経団連副会長に聞く日本企業の人材育成の課題 社員のリスキリングが伸び悩む背景は?

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2024年09月23日 19:01  ITmedia ビジネスオンライン

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国際戦略経営研究学会と早稲田大学イノベーション戦略研究部会が開催した「産学官に求められるリスキリング・人材育成のあり方」で登壇した小路氏

 持続的な賃上げや労働移動の円滑化を実現するべく、政府が重要な施策の一つに位置付けているリスキリング。特に海外では人材教育の一環として、企業が社員を大学院などに送り込み、新たな専門知を修得させるといった施策も実施している。高度専門職人材が求められる現代の企業社会では特に必要な施策だ。


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 だが日本企業では、こうした動きはあまり進んでいない。新卒で入社した社員を社内で育成する考え方が根強く残っているためだ。一度社会に出た人材の大学院進学も肯定的に見る動きは限定的といえる。文部科学省のデータでも、大学院の社会人入学者数はここ20年ほど伸び悩み、その年間入学者数は1.7万人前後と横ばいだ。


 この傾向は大学院進学が肯定的に評価されにくい文系だけで起こっているわけではない。分野によっては院への進学が当たり前である理系でも同様だ。一度社会に出てしまうと、学部卒の社員が、その企業で働きながら修士号を取得することは難しい。これは当人のキャリア選択の柔軟性を損ねていて、日本社会が抱える課題だといえる。


 この問題について、国際戦略経営研究学会と早稲田大学イノベーション戦略研究部会は8月21日、シンポジウム「産学官に求められるリスキリング・人材育成のあり方」を早稲田大学国際会議場(井深大記念ホール)で開催した。基調講演では、経団連副会長で教育・大学改革推進委員会委員長を務める小路明善・アサヒグループホールディングス会長が講演した。


 日本企業が抱える課題は何か。日本社会はどうなっていくべきなのか。小路氏がITmedia ビジネスオンラインの単独インタビューに応じた。


●日本企業の人材教育の課題は?


――日本企業の人材教育、特にリスキリングの課題について、小路会長はどうお考えですか。


 リカレント・リスキリング教育は、企業の発展のためだけを目的にして考えてはいけないと思います。これからは個人が生涯学習をし、労働移動をして、自ら生涯プランを考えなければならない。そういう時代に入ってきたと思います。


 そうすると、個人が自分の能力を磨き上げて、それを生かして仕事をしていく。個人が成長させた能力を、その会社だけでなく、転職先の企業でも生かせるようになることによって、社会全体への貢献にもつながります。企業はこうしたことまで視野に入れて、会社と個人それぞれの成長に向けたリスキリング、リカレント教育を考えるべきだと思います。


 日本企業はこれまでOJTなどの、会社にとって必要な研修やそれに向けた支援を実施してきました。今後は会社にとってだけではなく、個人のライフプランにおいてもプラスになる二面性を考え、実践する必要があると思います。


――とは言っても、企業は自社の利益を追求する存在です。企業が社会全体を考える必要が本当にあるのでしょうか。


 企業が利益を追求して、その業界のナンバーワンを目指す。これは大事なことだと思います。しかしこれからの経営者に求められることは、業界のナンバーワンを目指すことに加え、世界のオンリーワンを目指すことだと思います。


 オンリーワン企業というのは、世界でもその企業にしかない技術や資産、人材を持った企業のことを言います。オンリーワン企業はさまざまなイノベーションを起こし、またインベンション(発明)を作り上げていかなければいけません。


 企業がイノベーションやインベンションを起こす人材を常に擁するためには、既存の事業ポートフォリオをただ10年20年続けていくだけでは不可能です。社会全体を考えて、新たな事業ポートフォリオ、新しい産業や市場、商品を作っていかなければなりません。企業が、いろんな能力や経験、発想を持った人材を抱えていくことが、オンリーワン企業になるための要素だと思います。


――早稲田大学での講演で小路会長は「日本企業は同質性や多様性に課題があり、これがリスキリングにも悪影響を与えている」と話しました。ただ日本企業も多様性を年々意識し始め、少しずつ改善されつつあるように思います。近年の動きを、どう評価していますか。


 昨日と今日を比べて、今日のほうが良くなっているから良いという問題ではありません。よく「2040年問題」という言葉を、いろいろなメディアでも耳にします。政府も「2040年に向けて」という話で、15〜16年後の日本社会の経済や、人々の生活がどうあるべきかを試算し、国家戦略を練っています。これによると、2040年の日本というのは、今とは比べものにならないグローバル社会になっています。


 人口減社会の中、移民政策がどうなるかは分かりません。しかし、留学生の数は年々増え続けていて、政府は2033年には、留学生の受け入れを40万人、日本人の留学生を海外に50万人送り出すという目標を打ち出しています。日本人として留学する人も、受け入れる海外からの留学生も増えていきます。


 観光魅力度を見ると、日本は世界でもナンバーワンになっています。昨今は円安の動きもあり、海外から日本に訪れる人の数が今後も増えていくと思います。給料が依然として低い問題もありますが、外国人技能実習生の数も私は増えていくと思っています。10年後の日本を想像した時に、隣に外国人が住む光景はごくごく当たり前になっていきます。


 留学生が増えることで、海外の異文化がどんどん日本に入ってきます。そういう海外の異文化に対し、許容でき理解できる企業から海外の仕事がどんどん入ってくるようになります。


 外から入ってくるだけでなく、日本の企業が海外に出て行く動きも加速していくでしょう。そうすると、もう日本という枠組みでボーダーを作るのではなく、世界全体が日本企業のマーケットになってくると思いますね。日本のマーケットが基本なのではなく、世界のマーケットの一部が日本のマーケットであると。そういったグローバル化が進んでいきます。


 確かに日本企業や社会の多様化は進んでいるものの、2040年の未来から考えてバックキャストしたときに、そのスピードは明らかに遅いと私は感じています。今日のスピードのままでは、2070年ぐらいにならないと「目指すべき2040年」は作れないと私は見ています。だから「去年より少し多様化が進んでいるからいいじゃないか」と考えているようでは駄目なのです。


 2040年まであと約15年です。15年などあっという間に来てしまいます。2040年に向けたさまざまな目標の中で、例えば留学生50万人という目標は、もう来年にでも達成しなければならない数値目標だと私は思っています。繰り返しになりますが、2040年からバックキャストして考えると、現在の日本企業や社会の多様化のスピードは、私は遅いと思っています。


(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)



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