返る。


 「孫さんはニコニコしていました。当時はまだ世界一という言葉は使っていませんでしたが、ナンバーワンになると言っていました。今と同じですよね。2日間にわたって取材し、録音したカセットテープは4時間分にもなりました。ここまでのロングインタビューは今では考えられません」


 井上氏は今年、ビル・ゲイツ氏に38年ぶりにインタビューをした。ビル・ゲイツ氏と孫氏をそれぞれ取材してきた井上氏は、2人の関係を『志高く 孫正義正伝 決定版』の中で描いている。


 「孫さんは1987年に雑誌『THE COMPUTER』の創刊号のためにアメリカにわたって、インタビュアーとしてビル・ゲイツ氏を取材しました。孫さんがしつこく綿密な質問を繰り出すのに対して、ビル・ゲイツ氏も体を乗り出して答えて、1時間の約束を大幅に超えました。この日以来、2人の付き合いはずっと続いています」


 2人がお互いをどう見ているのかについても、井上氏は話を聞いている。そこから見えてくるのは、ライバルとして敵対するのではなく、お互いを理解し合う姿だった。


 「孫さんはビル・ゲイツ氏のことを『エジソン、ロックフェラー、カーネギーなど歴史上の偉大な人物と言われる人よりもゲイツは上ですね。彼は歴史に名を残す人物です』と形容します。ビル・ゲイツ氏に今回のインタビューで、孫さんをどういう人だと思うかと聞くと『アントレプレナー(起業家)』だと、一言で表現しました。2人とも仕事が大好きで、高い次元を見ているところが共通しています」


 一方で、2人の違いをこう表現する。


 「ビル・ゲイツ氏はテクノロジーの開発が中心。孫さんはコンピュータのインフラやソフトウェアが業務の中心です。それぞれの業務が補完関係にあります。敵対することがなかったので、付き合い続けることができているのでしょう。孫さん自身、ビル・ゲイツ氏とはよく連絡を取り合って、新規事業がぶつからないようにしていると話していました」


●井上氏が見てきた「孫正義の実像」とは?


 『志高く 孫正義正伝 決定版』で井上氏は、孫氏本人に長年取材を続けるとともに、孫氏と関わってきた多くの関係者から話を聞いてきた。その中でも、今の孫氏が形作られたのは、高校を中退して渡米し、その後に進学したカリフォルニア大学バークレー校で学んだ時代だと指摘する。


 「極端な言い方をすれば、孫さんを作ったのはアメリカです。バークレー校はノーベル賞受賞者を多く輩出している大学です。学生時代に孫さんがやってきたことは強烈ですよ。日本で流行していたインベーダーゲームを、流行が去ったあとに安値で大量に輸入して、アメリカでビジネスとして成功させました。さらに、音声機能付き電子翻訳機を発明すると、ソフトウェアを設計してくれる教授を探して、時給で雇って開発にこぎつけました。手伝ってくれそうな教授を電話帳で調べたのですが、それで会ってくれる教授もおかしいですよね(笑)。バークレー校時代に培ったことが、間違いなくその後の役に立っています」


 井上氏がもう一つ注目したのは、孫氏を支えてきた人々だ。特に印象に残った人物の一人に、日本ソフトバンクの設立翌年から出版部門を支えた橋本五郎氏(故人)を挙げる。創刊したパソコン雑誌が危機に陥っていた時期に、日本ソフトバンクの求人広告を見て編集者として入社した人物だ。


 「孫さんを語るときに、橋本五郎さんは欠かせない人物です。孫さんは複数のパソコン雑誌を後発で創刊したものの、早々に返本の山を築きました。何とかしなければと孫さんが大量のテレビCMを仕掛けようと奔走する一方で、雑誌の判型を変え、内容をリニューアルするなどして成功に導いたのが橋本さんでした。孫さんは橋本さんと出会えて、橋本さんがいたから今の自分があると思っています。孫さんという人物が、同じ志を持った周りの人たちとの“同志的結合”によって作り上げられたことは、この本で知ってほしい点です」


●「反省すれど萎縮しない」


 ソフトバンクグループは6月21日、第44回定時株主総会を開催した。会長兼社長の孫氏は、AIが進化し、人類の1万倍の知的レベルを持つ「人工超知能」(ASI)の時代が10年以内にくると指摘。ASI時代に欠かせない、AIチップとAIデータセンター、AIロボットをグループ総力で推進していく考えを示した。AI革命の未来を語る孫氏のこうした発言は、井上氏にとっては驚くことではないという。


 「孫さんは、今日とか明日のことはよく分からないけれど、10年先や20年先のことは分かるとよく言います。早くからコンピュータが人類の叡智(えいち)を超えると話していましたから、見ている先が違うのでしょう。天才が頭の中で何を考えているのかは、僕にもよく分かりません(笑)。ただ、孫さんの根本の部分は変わっていません。ソフトバンクグループが巨額の損失を出したときに孫さんは『反省はするけれども、萎縮はしない』と言いました。会長兼社長だから反省はしなければいけないけれど、損失については自分の中で決着がついています。さらにその先がすでに見えているからこそ、萎縮しないのだと思います。これこそが、変わらない孫さんらしさではないでしょうか」


 AIの進化が続く中で、孫氏が何を成し遂げるのか。井上氏の取材もまだまだ続く。


 「ソフトバンクグループ社内にも、創業当時から孫さんを知っている人はほとんどいなくなりました。そういう意味では、私は証言者として伝える使命があります。孫さんは千載青史に名を残す人、1000年の歴史に名を残す人ですから、これからも書き続けなければいけないと思っています」


(ジャーナリスト 田中圭太郎)


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