伊藤華英と柳原真緒が「アスリートの生理」の課題を語り合う「GPを獲れたのは生理に対処できたからだと絶対に言いきれる」

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2024年07月03日 10:30  webスポルティーバ

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伊藤華英×柳原真緒 対談インタビュー 前編

 さまざまなスポーツにおいて、女性アスリートのなかからは、女性ならではの課題を口にする選手も出てきている。そのひとつが生理への対処法だ。しっかりとした対処ができなかったり、対処法が合わなかったりすることにより、成績を大きく落としていたり、その後の人生に悪影響が出てしまう選手もいるという。

 そんな生理の課題に悩んでいたのが、ガールズケイリン最高峰のレース「ガールズグランプリ2022」を制した柳原真緒選手だ。そして、この課題を克服するきっかけとなったのが、元競泳選手の伊藤華英さんである。自身も生理の影響で五輪本番に苦い経験をし、現在は、⼥⼦学⽣アスリートの⽣理とそれに伴う体調変化に関する教育・情報不⾜などの課題に取り組む、スポーツを⽌めるな「1252プロジェクト」のリーダーを務めている。その伊藤さんと柳原選手に生理の課題について話をうかがった。

【生理についてはノーストレス】

――すでにおふたりは面識があるということですが、きっかけはどのようなことでしたか。

柳原 以前から生理について悩みを抱えていて、それをJKA(公益財団法人JKA:競輪・オートレースを統括する中央団体)の方に相談したところ、JKAアドバイザーの伊藤華英さんを紹介していただいたのがきっかけです。

伊藤 「ガールズグランプリ2022」で優勝した年ですから、2022年3月くらいでしたよね。その後もすごく活躍されていて、私としてもうれしいです。私はJKAアドバイザーとして日本競輪選手養成所の候補生たちなどに、さまざまな講義をしているんですが、そのなかには生理の話もありましたので、柳原選手から相談があるとうかがってお話をし、婦人科の先生を紹介しました。そこでお薬を処方していただいたということでした。

――どのような悩みだったのでしょうか。

柳原 自分は気持ちの浮き沈みが結構ありました。生理自体というよりは、生理になるのが嫌だという気持ちです。ここらへんで生理がくるな、このレースにかぶるな、嫌だなという思考ですね。決勝の次の日に生理がくるとわかっても、その前日は体が重くなって、サドルに座る時もしっくり感がまったくなくなるので嫌だなと。まさに負の連鎖でしたね。

伊藤 お話を聞いてすごく悩んでいるなと感じましたが、その時には「対処すれば改善できるよ」と伝えました。

柳原 その言葉を聞いて、全然深刻な話ではないなと感じました。メンタル的にもそこで大きく変わりましたね。専門の先生に診てもらって、薬を処方してもらい、それ以来ずっと薬を飲んでいます。今は生理に対してノーストレスです。

――その悩みをほかの選手に相談することはありましたか。

柳原 まったくなかったです。みんなにピルを飲んでいるかいないかと聞いたことはありましたが、飲んでいる人はほとんどいませんでした。

伊藤 私も現役時代、周りの選手やコーチ陣に相談したことは、ほぼなかったです。2キロくらい体重が増えてきたら、コーチは生理前かなと感じていたようでしたし、自然にくるものだから、という感覚で考えていたんだと思います。

柳原 それでも練習量は変わらないですよね。

伊藤 そうですね。私は男子選手と練習をしていたので、生理を理由に負けたくないと思っていました。

柳原 競輪の練習は男子選手とグループでやるので、力の差もあって男子と競り合うことはないんですが、生理だからこの練習メニューはこなせない、というのは自分のなかで許せませんでした。

【生理への対処ができたからタイトルが獲れた】

――目標にしていたレースや獲りたかったタイトルで、生理が理由で獲れなかったものはありますか。

柳原 なぜかあまり、ビッグレースにはかぶらなかったんですよね。だからビッグレースでは、結構いいレースができていると思います。

伊藤 私はアテネ五輪の選考会(2004年日本選手権)と北京五輪本番(2008年)で、生理の影響があって乗りきることができませんでした。アテネ五輪の選考会の時は19歳だったんですが、当時はまだ生理前のPMS(※)のしんどさを理解していなくて、緊張とプレッシャーで、自分は弱いんだなと思ってしまったんです。プールサイドでコーチと「どうする午後の決勝?」と話していたら、涙が出てきちゃったんですよ。なんでこんなに悲しいんだろう、と。今思えば、極度の緊張と生理前のバットコンディションが重なっていたからなんだろうなと感じています。結局3位になってしまって、オリンピック本番には出場できませんでした。
※月経前症候群:月経前の下腹部痛や乳房の痛みや張り、腰痛、頭痛、肩こりなど

――北京五輪の時はどんな状態だったんですか。

伊藤 北京五輪には出場できたんですが、本番の少し前から中用量ピルを飲んでいました。それで体重が増えてしまったんです。1キロ増えただけでもコンディションに影響するんですが、その時は4〜5キロ増えていました。3カ月くらい前から「太っている」と言われ続けていて、自分なりに1度もいい練習ができた記憶がありません。メダルを狙っていたのに気持ちも乗らなくて、結局、決勝で8位。ただ、そこでも生理については真剣に考えていなくて、引退してから初めて、生理はアスリートにとって大きな課題だなと認識しました。

――柳原選手は、自分に合った対処法で生理に対して悩みがなくなったということですが、ガールズグランプリを獲れたのも、賞金ランキングで常に上位争いができているのも、生理への対処ができていたからでしょうか。

柳原 自分のなかでは"絶対"というくらい言いきれますね。生理に結構、振り回されていましたから。

伊藤 自分の目標をしっかりと持たれていたことが、具体的なアクションにつながって、今の成績があると思います。柳原選手の存在がほかの選手にいい影響を与えられると思いますね。

【それぞれの対処法がある】

――伊藤さんは生理の課題について、ガールズケイリンの選手にレクチャーされていますが、このような指導を受けることによって、柳原選手の周りでも意識が変わってきているなと感じることはありますか。

柳原 生理について会話するようになりました。自分は専門の先生から処方された薬を毎日飲んでいるんですが、その姿を見て「何を飲んでいるの?」と聞かれますね。でも処方されないといけない薬なので、普通の婦人科に行ってももらえなかったという人もいました。専門の先生に行かないといけないんですよね。

伊藤 そうですね。運動を休めば対処できることはたくさんありますが、先生にも競技の特性を理解してもらったうえで、競技を続けていくためにはどうすべきか、そこまでしっかりと話のできる先生のところに行けるといいです。アスリート外来など、知見や事例が多いところであれば、そのアスリートにあったベストの対処法を教えてもらえると思います。――まだ適した対処法ができている選手が少ないガールズケイリンの状況について、伊藤さんから見て、改善点などがあれば、教えてください。

伊藤 柳原選手のような対処事例や、競輪選手ならではの悩みに寄り添った対処法を提示できるといいですね。気をつけてほしいのは、柳原選手がよかった薬がほかの選手にも合うとは限らないということです。だから競輪の特性をよく知ったうえで、自分に合ったものは何かを提示してくれる、相談できる方がいるといいと思います。柳原選手のような実績のある選手がこうして発信していくことで、これから変わっていくと思いますね。

――これからガールズケイリンを目指す選手、それからアスリートとして競技に励んでいる選手に向けてメッセージをお願いします。

柳原 自分は生理の課題に向き合ったことによって、その部分ではノーストレスで臨めていますので、本当によかったと思っています。

 ガールズケイリンはプロの世界ですので、もちろん大変な部分はあります。そのほかの競技でもそうだと思いますが、苦しい練習を積み重ねれば、その先には絶対に喜びがあると思っています。その喜びの景色は今でも記憶に鮮明に残っています。みなさんも生理の課題にしっかりと向き合って、ぜひそれぞれの競技に励んでほしいなと思います。

伊藤 生理は煩わしいもの、我慢するもの、きついものではなく、一人ひとりに合った対処法がありますので、悩まずに、先輩や周りの選手に聞いてほしいですし、そんな関係を築いてほしいです。柳原選手にはぜひそのロールモデルになっていただけたらうれしいですね。そしてガールズケイリンを引っ張っていってもらいたいと思っています。

インタビュー後編「柳原真緒が『めちゃくちゃ迷惑』と爆笑した伊藤華英の駆け引きとは」>>

【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。

柳原真緒(やなぎはら・まお)
1997年5月18日生まれ、福井県出身。身長164cm、体重68kg。中学・高校と陸上競技の投てきに励み、高2で日本ユース陸上競技選手権大会JOCカップ砲丸投げ5位、高3で国民体育大会やり投げ4位と好成績を残した。ケガの影響もあって自転車競技に転向して実績を積み、日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学。2018年、21歳の時にデビューし、翌年からガールズケイリン特別レースに出走。2022年にガールズケイリンコレクションいわき平ステージで優勝すると、その年末のガールズグランプリ2022で初出場・初優勝の快挙を成し遂げる。

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