みずほ、第一生命、りそな社長が鼎談 インパクト投資への「課題と葛藤」

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2024年09月30日 05:41  ITmedia ビジネスオンライン

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左から、りそなホールディングス(HD)の南昌宏社長、第一生命保険の隅野俊亮社長、みずほフィナンシャルグループの木原正裕社長

 社会・環境課題である再生エネルギーなどの分野を、民間の金融機関が連携してサポートする新しい投融資形態「インパクトファイナンス」(インパクト投資)が、この数年で増えてきている。


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 参加者が共同してインパクトファイナンスの啓蒙と普及を目指す「インパクト志向金融宣言」は2021年11月、21社の銀行、保険会社、運用機関などが参加したイニシアチブとして発足した。現在は既に80社が参加。インパクトファイナンスの認知度も高まり、市場の環境も整い、政府の政策にも取り込まれるようになった。金融機関がこのファイナンスを活用して社会課題解決のための新たな役割を担おうとしている。


 8月28日にはインパクトファイナンスへの理解と支援を広げようと、りそなホールディングス(HD)の南昌宏社長、第一生命保険の隅野俊亮社長、みずほフィナンシャルグループの木原正裕社長の3社トップがそろい、自社の現状について説明。期待感を表明した。


●みずほ、第一生命、りそな 「3社のトップ」は何を語った?


 「金融宣言」から始まった金融界の新しい取り組みは、社会課題を解決するための金融のニーズが高まったことから、参加者と取引残高が増えている。


 インパクト投融資を推進するグローバルなネットワーク組織の日本支部であるGSG Impact Japan(旧GSG国内諮問員会)の調査によると、日本の2023年度のインパクト投融資残高は、前年比97%増の11兆5414億円に。金融宣言への参加組織数も年々増加し、最近では山陰合同銀行、肥後銀行などが加わり、地方の金融機関も増えている。


 GSG Impact Japanのアンケートによると、形態としては融資が43%、上場株が23%、債券が20%となっている。2021年のサステナブル投融資は、全世界で4400兆円にもなる。一方、インパクト投融資は170兆円で、サステナブル投融資と比べると少ない。


 サステナブル投融資のうち、サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)、同リンク・ボンド(SLB)では達成目標が設定されている。達成した場合の適用金利は、適切な市場金利ではあるものの、当初の水準よりわずかながら引き下げられるものもある。一方、期限までに目標に到達できなかった場合には、ペナルティとして金利が引き上げられるという。環境団体への寄付を要請されることもある。


 環境省によると、環境対応意識が強まってきた2019年から、CO2排出量などの環境目標を取引先企業が達成した場合には、融資金利を安くするSLLが始まり、7月末現在で約1400本が組成されているという。


●投資対象を環境以外に広げる


 金融機関が、なぜ本業を通してインパクトファイナンスを含めたサステナビリティ投資を始めているのか。みずほの木原社長は、その意義を指摘した。


 「みずほの前身の第一国立銀行を創業した渋沢栄一の『公益』の考え方にもつながるもので、みずほの行員にもサステナビリティ的な考えは脈々と引き継がれています。(サステナビリティの)当初の取り組みは環境に偏っていました。これからは人権や多様性、格差など、もう少し広げていかなければならないと思い『インパクトビジネスの羅針盤』を作って、取り組むことになりました。経済的価値だけでなく社会的価値を追求することによって評価されること。これが企業の使命だと思います」


 第一生命の隅野社長は、今後もインパクト投融資を積極的に推進していく考えを明らかにした。


 「当社は創業当初からその時々の社会課題の解決を志向してきました。生命保険の生業は、保険金の給付を通じて『将来世代』へバトンを引き継ぐビジネスをしているので、最大のステークホールダーは将来世代です。100年後、この社会が存在し続けていなければ、当社のサービスは何の意味もなくなります。資金の流れを可能な限りインパクト志向に振り向けて、社会課題を自律的に解決する資金循環を実現していきたい。インパクト投融資を通じて発揮すべきインパクトの内容、質、量の在り方については答えがまだ出ていません。経営陣としてしっかりと探求して、コミットしていきたい」


 同社は2023年までにサステナビリティテーマ型投融資に2.5兆円、環境・気候変動ソリューション投融資に1.2兆円を投入。2030年に向けてサステナビリティには5兆円、環境では2.5兆円を投融資する計画だ。


●りそな「総力戦で取り組むべき課題」


 りそなの南社長は「当社グループは100年以上にわたり中堅、中小企業、個人のお客さまに支えられ、共に発展してきた経緯があり、インパクトファイナンスについても中小目線で育てていきたい」と話す。


 「中堅・中小のお客さまは、脱炭素、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)やインパクト投資について頭の中では分かっていても、なかなか一歩を踏み出すのが難しい状況ではないかと思います。以前より中小のSXなどを支援してきましたが、金融宣言が出された2021年からは、より使命感を持ちながら営業活動をしています。50万社ある中堅中小の一社一社と、前に進むために地道に対話をし、社会全体の大きなムーブメントにつなげていきたいと思います」


 推進するに当たっての課題としては「一社だけでは大きなムーブメントを起こすことはできません。産・官・学・金融のつながりを作って、業界を超えた取り組みが必要だと感じています。その取り組みが新たな価値を生み出す大きなポイントになると考えています。SXやインパクト投資は、業界の垣根にとらわれることなく、日本全体の総力戦で進めていくべき課題です」と、トータルでの取り組みの必要性を強調した。


 急速な人口減少に対しては「いかして長期的に歯止めをかけ、時間をかけて反転させるのかについて、解決に向けた大きなイメージを国から個人に至るまで共有していくのが、これからの日本を考える上で必要なことです」と話す。


 「一企業の力の及ぶところは極めて小さいものの、全ての関係者が傍観者になるのは良くありません。このため『総力戦』で知恵を出し、現実的な解決策を試行錯誤を通じて見つけていくことが必要だと思います。われわれは、地域経済の活性化を筆頭に掲げている金融グループとして、地域への貢献、町おこしなどに積極的に参画していますが、実際に取り組んでいる中で『力及ばず感』を感じることもあります。先進的な取り組みを個別行、個人を超えて共有事例として共通理解を持ち、共に取り組むことが重要です。地域社会にポジティブなインパクトを創出するための指標、見える化を少しずつ整えていくのが、今後の道しるべになるのではないでしょうか」


 今後の課題について隅野社長は、金融界の連携が必要だと指摘する。「インパクト投資の裾野が広がり、参加者が主体となっての実装段階に入っています」とした上で「気候変動を中心に多くのイニシアチブが乱立している状態であり、持続可能な社会の実現に向けて、力を結集すべき」と呼び掛けた。


 具体的には「金融宣言は、内外の活動の取り組みを超えて連携、共同することが可能な立ち位置にあると思います。最近、金融庁が立ち上げた『インパクトコンソーシアム』などとも連携を取りながら、金融全体のムーブメントを起こしていく価値があるのではないでしょうか」と期待感を示した。


●「社会的価値を経済的価値に転換」


 木原社長は「金融宣言に参加した各社が、インパクト投資の事例を共有して活動していくことが重要だ」と話す。その上で「難しいのは、最初は(この投資は)全然もうからない。経済的価値と社会的価値との同時実現は簡単ではありません。実際にやろうとすると最初は赤字になり、マイナスからのスタートになります。だから企業はなかなか踏み切れないのです。社会的価値を経済的価値に転換して、最終的に企業利益の向上につながる循環ができれば大きなドライバーになると思います」と語った。


 国民の年金積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)では、公的年金の投資判断にあたって、もっぱら金銭的リターンの最大化を求められてきた。それ以外の「他の事を考慮」(他事考慮)することは禁じられていると解釈されてきた。従ってGPIFはこれまで、投資リターンを最大化する以外のことは考えてはならないとされ、社会課題の解決を目的とするインパクト投資を運用手段にすることはできなかった。


 しかし6月、岸田政権で「新しい資本主義」を打ち出した際に、政府見解が変わり、これまでの運用方針に変化が見られた。つまりGPIFがインパクト投資をしても「他事考慮」を禁止した基本方針に違反しないことになった、と解釈されたのだ。


●「定量的な検証が必要」


 これについて、生命保険というアセットのオーナーである第一生命の隅野社長は「GPIFがインパクト投資をしても、『他事考慮』を禁止した基本方針に違反しないことになったと解釈されたのは、大変喜ばしいことです。ただ現実は、まだ理想とするところまではたどりつけていない」との現状認識を述べた。


 「最終的な利益をいかにリターンとして返すかは、最優先事項という共通認識はありますが、そのウェイトの置き方がナイーブで難しいテーマだと思っています。第一生命は責任投資に関する基本方針を掲げ、ここでは中長期的な投資収益の確保と、社会の持続的可能性を両立させる、つまり『二兎を追う』と宣言しています。この主従の関係、または両立なのかにかかわらず、投資リターンを必ず追求する点に関して、投資行動に大きな違いは表れないと現時点では考えています。逆にインパクト投資が中長期投資よりも上位概念といえるかどうかは、なかなか悩ましい問題です」


 その上で「インパクト投資は絶対に必要だとは思いますが、(その効果について)第三者機関による客観的な目線で定量的に検証し続けることが必要だと思っています。企業と投資家がエンゲージメントを深めていけば、それ自体が最終的なリターンにつながっていく。皆が共通の評価軸を持つようになれば、株式、債券市場も個別銘柄の選定や売買に反映するようになると思います」と検証の必要性を訴えた。


 以上が鼎談の内容だ。インパクト投融資、サステナブル融資といった環境などの社会課題を解決するための投融資は、急速に伸びている。背景にあるのは、金融機関が利益だけを追求していては投資家やアナリストから十分な評価を得られなくなり、株価にも影響が出ている事実だ。


 金融機関は、業績以外の社会的価値を実現するための投融資に参画することによって、新たな次元での評価を得られるとみている。一方、民間資金がこうした社会課題の解決に使われることは、財政事情の厳しい国や地方自治体にとっても事業支出の節約にもなる。長期的には、財政支出の削減にも役立つことになりそうだ。


(中西享、アイティメディア今野大一)



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