「ラミちゃん」が野球監督に復帰 6億人市場・中南米で「新たな挑戦」のワケ

1

2024年09月23日 10:21  ITmedia ビジネスオンライン

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

アイティメディアの取材に応じたアレックス・ラミレス氏

 外国人野球選手として初の2000本安打を記録し、横浜DeNAベイスターズの監督を務めたアレックス・ラミレス氏。2019年に日本国籍を取得し、2023年に野球殿堂入りを果たした。同氏はこの5月、中南米の国際大会「カリビアンシリーズ」に参戦するためにJAPAN BREEZE社を設立。「日本の野球をカリブ海へ」をテーマにする同社の代表と、2025年2月にメキシコで開催される同大会に出場する日本チーム「ジャパンブリーズ」の監督を兼任する。


【その他の画像】


 同大会は日本ではあまり知られていないものの、創立が1949年と75年の歴史を誇るラテンアメリカで最も権威ある国際野球大会だ。世界で最もレベルの高いサッカー大会「UEFAチャンピオンズリーグ」に相当する人気と権威が、現地ではある。招待国としてコロンビア、パナマ、キュラソー、ニカラグア、キューバ(キューバ革命以前はカリビアンシリーズの正式メンバー)などが参加。そして今大会は、同大会の歴史上初めて日本が招へいされた。


 「ジャパンブリーズの選手やコーチ陣が国際舞台での経験を積むことによって、彼らの将来的なスカウトの可能性、成長のきっかけにしたい」と語る「ラミちゃん」ことラミレス氏に、チームの展望と戦略を聞いた。


●ラミレス「中南米市場は日系企業にとって魅力的」


 経済産業省が2023年6月に発表した「通商白書」によると、中南米の人口は6億人を超える。これはEU加盟国の総人口である4億5000万人より多い。  


 同白書によれば「巨大な消費市場や中間所得層も多く、日本の高付加価値製品の輸出先として魅力的であるとともに、労働生産人口も比較的若く、また安価な労働力を活用した生産拠点としての役割も担う」という。その他「世界情勢が厳しい中で、中南米諸国は、民主主義、法の支配、基本的人権の尊重など基本的価値を共有できるパートナーの役割を担える国も多く、価値観外交として日本と中南米における経済関係をさらに強化していく必要がある」と指摘している。


 つまり、巨大市場として潜在能力の高い中南米市場でビジネスをしたい日本企業にとって、同大会は、現地での知名度向上に寄与する舞台なのだ。実際、同シリーズにジャパンブリーズが参加することによって、ラミレス氏は相応の経済効果や人的な交流が生まれると考えている。


 「まずは球団としての基礎を作って成功を収めることが第一です。そこから新しいビジョンがいろいろと見えてくると思います。カリビアンシリーズは中南米で非常に人気があるので、広告媒体としても大きな価値があります。中南米でビジネスを考えている日系企業にとっては、非常に魅力的だと思います。ユニフォームにロゴを入れる企業が出てくるとうれしいですね。すでに中南米に進出している日系企業は、このシリーズが魅力的であることを理解していて、興味を持ってくれています」


 在メキシコ日本国大使館の大使も興味を持っているそうで「現地法人といろいろなプロジェクト、現地の子ども向けの野球教室などを企画して日本の野球の素晴らしさを広めたいようですし、かつジャパンブリーズの存在価値も高められたら最高です」と話す。


●中南米ではWBCに匹敵する注目度 選手の大半はメジャーリーガー


 日本のプロ野球(NPB)、メジャーリーグ(MLB)などは春から秋がレギュラーシーズンだ。一方、ラミレス監督の出身地であるベネズエラ、メキシコなど野球が盛んな中南米諸国では冬場にレギュラーシーズンを開催することから「ウインターリーグ」と称される。 カリビアンシリーズは、ウインターリーグが開催されているベネズエラ、メキシコ、プエルトリコ、ドミニカ共和国によって組織運営されているリーグで、4カ国のリーグチャンピオンが一堂に介して中南米のプロ野球チームのトップを決める大会だ。


 「中南米、とくにカリブ諸国でとても有名な大会です。歴史もありレベルや注目度はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に近いと思っています。事実、出場する各国のチームメンバーの大半がメジャーリーガーです」


 中南米の大会に、なぜ日本のチームが招待されたのか。JAPAN BREEZEの広報担当者によると、カリビアンシリーズ側からラミレス氏に「日本チームとして参加しないか」と提案があり、マイアミで開催された2024年大会に視察をして参加するに至ったという。ラミレス氏は5月にJAPAN BREEZEを設立。代表と監督を兼任することになった。


 「マイアミ以外にもカリフォルニアで開催する計画もあります。もともと1990年代から日本を招待しようとしていたとのことですが、2025年の大会で、ようやく日本を呼ぶことに成功したそうです」


 ベネズエラ出身のラミレス監督にとって、同大会に参加できることは「光栄なこと」だという。


 「2000年のことですが、私がベネズエラで所属していたチームがカリビアンシリーズに出場する権利を得ました。ただその頃、私はMLBとマイナーリーグを行ったり来たりしていて、メジャーでの出場枠を争う立場でした。MLBを優先したのでカリビアンシリーズには参加できませんでした。その時の悔しい気持ちがあるので、今こうして日本の監督として参戦できるのは、本当に光栄なことなのです」


●放映権を取得 各メディアと交渉中


 カリビアンシリーズの認知度を上げるためには、テレビや動画配信という手段が考えられる。


 「カリビアンシリーズの連盟側から、当社が日本での放映権を与えられました。日本で放映してもらえるように、テレビ局やインターネットメディアと交渉していきたいと思っています。加えて私自身もYouTubeチャンネルを持っていますし、コーチとして招へいしたいと考えている人もYouTubeチャンネルを持っています。そういった方々と告知活動をし、2月開幕までに認知度を上げていきたいです」


●戦力外通告の受け皿に データを駆使したチーム作り


 当然DeNAの監督時代とは、チーム編成は異なる。どんなチーム作りをしたいかと聞くと「独立リーグ、元NPBに所属する選手を中心に組み立てる」と話す。


 「選手のみなさんは、野球に対しては今でも非常に高いモチベーションを保っています。カリビアンシリーズにはMLBのスカウトも来ますから、出場すればMLBに行けるチャンスもあるかもしれません。素晴らしいセカンドチャンスを得る機会になると感じています」 ラミレス氏は、現状の日本の野球ビジネスに強い問題意識を持っていて「NPBが全12チームというのは少ないと思います」と話す。現在1チームあたりの支配下登録は70人が上限だ。毎年、ドラフトなどで7〜10人ぐらい新しい選手を獲得すると、その分の選手を放出することになる。


 「戦力外を通告された選手たちは独立リーグに行ったりするわけですが、それは『野球選手としてダメだから』かというと、必ずしもそうではありません。NPBのシステム上、こういう状況になってしまった人も少なくないのです。決して悪い選手たちばかりではないので、キャリアを考えた場合、日本以外で活躍の機会を得られれば、またチームに貢献できるのです。当社のカリビアンシリーズ参加を通して、こうした選手たちの受け皿を作り、日本野球の発展に貢献したいと考えています」


 とはいえ大会は日本のシーズンオフ中に開催される。その中で選手のモチベーションやコンディションを上げるのは、監督としてかなりハードルの高いミッションだ。DeNAの監督時代、選手のパフォーマンスを引き出す上で重要視していたのは、選手のデータ分析だったと話す。「プロ野球チームだったので、膨大なデータをよく見て、統計学的な見地から選手を客観的に分析していました。いろいろな戦略を立てて、打線のラインアップを組んでいました」と語る。


 だが今回は選手が独立リーグや元NPBの選手ということで、保持するデータは多くなく、しかも短期決戦となってしまう。監督として、どのようにチームを作っていくかが重要だ。


●クラファンも活用


 チーム作りのもう1つの課題は資金面だ。WBCの日本代表のようなスポンサーが集まることは現実的に難しい。そこでJAPAN BREEZEは10月11日まで、スポーツ専門クラウドファンディング「スポチュニティ」で資金を集めている。目標金額は300万円から3段階に設定し、最終目標を1000万円にした。リターンは、ラミレス監督の殿堂入り記念特製バット(サイン入り)50万円、スポンサー企業用の公式サイトへのロゴ掲出(上段)20万円などだ。集めた資金は野球用具、合宿費用、遠征費などに活用する。


●外国で成功する条件 「相手の文化をリスペクト」


 ラミレス氏は、日本の野球や文化に適応したことで成功してきた。野球や文化の違いなど、いろいろな「違い」を尊重してきたのだ。現役のときの「アイーン」や「ゲッツ」といったお笑いネタを、柔軟にパフォーマンスに取り入れることによって、ファンの人気を得てきたのは、その表れだろう。今回は日本人監督としてカリビアンシリーズに挑む。


 「大切なのは、相手の文化に対するリスペクトだと考えています。それがなければ、外国人は日本で成功できないでしょう。カリビアンシリーズでは、何が起こるかは分かりません。できる限りベストな選手を選び、その中で最大限に調整することによってベストなチームを作って、しっかり勝ちにいきたいと思います」


 対戦相手がMLB選手中心でも、あくまで勝利を狙う。その姿勢はもはや侍だ。そして、結果を残せば、同シリーズに注目が集まり、日本企業の中南米でのビジネスにつながっていく。


 カリビアンシリーズを含め中南米は現状、日本人にとって少し遠い世界で、なじみが少ない。6億人の人口を抱え、民主主義など価値観を共有できる土壌を考えると、ビジネスを展開するリスクも少なく、魅力的なブルーオーシャンといえる市場だ。経済の回復がいまだに見通せない中国市場の一部をカバーする代替先にもなり得る。ジャパンブリーズの活躍と中南米への投資がリンクするのか注目だ。


(武田信晃、アイティメディア今野大一)



    ニュース設定