採取した橈骨動脈は解離していて3cm程しか使用できないことが判明〜『ブラックペアン』監修ドクターが解説 vol.42〜

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2024年09月24日 11:54  TBS NEWS DIG

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二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された10話の医学的解説についてお届けする。

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ダントロレンがない

第10話は前回からの公開オペの続きで、ダントロレンがないというところから始まります。天城先生は人工心肺を使用して物理的に体を冷却しようとします。これは理にかなっていて人工心肺で体の血液を抜いて、それを冷却して体に返すことで体温を下げることが出来るのです。

これは我々が良く使う技術で、大動脈の手術では体の血流を止めないといけませんので、人工心肺で身体を冷却します。身体を冷却することにより身体の代謝が落ちますので、ある意味冬眠状態を作ることが出来て血流が無くても生命維持ができ、その間に大動脈を人工血管に取り替える手術を行います(詳しくいうと頭には血液を送り保護し、心臓には心筋保護液を冠動脈から入れて保護しています)。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症

同時刻に結衣ちゃんが急変します。何回か登場している虚血性僧帽弁閉鎖不全症です。

冠動脈に瘤があると、瘤に血栓ができることがあり、それが冠動脈の血流を落とす可能性があります。冠動脈の血流が落ちると、心臓はしっかり収縮できずに心室は大きくなります。すると中の扉(僧帽弁)はしっかりと閉じず、閉鎖不全症が起きてしまうのです。

世良先生はここでも優秀さを発揮します。冠動脈に病変がある方が急変(ここでは呼吸不全)したときに真っ先に聴診しています。病室に入った瞬間に、結衣ちゃんが呼吸が苦しそうにしている様子を見て、すぐに虚血性僧帽弁閉鎖不全症を疑い聴診して雑音を確認、さらにその診断を確証するために心臓エコー検査を行い確定診断をしています。「やっぱりな、逆流している」というセリフからも予想通りだということが分かります。世良先生は結衣ちゃんの急性僧帽弁閉鎖不全症(いきなり僧帽弁が逆流してしまう)を緊急手術と判断します。

現実世界だと僧帽弁形成術+瘤切除+冠動脈バイパス術になりますが、ブラックペアンの世界ではスナイプで僧帽弁を治療してからダイレクトアナストモーシスができればダイレクトアナストモーシスを行い、できなければ冠動脈バイパス術+瘤切除となります。

世良先生はさすが優秀で高階先生のスナイプ手術を日々良く勉強していたのでしょう。スナイプなら自分にでも治療出来ると黒崎先生に進言します。黒崎先生も世良先生が今まで努力してきたことを知っていたし結衣ちゃんを助けたいという強い思いも感じて世良先生なら信頼できると考え、世良先生の執刀を許可します。

通常メインとして手術している先生が、緊急手術や学会などで手が離せないときに、若手に執刀機会が訪れるということはよくある事です。ですので、若手はいつ手術が巡ってきても良いように日々勉強して準備をしておく必要があります。

スナイプ手術-連続1000例の成績

世良先生は東城大の「僧帽弁閉鎖不全症に対するスナイプ手術-連続1000例の成績-」という題名の文献を取り出し、小児に対するスナイプ手術の項目をチェックして手術に臨みます。

一方、悪性高熱に対するダントロレンがない状況で天城先生は人工心肺を開始し、高階先生は冷却を指示、垣谷先生は患者の頭部に氷を当てて冷却します(ここで一旦垣谷先生は不潔となり、手術に戻る場合には再度手洗い消毒する必要があります)。また高熱になると酸素消費量が上がるために酸素を100%として、また二酸化炭素排出が増えるために過換気にして血中二酸化炭素濃度を下げようとします(この場合人工心肺に乗っているので、そこまでは必要ないかもしれませんが)。

天城先生は頼みの綱である右の内胸動脈が損傷していることに気が付きます。前回の司先生がオペを行った時に損傷してしまったのでしょう。

なぜグラフトがほとんど使われているのか

なぜ左内胸動脈、足の静脈(大伏在静脈)そして右の内胸動脈も損傷し、グラフトというグラフトがほとんど使われているのか…天城先生は心臓をぱっと見た瞬間に冠動脈が3箇所とも切離されていることに気づきます。癒着しているので普通はわからないのですが、ダイレクトアナストモーシスの大家である天城先生にはすぐに分かってしまったのです。

佐伯教授は言います。司先生も佐伯教授も何としてもダイレクトアナストモーシスを完成させたかったと。天城先生を治すために。そのために司先生は天城先生の右の内胸動脈は触らずに、将来のダイレクトアナストモーシスのために温存しておいたのです。そして新病院を作り有能な外科医を集め天城先生を治療しようと邁進していたと。

天城先生はやむを得ず左橈骨動脈の採取に取り掛かります。前腕(肘から手にかけての腕)の動脈は橈骨動脈と尺骨動脈という2本の動脈に分かれていて、橈骨動脈を使用しても尺骨動脈からの血流は保たれますので橈骨動脈を切除しても問題ないのです。

冠動脈の手術の前には様々な検査を行い、グラフトとして使用する可能性が高い血管の性状をチェックしておくのですが、今回は術前検査を充分に行えていない状況です。高階先生が「状態がわからないので使えるかどうか…」と言ったのはそのためです。悪い予感は当たり、採取した橈骨動脈は解離していて3cm程しか使用できないことが判明します。

天城先生は最後の頼みである腹部の血管、胃大網動脈の使用を試みます。CGでもあったように胃大網動脈は胃の下(足側)に走っていて、この血管がグラフトとして使用できると発表したのは日本人である須磨久善先生で1986年のことでした。

天城先生は創を腹部まで延長して胃大網動脈の採取に取り掛かりますが、不整脈が出てしまいます。さらに悪性高熱がぶり返し患者の体温は再度急上昇します。

下腹壁動脈が使用できる

佐伯教授は抗不整脈薬と椎野さんに依頼していたダントロレンを持ってオペ室に再登場。何とか天城先生は危機を脱します。ダントロレンを投与した患者の熱は下がり始め血圧も少しずつ回復、オペの続行が可能となります。

佐伯教授は最後の望みである胃大網動脈は切離されていると忠告しますが、天城先生は何とか5cmでも残っていれば使用できるかもしれないと開腹を続行しようとします。それならと佐伯教授自ら腹部の癒着剥離をするのですが、途中で緑内障のため目が見えなくなり断念。天城先生が癒着を剥離しますが、望みの胃大網動脈は完全に切離されていました。

両側の内胸動脈、足の大伏在静脈、両側の橈骨動脈、そして胃大網動脈のうち使用できるのは左の橈骨動脈の3cmのみで、一般的に使用できそうなグラフトはありません。垣谷先生はさすが医局長なだけあります。下腹壁動脈が使用できるという報告を知っていました。下腹壁動脈はお腹の裏側に右左あり、上は内胸動脈と繋がっているのです。

これはあくまでも私の想像なのですが、内胸動脈の血流がないと下腹壁動脈の血流もなくなり細くなってしまう可能性が高い(側副血行路は太くなる可能性があります)。そのためグラフトとして使用できそうにないと垣谷先生は発言します。

しかし、この一言で佐伯先生は思い出すのです。以前の手術で天城司先生が下腹壁動脈と胃大網動脈の末端を吻合し、下腹壁動脈の血流を保ち保護しておいたと。

天城先生オリジナル手技

遡ること2話、3話で天城雪彦先生は内胸動脈を肋間動脈と吻合する(原作では左右の内胸動脈を吻合する)ことで、内胸動脈の血流を保ち、もし再度ダイレクトアナストモーシスが必要となっても使用できるように保護していました。

これはリアルではやらない手技で天城先生オリジナルのものです。雪彦先生が次のダイレクトアナストモーシスのために行っていた手技を司先生も行っていたということになります。Xでもポストしましたが、強い思いというものは伝わるし、優秀な外科医の発想は時に全く同じ手技に行き着くものです。

司先生が雪彦先生に託し保護したグラフトにより、天城先生は悪魔的精緻を極めた手技で前人未到のダイレクトアナストモーシス3カ所を光の速さで成し遂げます。ギリギリのところで心臓は復活を遂げるのです。最後のオペはまさに執念。天城先生が人生で1番大切なものとして挙げた絶対に諦めないという執念でオペは成功するのです。

一方、世良先生はスナイプが僧帽弁に到達せずに苦戦していました。成人よりも心臓が小さいため、左心室の筋肉に引っかってしまっていたのです。黒崎先生がクロックに回してみたら、と言ったのは時計周りに回転してみたらどうだということです。それでも進まず心筋に引っかかり危険な不整脈が出てしまっています。

そこに敵役であった菅井教授がアドバイスをします。1cm程一旦引いて、方向を変えて進めたらどうだと。見事にスナイプは進み世良先生は僧帽弁置換術を成功させます。

黒崎先生が去った後、運が悪いことに心筋梗塞が起こってしまいます。以前も解説しましたが、STが上昇するとは心電図における心筋梗塞のサインです。冠動脈瘤にあった血栓が冠動脈に本格的に詰まってしまったのでしょう。緊急バイパスが必要となります。

世良先生はすぐに天城先生に相談。「こんな時、渡海先生ならどうするんだろう?」という問いに「どんな状況であれ患者を1人も死なせることはありませんでした」と答え、天城先生に火をつけます。

高階先生のエルカノダーウィンによりバイパスは無事終了(実はよく見ると瘤の処置も終えているんです)し結衣ちゃんの手術は成功します。

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

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