巨人・坂本勇人の不振の原因はどこにあるのか? 名コーチ・伊勢孝夫「年齢からくる衰えではない」

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2024年07月04日 10:20  webスポルティーバ

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 現役最多の2375安打を放ち、巨人の絶対的存在だった坂本勇人が不振により二軍調整となった。阿部慎之助監督は「リフレッシュ」を強調したが、坂本自身が「正解がわからない」というほど打撃不振は深刻である。今回のスランプは35歳という年齢から来るものなのだろうか。巨人の打撃コーチ時代、まだ新人だった坂本を指導したこともある伊勢孝夫氏にスランプの原因、解決法を聞いた。

【らしくないスイングの原因は?】

 今季の坂本を見て、「あれ、おかしいな」と感じることがよくあった。それはこれまでのスイングと明らかな違いがあったからだ。本来、坂本のスイングというのはテイクバックをゆったり取って、パッと一瞬でボールをとらえにいくのだが、今季はこれができていない。わかりやすく言えば、テイクバックがコンパクトになっているのだ。

 テイクバックというのは、よく弓を引く動作に例えられることが多い。弓は、引いた腕が最大限に達したところで、ポンと離すのが基本である。バッティングも同じで、たとえば右打者の場合、右腕をゆったり深く引いていくわけだが、最大限に達する前にボールをとらえにいこうとすると、それだけで強いスイングはできない。

 坂本が巨人に入った頃、私は一軍の打撃コーチをしていたのだが、彼のバッティングを見て驚いた。下半身を粘り強く使い、テイクバックをゆったり大きく取って、手元にきたボールを叩く。タイミングの取り方が絶妙で、これは誰にでもできるスイングではない。プロで10年メシを食っている者でも、なかなか身につけられるものではない。それほど坂本のスイングはハイレベルなのだ。

 坂本に「おい、ハヤト、そのスイングは誰に教わったんだ?」と聞いたことがある。すると、「誰にも教わっていません」という答えが返ってきてびっくりしたものだ。なんでも3、4歳のプラスティックバットで遊んでいた頃から、そのスイングだったという。その話を聞いて、坂本のバッティングセンスは、持って生まれたものなんだと確信した。だから、右打者として最速で通算2000安打達成も十分に納得できる。

 ではなぜ、それほどの打者が今季不振に陥っているのか。

 ひとつ考えられるのは、サードにコンバートされたことだ。昨シーズン途中にショートからコンバートされたが、今季は開幕からサードを守っている。コンバートの理由については、年齢からくる体力的な衰えを考慮し負担を減らすためだ。ヤクルトでプレーした宮本慎也も晩年はショートからサードにコンバートされたように、それ自体は珍しいことではない。だが結果的に、このコンバートによってバッティングの調子を狂わしたのではないか......私はそう感じている。

 当然のことながら、ショートよりサードのほうが守備範囲は狭い。とくに両サイド、横の動きなどは比べものにならない。おかげで疲労は減るかもしれないが、その分、運動量も減るわけだ。半分、いや3分の1くらいは減っただろうか。坂本の場合、そうした運動量の減少が下半身の粘りを奪い、バッティングに影響したように思えてならない。

 これはあくまで私の想像の範囲だが、前述したテイクバックが深くとれないスイングは、坂本が自身のコンディションに合わせて変えたのではなく、無意識にそうなったのではないか。

【年齢からくる衰えではない】

 二軍調整を命じられた際、坂本はこんなコメントを残している。

「バットのキレ、体のキレがないのは感じていますけれど、じゃあ何をしたらよくなるのか、正解が見つかっていない」

 もし私がコーチだったとして、アドバイスできることがあるとしたら......まず、体のキレを取り戻すために下半身を強化することはいいが、ただやみくもに走ったり、打ち込んだりしても、坂本の大きくゆったりとしたテイクバックに戻すことは難しいだろう。下半身強化は絶対条件だが、スイングは自分で意識しないと直らないものなのだ。

 修正のための一例を挙げるとしたら、歩きながらのロングティーを勧める。歩く動作を加えることで、通常のロングティーでは養えないテイクバックを取るまでの「イチ、ニ〜の、サン」と間(ま)を実感できるはずである。

 生身の人間である限り、歳とともに衰えはくる。35歳ともなれば、体だけでなく動体視力も低下してくる頃だろう。スイングも例外ではない。ただ力説したいのは、このゆったりとしたテイクバックからのスイングは、体の衰えとは関係ないということだ。下半身の粘りさえ戻れば、35歳でも続けていける。

 問題は、そのことに本人が気づくかどうかだ。二軍でも打撃コーチはいる。しかし坂本は通算2000安打を達成するなど、実績のある打者だ。よほどの関係でない限り、コーチは気安く助言などできない。これはプロ野球という世界の慣習というか、難しいところだ。

 はっきり言えることは、今の坂本は不振であり、衰えではない。不振は元に戻せる。今の巨人は、まだ坂本なくして戦えない。

 坂本自身もこの壁を乗り越えることができれば、あと数年は十分にプレーできるはずだ。まだまだ勝負はこれから。コーチと選手として、かつて一緒に汗を流して練習した者として、坂本勇人の復活を願う。


伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。62年に近鉄に入団し、77年にヤクルトに移籍。現役時代は勝負強い打者として活躍。80年に現役を引退し、その後はおもに打撃コーチとしてヤクルト、広島、巨人、近鉄などで活躍。ヤクルトコーチ時代は、野村克也監督のもと3度のリーグ優勝、2度の日本一を経験した。16年からは野球評論家、大阪観光大野球部のアドバイザーとして活躍している

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