「老人扱いしない」シニア向け事業にZ世代が殺到、なぜ? 運営会社の社長に聞いた

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2024年09月27日 10:11  ITmedia ビジネスオンライン

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シニア向けの事業にZ世代が殺到、理由は?

 高齢者と聞くと、ネガティブなイメージを抱くかもしれないが、それを覆す注目の職業がある。「孫世代の相棒」として、シニアのウェルビーイング(心身の健康や幸福)を支える「Age-Well Designer」(エイジウェルデザイナー、以下デザイナー)という職業だ。この仕事をしている約8割はZ世代で、採用率17%と狭き門である。求人サイトで募集をかけると、月間200件の問い合わせがあるという。


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 なぜ、若者たちから人気を集めているのか。また、シニアの生活にどんな変化をもたらしているのか。AgeWellJapan(東京都渋谷区)で代表を務める赤木円香氏に話を聞いた。


●「エイジズム」という社会問題


 AgeWellJapanは、2020年1月に設立し、シニア世代のウェルビーイングの実現を目指している。20〜30代のスタッフがシニア世代の相棒として活動する「もっとメイト」、多世代が交流するコミュニティスペース「モットバ!」、シニアへのインタビューや調査などを実施する「AgeWellJapan Lab」の運営が主要なサービスだ。


 社名にある「AgeWell」という言葉には、年を重ねるごとにワクワクできる社会作りを目指すという思いが込められている。


 しかし、ある調査によると「100歳まで生きたい」と考える人はわずか2割にとどまる。赤木氏は「預貯金や健康に対する不安から多くのシニアが長生きすることに不安を感じ、家族への負担を懸念している。これらの意識の根底には『エイジズム(年齢差別)』がある」と指摘する。


 例えば、高齢者だから耳が聞こえないと決めつけて大きな声で話しかけることや、派手な服を着ると「みっともない」と言われることなどが挙げられる。エイジズムは、シニアの自己肯定感を低下させ、年を重ねることに対してネガティブな意識を生み出していると分析している。


●Z世代の価値観にフィット


 このエイジズムを解消するために、デザイナーが生まれた。「傾聴と対話を重視」するというが、どういった仕事なのか。


 具体的には、シニア宅の訪問でスマートフォンの使い方や新しい趣味の提案を行うほか、地域や自治体と共同で年間500回以上のイベントを企画・運営している。各種研修をクリアし、正式に認定されているデザイナーは現在130人に上る。(2024年7月末時点)


 なお、要介護認定を受けている人も既存のケアサービスと併用して利用可能だ。自立した生活の維持だけでなく、より豊かな人生をデザインすることを目指している。


 デザイナーとして働くスタッフの約8割がZ世代だ。若者から人気を集める要因として、赤木氏は価値観との高い親和性を挙げる。「自分らしさの追求と社会貢献への意識が、Z世代の就労観の特徴であり、この両面を満たす職業として認識されている」


 デイケアなどのケア職が日常生活の基本的なサポート(睡眠・食事・入浴・排泄など)を中心とするのに対し、デザイナーはより自由な発想で関わっている。世代間交流を通じて成長を実感したり、シニアの人生に寄り添いながら創造的な提案ができたり、そうした点が魅力となっているようだ。


 さらに、偏見や差別などに強い問題意識を持っている点もZ世代の特徴といえる。「高齢者」として単に支援の対象とするのではなく、豊かな経験と知識を持つ個人として再評価する姿勢が、世代間の相互理解を深めているという。


 「デザイナーとしてのレベルアップに伴い、コミュニケーション能力が向上する。就職活動やプライベートにも好影響があり、仕事のモチベーションになっている」と赤木氏は語る。デザイナーの経験が、若者たちの成長と自信につながっているようだ。


●シニアの生活をポジティブに変容させる


 デザイナーの介入により、シニアの生活にも顕著な変化が見られる。例えば、同居していた姉を亡くし塞ぎ込んでいた80代の女性は、デザイナーからの働きかけでピアノを再開しセッションを楽しむようになっただけでなく、担当デザイナーの結婚式に自分の足で参列することが新たな目標となり、外出頻度が増加したという。


 この事例は、シニアの行動変容を促し、健康寿命の延長に貢献した好例といえる。


 ある若手スタッフは、自身のことを「カウンセラーではなく、あくまでもデザイナー」と表現する。話を聞くだけでなく、シニアの人生をより豊かにするための具体的な提案と実践をサポートし、行動変容に伴走することが重要であるという考えだ。


 この姿勢は、シニアとの信頼関係だけでなく、周囲の家族からも感謝の言葉を受け取る機会を増やしているという。


 また、ポジティブなシニアを増やしていることは、介護・看護分野にも波及効果をもたらしている。「デザイナーの資格を持つ介護士や看護師たちから、『介護や看護の仕事を志した原点を思い出した』という声を多く聞く」と赤木氏は語る。介護施設向けの研修事業も展開し、離職防止にも一役買っているという。


 事例が示すように、デザイナーの取り組みはシニアが前向きな人生を送るための後押しとなっている。このようにシニアの行動変容を促し、寄り添えるデザイナーを育成・輩出するため、同社は独自の研修制度を作り上げた。


●企業向けに展開も


 デザイナーになるには、合計150時間の研修を受けなければいけない。現在90種類以上のワークショップやロールプレイが用意されている。


 シニアの自己肯定感を高めるには、ホスピタリティが最も大切という考えから、相手に喜んでもらうための褒め方やネガティブな言葉への対応方法などの実践的なスキルに加え、傾聴、対話力、顧客体験設計、シニア理解、エイジズムやウェルビーイングに関する知識の習得にも焦点を当てている。


 成長段階に合わせたレベル別研修のほか、経験豊富なデザイナーが新人の相談役となるメンター制度も導入。この充実した研修体制が、自己成長を重視するZ世代にとって大きな魅力となっている。


 特筆すべきは、研修プログラムが現場のフィードバックを基に常に進化している点だ。創業期からシニアへの訪問内容はすべて録音し、対話を分析することで、より効果的なアプローチを見出し、研修に反映させている。


 これら研修制度やシニアに関する大量なデータをもとに、企業向け事業の展開も進めている。すでに引き合いも多く、同社の年間売り上げの9割程度がB2B事業だという。


●企業向けの人材育成事業も本格化していく


 シニアに関するデータと理解の深さ、人材育成のノウハウを活用することで、企業のシニア向けサービスや研修制度の開発に貢献している。赤木氏は、シニア向けの新規事業開発ではエイジズムによる固定観念が障害になることが多いと指摘する。


 「『きっとスマホは使えないだろう』といったネガティブな発想ではなく、人生を豊かにする、人生をデザインするという発想で事業を作るべき」


 また、人材育成事業についても企業が導入しやすいようにノウハウをパッケージ化し、9月末より本格展開していくとしている。


 同社は2030年の上場を目指し、さらなる事業拡大への意欲を見せる。その中核が、デザイナーの育成だ。同年までに全国で3万7000人のデザイナー認定を目標に掲げている。現在、1企業当たり100人単位で研修を導入していることから遠くない将来に実現できると見込んでいる。


●課題は地方への展開。対策は?


 しかし、全国展開していくには業界ならではの課題もある。訪問事業でシニアを対象にしている以上、オレオレ詐欺や訪問販売詐欺が社会問題として顕在化する中、特に地方で信頼を得ることは簡単ではないという。


 この課題に対し、同社は地銀や自治体との連携、地元の老舗企業の新規事業として組み込んでもらう形での展開を目指す。既に複数の自治体で構想が始まっており、来年以降から地方展開が本格化する見込みだ。


 将来的には、デザイナーを秘書検定やインテリアコーディネーターのような、一般的な資格職とする構想もある。高齢化が進む日本社会において、ますます重要な存在になると予想されるだけでなく、DXが進む中だからこそ「リアルなつながりはより密になり、目の前の人を喜ばせてポジティブな気持ちにさせる職業の価値は高くなる」と赤木氏は展望を語る。


 AgeWellJapanのサービスは、高齢化社会に新たな価値観をもたらし、シニアのウェルビーイング向上と社会課題の解決を同時に実現する可能性を秘める。日本の未来をどう変えていくのだろうか。


(カワブチカズキ)



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