なぜ大人に大人気? 台湾発の絵本『ママはおそらのくもみたい』作者に聞く、悲しみを乗り越えるために必要なこと

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2024年07月05日 13:00  リアルサウンド

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(左から)リン・シャオペイ氏、ハイゴー・ファントン氏
■『ママはおそらのくもみたい』はなぜ人気?

 台湾で生まれた感動絵本『ママはおそらのくもみたい』(ポプラ社)の作者、ハイゴー・ファントン氏とリン・シャオペイ氏が来日し、東京・神保町のブックハウスカフェでトークショーを開催した。前編ではその採録記事を掲載したが、後編では二人にインタビューを実施した模様をお届けする。カエルくんが亡きママのことを思う同作が生まれた背景にさらに深く迫りながら、大人にとっての絵本の魅力、そして日本の読者へのメッセージについて話をしてもらった。(篠原諄也)


■絵を描く段階でようやく理解できたこと

――絵を担当したリン・シャオペイさんは、物語を初めて読んだ時にどのような感想を持ちましたか。


リン・シャオペイ:ママの「カエルはね、はだがしめってひんやりしているほうがけんこうなのよ!」というセリフが何度も出てくるのが印象的でした。確かにお母さんというのは、子どもに同じことを何度も繰り返し言いますよね。子どものほうでは「もうわかったよ」と思っているかもしれない。とはいえ、なぜそんなにまで繰り返すんだろうと思ったんです。でもそれは絵を描く段階になって、やっと理解することができました。


ハイゴー・ファントン:この言葉は、私が曇りの日に雨が降りそうな空を見た時に思いついた言葉でした。では、なぜ繰り返したのか。大切な人を想う時、私はその人の口ぐせを思い出すからです。例えば、祖母なら、いつも「またうちにおいでね」と言われたことを思い出します。だからカエルくんも、ママの印象的な言葉を何度も繰り返し思い出すんですね。


――ハイゴーさんはリンさんの絵を見た時にどのように思いましたか。


ハイゴー・ファントン:シャオペイさんの絵を見た時に、涙がこぼれました。自分が物語を執筆した段階では、大切な人を喪失したという内面を言葉にして書いていたわけではありませんでした。でもシャオペイさんの絵を見たら、自分が言葉にしなかったものが、全部絵に表れているようで感動しました。


 特に一番最後に見たカエルくんのパパの絵で、涙がとまらなくなりました。これは絵本では最初のページに来る絵なんです。最初のページは読み飛ばしてしまうかもしれませんが、絵本をラストまで読んだ後に改めてこのページに戻ってきてじっくり見てみてください。


■「いつも雲は一緒だよ」とサインをする理由

 この絵は、よく見るとカエルくんのパパのそばに、雲の形のママがいるんです。失った人は遠く離れてしまっていると思うかもしれないけれど、実はこの絵のようにいつもすぐそばにいてくれる。そんなメッセージを伝えたくて、私がこの本にサインするときには「いつも雲は一緒だよ」という一言を添えています。


――リンさんはどのような思いを込めたのでしょうか。


リン・シャオペイ:ママはかけっこをしても、カエルくんやパパを置いたままにして、一番になってしまうような性格です。でも実際はこの絵の通りに、いつもみんなのそばにいて、気にかけてくれているんです。


――カエルくん一家はどういう家族だと思いますか。


ハイゴー・ファントン:何か特別なところがあるわけではない、普通の家庭だと思います。シャオペイさんと一緒にカエルくんの造形を考えた時にも、特殊な家庭になってしまうと、読者が自分とは関係ない物語と捉えてしまうと話し合いました。どんな家庭であっても、死は同じようにやってきます。だから、特別な家族にはしませんでした。


リン・シャオペイ:やっぱり普通の家庭だと思いますが、パパとママはすごく仲が良くて、お互いをよく理解しあっていたんじゃないかな。パパの悲しみのほうが、カエルくんよりももっと深いようにも感じられます。


 学校の宿題で「あなたのママはどんなものににていますか?」と問われたカエルくんは「ママはおそらのくもみたい」だという答えにたどりつきます。空を見上げればいつでも会えていろんな形になって、時にはカエルの好きな雨まで降らしてくれる雲という存在。パパはそれを聞いてやっと前を向けるようになった。そこが素晴らしいところだと思います。


■人が悲しみを「ともに歩んでいくため」に必要なこと

――人が悲しみを乗り越えるときには、どのようなことが必要でしょうか。


ハイゴー・ファントン:悲しみは克服しなくてもいいんじゃないかな。悲しみと一緒に長い時間を過ごしていく。その過程で少しずつ慣れていくのかもしれません。


 自分も何か悲しい出来事があったときには、頑張って早く乗り越えなきゃと思っていました。でも、時間が経ち後から考えてみると、悲しみを乗り越える必要があるのだろうかと感じるんです。悲しみとともに長い時間を歩んでいくこともできると今は思っています。


――本作はぜひ大人にも読んでほしい素敵な絵本でした。お二人は大人にとっての絵本についてどのように考えていますか。


ハイゴー・ファントン:台湾では1990年代頃までは絵本があまり流通しておらず、私は20歳を過ぎてからやっとこの世界に絵本があるということを知りました。


 大人にも絵本を楽しむことができると思います。「絵本なんて簡単なことが書いてあるだけでしょう」と思う人もいるかもしれません。でも、この絵本のように、大人でも理解できないことがたくさん書いてあります。


リン・シャオペイ:まずはもちろん、この絵本の物語を楽しんでほしいという気持ちがありますが、同時に親になった大人たちもちゃんと自分らしくあってほしいなと思うんです。ママはかけっこではいつもカエルくんを追い抜いて一番になります。そこが私たち二人が気に入っているところで、人は親になったとしても、自分らしくいていいんだと思います。


――大人も読者として想定しながら制作していますか。


ハイゴー・ファントン:特に小さい幼児向けの絵本は、その対象向けに作りますが、それ以外の絵本であれば、対象は限定せずに、大人か子どもかは関係なくみんなに向けて作っています。


 もちろん、子どもは大人と比べると知識は少ないし、難しいことは理解できないかもしれません。でも、この物語の中では、パパよりも先にカエルくんが「ママはおそらのくもみたい」だと気づくんですね。パパはそれを教えられて前を向くことができた。だから、大人のほうが子どもよりも何もかもわかっているということはないんです。


リン・シャオペイ:子どもも大人も、それぞれ感じるものがあるはず、と思って描いています。カエルくんを描くにあたっては、子どもは何を考えているのかなと考えました。でもパパを描く時には、大人はこういう時に何を考えるかなと想像しました。


 カエルくんについては、子どもがお母さんを思う気持ちはどんなものだろうと考えながら描いていました。今の時代はスマートフォンなどで身近な人の写真や動画を記録することができるかもしれません。そういうものを見ながら、この料理はお母さんが好きだったな、などと振り返ることもできます。


 でも、お母さんに抱きしめられる感覚は再現することができません。表紙の絵はカエルくんが雲に包まれています。まるで大好きな毛布に包まれているかのように、お母さんに抱きしめられているようなイメージにしています。子どもはこういう風に感じるんじゃないかと思って、こういう表紙にしました。


 一方、カエルくんのパパのことを考えるときには、悲しみに沈んで深く落ち込んでいる大人のことを考えました。グダッと無気力になってしまって、何もしたくないというイメージで描きました。


■大切な人との思い出は、将来、必ずあなたの助けになる

――最後に日本の読者に向けてメッセージをもらえませんか。


ハイゴー・ファントン:皆さんにも、カエルくんにとってのママのように、大切な存在がいるはずです。そんな家族、友達、一緒に暮らす動物などとの思い出をたくさん積み重ねてほしいです。もちろんすべてが楽しい思い出ではないかもしれませんが、それが将来、必ずあなたの助けになると思います。


リン・シャオペイ:まずは私たちの作った絵本が雲のように、台湾から日本まで流れてきたことを光栄に思います。この物語が日本の皆さんに伝わって、何かを感じ取ってもらえたならば、それだけで嬉しいですね。



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