【対談連載】ディスカヴァー・トゥエンティワン 代表取締役 兼 社長執行役員 谷口奈緒美(上)

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2024年07月05日 08:01  BCN+R

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2024. 5.17/東京都千代田区のディスカヴァー・トゥエンティワンにて
【平河町発】谷口さんが社長を務めるディスカヴァー・トゥエンティワン(以下、ディスカヴァー)は、ちょっと毛色の変わった出版社だ。日本の出版社の多くは、取次会社を通じて全国の書店に配本しているが、こちらの出版社では全国にある直取引店に営業に出向き、きめ細かなコミュニケーションを図っている。もちろん、同社はネット書店や電子書籍といったデジタル分野への目配りを怠ることはないが、谷口さんの話を聞いていると、相手のことを尊重する生身のコミュニケーションがとても大切であることを実感した。
(本紙主幹・奥田芳恵)

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●「なんでもやれる人募集」に惹かれ入社を決意する

 現在、ビジネス書や自己啓発書を主力とする出版社、ディスカヴァーの社長として活躍されていますがどのようなきっかけで入社されたのでしょうか。

 もともと本が好きだったのですが、新聞に掲載されていた求人広告に「なんでもやれる人募集」とあったことに興味を惹かれて応募し、新卒で入社しました。

 「なんでもやれる人」ですか。

 はい。このコピーを見て、面白い会社だなと思いました。自分自身、何かをクリエイトするというよりは、ビジネスを構築することのほうに興味があり、営業力を高めたいと考えていました。この会社でそうしたスキルを蓄積することができれば、自分一人でも事業を起こせるのではと考えたのです。

 新卒で出版社志望というと、編集などのクリエイティブ部門を希望する人が多いように思いますが、谷口さんは別のアプローチを取られたのですね。

 学生時代は映画館でアルバイトを経験し、エンターテインメントの世界にも興味はあったのですが、折からの就職氷河期で、新卒の採用はほとんどありませんでした。また、他の出版社の多くはクリエイティブ重視の採用だったため、出版社という器でビジネスの幅を広げられそうなディスカヴァーが、かえって新鮮に映ったのです。

 就職氷河期ですか。実は、私も谷口さんと同世代なので、その状況はよくわかります。

 そうですか! お互い「松坂世代」「広末世代」なのですね。

 そうなんです(笑)。ところで、一人で事業を起こせるようになりたいと思う、その向上心はどこから湧いてくるのですか。

 私は九州の宮崎出身ですが、宮崎は温暖で豊かな土地ではあるものの都会に比べて情報量が少なく、当時はネットもありませんでしたから、東京に出ていろいろなものを吸収したいと考えていたのです。でも、自分はまだ何者でもないという思いがあり、何かを身につけなければ都会で生き残れないという気持ちが強かったんですね。

 もしかしたら、地元には帰りたくないという気持ちもあったのでしょうか。

 そうですね。当時はありました。むしろ、いまは帰りたいと思いますね(笑)。その頃は情報が少なかったこともあり、ことに女性は地元からなかなか出られないという呪縛のような空気もありました。それだけに私たちの世代は、将来、女性としてどう生きるかということを真剣に考え、思い悩んでいたのです。

 それが、何かを身につけなければという思いにつながるわけですね。

●全国の書店回りがキャリアのスタート

 入社されてから現在に至るまで、どんなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

 2004年に入社し、最初の3年間は全国の書店を回って歩きました。

 まさに営業の最前線。書店と直取引されている出版社にとって、とても重要な仕事ですね。

 そうですね。そしてその後は、社長直轄の部署で書店を支援する施策、たとえばPOPやパネルづくりなどの仕事に携わりました。同時に、当時はネット書店の黎明期で、また電子書籍も普及し始めた頃だったため、そうしたデジタル関連の仕事にも取り組みました。

 出版業界にそうした新しい流れが起こった時期に、いわば未知のものへの挑戦もされたと。

 その後は書店営業に戻るのですが、今度はいわゆる法人営業で、大手書店チェーンの本部での商談が中心となりました。個々のお店での営業とは異なる視点が養われたと思います。そして、デジタル関連部署の責任者を務めた後、現職に至りました。

 こうして振り返っていただくと、経営に必要ないろいろな経験をされ、キャリアを積んでこられたことがわかりますが、途中で気持ちがくじけたり、辞めたいと思ったことはありますか。

 辞めようと思ったことは、若い頃に一度ありますね。

 その理由は?

 自分に仕事の実力がつかないことに悩み、転職すればそこで心機一転、うまくいくかもしれないと思ったのですね。でも、それまで何もやってこなかった自分は、このまま外に出ても結果は変わらないと気づき、辞めることをやめました。

 目の前の環境で、まずは頑張ろうと。

 いまはスキルアップ転職といった考え方もありますが、私にとってはこの会社で成長するチャンスをたくさんもらいましたし、続けることの価値や逃げない覚悟を身につけられたと考えているのです。

 ところで、谷口さんは社長を目指してキャリアを重ねてこられたのですか。

 会社を大きくしたい、会社に寄与したいという気持ちは持っていましたが、社長になるなどと考えたことはありませんでした。当時は役員でもありませんでしたし。

 それで急に社長に?

 はい、まさに青天の霹靂の人事です。11月に当時の副会長で現代表取締役の清水より「春から社長だから」といきなり告げられ、「えっ?」みたいな感じでした。

 そんなにライトな感じで? ご自身としては、なぜ自分が社長に指名されたかおわかりになりましたか。

 自分ではわかりませんでしたが、後日「変化を恐れず、躊躇せずに行動するから」と聞かされました。

 出版業界の現状は必ずしも明るくなく、書店数の減少に歯止めがかからず、大きな変革期に差しかかっていることは確かです。そのため、これまでのやり方だけでは通用せず、新しいことに着手する必要があります。それが「変化を恐れず……」につながっているのかもしれません。

 いきなり社長に指名されて、どうされましたか。

 何も言わずに引き受けました。

 本当に躊躇しないのですね。

 でも就任までの期間に、経営者として必要な会社法や財務・会計などのベーシックな知識を急いで身につけたり、マネジャーや部長と異なる視点に立った会社全体の戦略策定などについて可能な限り学んだりしました。(つづく)

●ディスカヴァー・トゥエンティワンファウンダー伊藤守会長の

著書とトンボのブローチ

 ディスカヴァー・トゥエンティワン発行の書籍。谷口さんが入社前に読んで感銘を受けた本も含まれている。伊藤氏の著作は、優しそうな雰囲気なのにピリッとした内容とのこと。そして、社長就任時に伊藤氏からプレゼントされたブローチは、前にしか飛ばないトンボをかたどったものだ。経営者としてのあるべき姿勢を示唆されたのかもしれない。

心にく人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

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