給料が上がらなくても「社員旅行」を復活すべき、その意外な経済効果

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2024年09月25日 10:51  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ「社員旅行」は復活すべきなのか

 パワハラ、セクハラ、過重労働、飲みニケーション……そんな昭和の企業文化がまた一つ消えていくことになりそうだ。


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 先日、『AERA dot.』が「『社員旅行』はオワコンなのか? 行きたくなかった若者も満足させた『令和の社員旅行』の最前線」(2024年9月23日)という記事で、「参加自由」「エンタメ性」などユニークな社員旅行を実施している企業の取り組みを紹介していたが、そこで社員旅行そのものに対してネガティブな意見が多く寄せられていたのである。


 「そりゃ、観光地に遊びに行けば会社のメンツと一緒でもそれなりに楽しいだろうけど、社員旅行をする余裕があるのなら、社員の給料や待遇の改善に回すべきではないか」


 「旅行して社員同士の距離が縮まるって言うけど、わざわざ旅行しないと上司に思ったことが言えない、部署内でコミュニケーションが取れないという職場環境に問題があるんじゃないの?」


 このような意見が多いのも致し方ない部分はある。『日本経済新聞』が財務省発表の法人企業統計を基に算出したデータによると、2023年度の日本企業の労働分配率は38.1%と過去最低だった。


 一方で企業内に蓄積されている内部留保は過去最高だ。若者の貧困や少子化の一因もこの常軌を逸した低賃金にある。つまり、日本の企業労働者たちは「社員旅行のおかげで社長と距離が縮まったなあ」なんて呑気なことを言っている場合ではなく、経営者に対して「物価上昇に伴う賃上げ」をゴリゴリ求めていかなければいけないのだ。


 ただ、その一方で社員旅行という企業文化がこのまま消えてしまうのは惜しい。むしろ日本経済全体を考えた場合、積極的に活用すべきだと思っている。


●“国内”で社員旅行すべき理由


 といっても、それは「社員旅行で愛社精神アップで業績もアップ!」とか「エンゲージメントが向上して離職率が下がる」みたいな方向の話ではなく、「経済効果」が期待できるからだ。


 「社員旅行ごときでそんなに経済効果なんてないだろ」と冷笑する人もいるだろうが、バブル期まで全国にあった「大型観光ホテル」は紛れもなく「社員旅行効果」である。大量の団体ツアー客が毎年必ずやってきてくれるので、観光業者側も安心して設備投資を行えたのだ。


 これを令和の今、復活させる。現在、企業の2割ほどしか実施していない社員旅行を、かつてのように「8割」くらいに戻して、民間企業にカネを使ってもらう。もっとストレートに言ってしまうと、社員旅行の名目で企業がため込んでいる内部留保を吐き出させるのだ。


 といっても、みんなでハワイや韓国に行ってはいけない。旅行先はあくまで国内。しかも、京都や博多などの有名観光地ではなく、しなびた観光地、あるいは復興中の北陸などだ。


 なぜそこまで「国内社員旅行」といった条件にこだわるのかというと、人口減少や貧困化で減少の一途をたどっている「国内観光客数」のキープに貢献できるからだ。


 京都などの有名観光地にはオーバーツーリズムが問題になるほど外国人観光客があふれているので、あまりピンとこないだろうが、実は今、「国内観光をする日本人」の減少が問題となっている。


 観光庁が発表した2023年の日本人国内のべ旅行者数は4億9758万人。これは2017年の6億4751万人と比べると、1億4993万人も減ってしまっている。もちろん、最も大きな要因は「人口減少」だが、これは先ほども述べた日本人の常軌を逸した低賃金も関係している。旅行やレジャーという「ぜいたく」にカネをかけられない経済的余裕のない人が増えているのだ。


 これは日本経済的にはかなりマズい「悪循環」だ。


●地方活性化にも重要な「観光」


 日本経済はトヨタ自動車などの「ものづくり輸出企業」がけん引しているイメージを持つ人も多いが、実は日本のGDPの約7割はサービス業だ。つまり、飲食、小売、宿泊、イベント、アミューズメント施設運営など幅広いサービス業が包括されている観光業の「客」が減ることは、日本経済がいつまでたっても上向かないということだ。


 もっと言えば、「観光」は地方活性化にも重要だ。観光庁の資料によれば、宿泊業は他産業に比べて材料やサービスの地元周辺地域からの仕入れ割合が高く、8割を超えている。つまり、地産地消ではないが地域経済を回す原動力になっている。


 雇用もしかりだ。宿泊業は都市部よりも地方に行くほど従業員割合が高くなっている。地方部の雇用をより多く担っているのだ。


 かつては地方に大企業を誘致してドカンと工場を建てればよかったが、ものづくり企業の多くが海外拠点を広げている今はもうそういう時代ではない。そこで冷えた地方経済をこの「観光」でよみがえらせようというのが、「観光立国」の基本的な考え方だ。


 減少していく日本人観光客に代わって外国人観光客にカネを落としてもらうことで、日本経済のエンジンであるサービス業を活性化させようというワケだ。


 これはそれなりに成果も残しているものの、いくつか大きな副作用も生んでいる。まずはご存じ、オーバーツーリズムだ。有名観光地には外国人観光客が大挙として押し寄せて、地元民との衝突など阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられている。一方で、それ以外の「地味な観光地」は相変わらず閑古鳥が鳴いているという「格差」も激しくなっているのだ。


●「外国人観光客依存」問題も


 そして、もう一つが「外国人観光客依存」という問題だ。コロナ禍で日本から外国人観光客が消えて多くの観光業が打撃を受けたように、外国人観光客はパンデミック、自然災害、国家間の対立・紛争などでガクンと減るものなのだ。もちろん、時間が経過すればまた戻ってきてくれるものだが、観光業者の多くは中小企業なので、その間をしのぐだけの体力がなく廃業・倒産してしまう可能性がある。


 このような「観光立国の副作用」を緩和する一つの対策が、「社員旅行」ではないかと思っている。


 まず、オーバーツーリズム問題の根幹は「外国人観光客を分散できていない」ことだ。なぜ分散できていないのかというと、都市部や有名観光地以外の観光地の魅力が伝わっていない。多言語対応はもちろん、観光資源の整備もできていない。なぜやらないのかというと、「ニワトリが先か、卵が先か」という話だが、観光客があまり来ないのでカネがなく、魅力的な観光地にするための「投資」ができないのである。


 だから、そういう場所に企業は積極的に行ってカネを落としてもらう。


 もちろん、宿でただ酒を飲んで宴会をするのではなく、例えばその企業の事業分野やノウハウを生かして、訪れた地域をどうすれば有名観光地として「アピール」できるのかを社員みんなで考えてもいいし、自治体などと協力して実際に社会貢献のプロジェクトにしてもいい。「みんな仲良くなってよかったね」という社員旅行よりもよほど建設的ではないか。


 さらに、「外国人観光客依存」にも有効だ。もしまた世界的なパンデミックや大規模な自然災害が起きたとき、外国人観光客は一斉に消えるので、観光業は大打撃だ。それは国内GDPの約7割をサービス業が占める日本経済も、危機に追い込まれるということでもある。


 そこで社員旅行の活用だ。経済的に苦しい地域へ企業が積極的に旅行をしてカネを落とすことで、外国人観光客が戻ってくるまで、地域をなんとか持ちこたえさせるのだ。


●なぜ企業が負担をするのか


 ……という話をすると、「地方経済を支えようという目的は分かったが、それをなんで企業がわざわざ自分たちの負担でやらないといけねーんだよ」というおしかりが飛んできそうだ。なぜ筆者がこんなことを言っているのかというと、残念ながら今、「日本人の観光客」を増やす術はそれしかないからだ。


 先ほど申し上げたように日本の労働者は賃金が低い。そして、おそらくこれからもなかなか上がらない。「賃金と物価の好循環」を掲げた岸田政権下で、実質賃金マイナスが26カ月連続で過去最長を記録した。先ほども申し上げたように、労働分配率も過去最低だ。


 これは岸田首相が「無能」だなんだという以前に、日本の構造的な問題だ。世界のほとんどの国は最低賃金が「全国一律」だ。しかも、国や自治体が、人々が最低限の暮らしができるように物価上昇にともなって、最低賃金をしっかりと引き上げていく。もちろん、経営者も文句を言うが、全国一律で上がるわけなので、全国一律に価格転嫁をすればいいだけだ。だから、世界では日本円で1500円とか2500円の最低賃金が当たり前になっている。


 しかし、残念ながら日本ではこれができない。全国一律ではないので価格転嫁しにくいこともあるが、やはり大きいのは「どんなに成長しない企業であっても倒産させてはならぬ」という不文律だ。


 日本企業の99.7%を占めるのが中小企業だというのはよく知られているが、実はその大半は何年経過しても企業規模や従業員数が変わっていない。いわば「現状維持型企業」だ。だから、海外のようにドラスティックに最低賃金を引き上げると、困る人がたくさんいる。


 そして、そういう人たちが、自民党の選挙を支えている。だから日本の賃上げは基本的に「春闘の賃上げが中小企業にも波及」という世界的にも珍しいストーリーに基づいて進められている。


 当たり前の話だが、日本企業の0.3%しかない大企業がいくら過去最高の賃上げをしたところで、全国の99.7%の中小企業にはほぼ関係がない。ましてや日本経済を支えているのはサービス業だ。この分野は製造業と違って、大企業の下請けなどほとんどない。


 当然、よく言われる「トリクルダウン」(富が富裕層から低所得層に徐々にしたたり落ちる理論)の影響などほとんどない。結局、物価上昇に追い付くわけもなく、中小企業で働いている日本人の6割はどんどん貧しくなるというワケだ。


 こういう八方ふさがりの現実がある中で、「それでもどうにか地方経済を支えなくてはいけない」という無理ゲーを続けなくていけないのが、今の日本だ。


●いま選べる「アイテム」は


 そこで選べる「アイテム」は限られている。一つは税金だ。補助金やらを地方にバラまいていく方法だが、人口減少でこれも厳しい。となると、いつものパターンで民間企業に頼るしかない。過去最高になっている「内部留保」をどうにか理由を付けて、吐き出してもらうのだ。


 しかし、先ほどから申し上げているように「賃上げ」は期待できない。悲観しているわけではなく、30年以上も給料が上がっていない国で、首相も政権も変わっても上がっていないのだ。そういう長年の問題がここにきて急に解決できるという楽観的なものの見方ができないだけだ。


 そうなると消去法で残るのは、企業しかない。日本は国民は貧しいが、企業は過去最高益で内部留保も潤沢だ。これをどうにか理屈をつけて、地方にバラまいてもらう。その理屈の一つに「社員旅行」を活用したらどうだろうか。


 かつて昭和の社員旅行といえば、「大型温泉ホテルの宴会場でどんちゃん騒ぎ」「コンパニオンを呼んだり新入社員の余興で大盛り上がり」という感じだった。もはや昔のドラマやドリフのコントでしか見かけない、このような社員旅行は「慰安」や「社員同士の親睦」が目的だった。


 しかし、時代は変わった。人口が減って賃金は上がらないという悪循環の中で、地域経済を守るには「持てる人」にカネを落としていただくしかない。「縮むニッポン」の中で、助け合っていくしかないのだ。


 令和の社員旅行は自社の利益のためというよりも、「社会貢献」「地方活性化」という意味合いが強くなっていくのではないか。


(窪田順生)



このニュースに関するつぶやき

  • 経済効果とかどうでも良くて、自分のプライベートの時間を会社の社員旅行で使われるくらいなら旅行券とかくれた方がありがたいです(笑)出張でどっか行くとかの方がまだマシだ。
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