TXTが眼前で踊る! 世界的先駆者に聞く「映画館VRコンサート」の破壊力

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2024年09月25日 11:21  ITmedia ビジネスオンライン

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ITmedia ビジネスオンライン

TOMORROW X TOGETHER(TXT、HYBE JAPAN提供)

 BTSやSEVENTEEN、NewJeansなどグローバルアーティストを擁する韓国のHYBE。そのHYBE MUSIC GROUPのアーティスト「TOMORROW X TOGETHER(TXT)」は12月1日まで、同グループ初のVRコンサート「HYPERFOCUS : TOMORROW X TOGETHER VR CONCERT」を、東京や大阪など全国5都市の映画館で開催中だ。


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 コロナ禍が収束した後も、仮想空間を楽しむVRコンサートを展開するのはなぜか? 同コンサートのシステムを開発した米AmazeVRのイ・スンジュンCEOと、同社のVFXスーパーバイザーでTXTのVRコンサート映像を手掛けたキム・ホンチャン監督に、戦略や将来性を聞いた。


●「最前列よりもすごい」没入感 「VRコンサートのSpotify」目指す


 VRコンサートツアーは、韓国と米国の6都市と、日本の5都市の映画館で開催中だ。東南アジアや欧州など他の地域での展開も議論している。HYBE JAPANによれば、日本で開催するVRコンサートとしては最大規模だという。6曲構成で、価格は4300円(一部5000円)に設定した。ファンは映画館に備え付けられている専用ヘッドセットを装着する。12Kの高精細な映像と、5.1chサラウンドシステムにより臨場感あふれるコンサートを楽しめるようにした。


 筆者も体験する機会を得たが、ライブ会場の最前列の席で見るよりもすごい……。例えるなら、テレビの音楽番組などでカメラマンがアーティストの目の前に立ち、動きながら撮影するような、そのくらいの至近距離で観覧する感じだ。自分のためだけに歌ってくれて、踊ってくれていると感じるくらいの没入感がある。


 「アーティストはアルバムを出したら、その後ミュージックビデオを制作してきました。当社はそれと同じように、VRコンサートも当たり前の要素として広めていきたいと思い、設立した会社です。音楽のストリーミングではSpotifyが革新的な存在になっています。私たちは、いつでもどこでも好きなアーティストのコンサートを見られる『VRコンサート』の分野で、そういう存在になりたいです」(イCEO)


 もともと同社は、グラミー賞を獲得したヒップホップのMegan Thee Stallion、R&BのT-Painなど、欧米のアーティストを中心にビジネスを展開してきた。2023年からはK-POPにも領域を広げ、aespaやKAIとも提携している。


 イCEOは「HYBEは、韓国のエンターテインメント企業として最高峰の会社の一つです。今回のTXTについては、彼らの優れたパフォーマンスやビジュアルはもちろん、特別なコンセプトやストーリーテリングを持つグループである点など、VRコンサートと相性の良い部分が多いと思いました」と事業を拡大した理由を話す。


●リアルを超える動員数を期待


 そもそもVRコンサートを、なぜ映画館で開催するのか。 MM総研の調査によれば、2022年時点でVRゴーグルの所有率は5.6%とまだ低いものの、VR機器を持っている人であれば、自宅でも体験できるはずだ。


 「確かにVRゴーグルを所有していれば家でも見られますが、全てのファンが持っているわけではありません。ゴーグル自体も高価ですので、購入しなくてもVRコンサートを経験できる機会を提供したいですし、音響設備が整っている映画館で開催することにしました」


 もしVRゴーグルが広く普及すれば、収容人数という物理的な限界のあるリアルのコンサート会場以上の動員数を望める。VRのゴーグルが普及した後は、家と映画館の両方で開催することになるのかと聞くと「はい、並行して展開することは考えています。ディズニー映画のように、映画館で先に公開し、その後にDisney+のようなサービスでも公開し、自宅で鑑賞できるといったスタイルも考えられるでしょう」と話す。


 「VRコンサートが主流になるかどうかは分かりませんが、リアルとVRは異なる2つの経験を提供できると考えます。つまりVRコンサートが、リアルを代替するものではないということです」


 そうなると、いずれはリアルコンサートとVRコンサートがワンセットになる可能性もあるのかと尋ねると「そうだと思っています」と力強く答えた。実際に開催してみると、ファンの間で予想以上の一体感があったようだ。


 「VRコンサートに参加するために、ファンが1カ所に集まると一緒に合唱したり、会場に展示されているパネルを撮影したりしていて、皆さん、楽しんでもらっていましたね」 


 イCEOは今後、この市場が拡大すると予想している。


 「リアルなコンサートは、多くのファンを動員できる都市で開催している面があります。そんな中、アーティストに1日か2日間の時間をもらいVRコンサート用の撮影をして、VRコンサートを開催すれば、オフラインでアーティストのことを見たくても見られないファンたちを喜ばせることができます。しかも世界中のファンとつながるので、市場は広がっていくはずです」


 VRコンサートは全6曲、時間にして40分だった。少し短い気もするが「aespaでは約20分で開催したので、その2倍になっています。20分の理由はゴーグルが重いので、視聴者が疲れてしまうと考えたからです。実際に体験したファンたちからは『もっと長くしてほしい』という要望があったので40分に伸ばしました」と明かす。将来、デバイスが軽量化されれば、尺が伸びる可能性もあると話していた。4300円という価格設定はどうなのか。


 「アーティストによって料金は変わると思っていますが、現時点では4000〜5000円が適正だと感じています。損益分岐点について詳細は言えませんが、今回のプロジェクトを通して、利益を見込める部分はあったので、いずれ全世界のアーティストにも応用して、VRコンサートの市場を広げていきたいです」


●市場が大きくなるまで少数精鋭で技術を磨く


 AmazeVRは2015年、米シリコンバレーで設立された。このような時代を見越していたのか。


 「正直に言うと、もっと早くこういう時代が来ると思っていました(苦笑)。創業したときは、2年後の2017年にAppleがVRを発売すると思っていたので、予定より7年も遅くなりました。当時、Apple内ではMeta Questレベルのゴーグルをすでに開発していたと聞いていましたし……。しかしAppleは、完成度の高い商品以外は発売しない社風ゆえに発売がずれ込んだと認識しています」


 その間、どうやってビジネスを継続してきたのかを聞くと「市場の状況に合わせた投資をし、効率的な経営をしてきた」と話す。


 「初期投資額は600万ドルで、4人の共同創業者たちによる出資です。VR市場が大きく伸びることがなかったので、逆に大きな支出も特にありませんでした。私自身は経営に保守的なところがあるので、10〜15人の少数精鋭の社員だけで経営してきたこともあると思います」


 今は約50人の従業員を擁し、共同創業者を含めその多くがエンジニアなどプロダクトを作るメンバーだ。創業時のビジネス環境が厳しい中でも研究開発を継続したことによって、業界でトップレベルのVR技術を持つ。


 「MetaやAppleが力を入れている分野の中にVRコンサートがありました。戦略的な位置づけにあるので、いつかはこのマーケットが必ず浮上すると信じてくれた投資家と共に、多くの時間を過ごしてきました」


●AIで作業効率は上がるものの……甘くはない


 VRだからこそできることを演出のキム監督に聞くと「ゴーグルを通して本当に間近でアーティストが見られます。CGも合成をしている分、アーティストが伝えたいことやコンセプト、曲のストーリーテリングもCGを通して具現化できるのは強みになっています」と話す。


 大規模なコンサート会場で、座席が後方の場合、アーティストが遠く見えてしまう。その結果、大きくアーティストが映し出されるスクリーンを見るのが常だ。VRも画面によってアーティストを見ることになるので、機械を介する点で共通している。


 「大型スクリーンでは、カメラが映し出す1つの角度によって観客はそれを見るだけです。一方VRには、その制約がありません。自由度の高さは差別化のポイントです」(キム監督)


 VRでは自分の目をどこに合わせるかによって、見たいアーティストやメンバーに焦点化できる。この特性はファンに特別な体験を提供することになるだろう。


 制作現場でのAIの活用法については「人が実行してきたことをAIが代替し始めています。カメラでの事例で言えば、グリーンバックで全体の画を撮れれば、AIはバックダンサーを含め、各メンバー1人ひとりを切り抜き、背景と分離できます」と話す。もしAIを活用せずに人が直接作業するとなると、楽曲1曲あたり1000万円以上の費用がかかるそうだ。


 「分離以外でも、画像にある細かなノイズも除去してくれますし、レンダリングの速度も速くなりました。これからはAIの活用範囲も広げていくつもりです」


 AIにより制作も楽になったかを聞くと「期間が短縮されて楽になった部分があるんですが、だからといって、他の人たちが容易にこなせる技術ではなありません」と胸を張る。キム監督によると、曲自体を全てワンテイクで撮影して、一気に編集をするそうだ。だが1曲あたりのフレーム数は、約1万フレームにも達するという。


 「もし、今後VRコンサートの全体の長さを1時間40分で開催すると仮定するならば、約16万フレームあることになります。そうなるとAIを駆使しても、編集の難易度がとても上がり、乗り超えなければならないハードルが増えるのです。高度な技術を持つ当社だからこそできるのであって、他社が簡単にできるわけではありません」


●Apple、Meta、サムスン、Googleと密接に議論


 テック企業のビジネスモデルの根幹は、データ活用の有無にある。VRコンサートで言えば、例えば「筆者の推しはメンバーのAだけど、VRコンサートでは意外にメンバーBを目で追っていた」「この曲のサビの部分で大きく手を動かした」など具体的なデータを取得できる強みが想定される。


 イCEOはデータ活用について「現時点では、集まったデータについての具体的な活用計画はありません」と話す。その一方で「当社は10年目を迎えました。これだけVRに特化し、継続してきた企業はほとんど存在しないこともあり、Apple、Meta、サムスン、Googleなどの大手とさまざまな事業について密接に議論を交わしています」と自負する。つまり、イCEOが期待するVRコンサートを一般化したいのであれば、さらなる技術の研さんと、データ活用をうまく組み合せることがカギとなる。それが実現できれば、大衆化への時間が短縮される可能性は高い。


(武田信晃、アイティメディア今野大一)



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