「南海トラフ臨時情報」への対応を検証せよ 経営層が備えるべきBCP「4つの視点」

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2024年09月30日 22:01  ITmedia ビジネスオンライン

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企業は「南海トラフ地震臨時情報」に対し、どのように対応したのか

 盆休みが目前に迫った8月8日午後4時42分、宮崎県日向灘を震源とするマグニチュード(M)7.1の地震が発生した。これを受け、気象庁は同日午後7時15分、南海トラフ地震など今後の巨大地震への注意を呼びかける「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)を、2019年の制度開始以来、初めて発表した。企業は、臨時情報に対し、どのように対応したのか。どのような課題が生じたのか。早急に検証することが求められる。


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 内閣府は2023年7〜10月にかけ、国が「南海トラフ地震防災対策推進地域」に指定している地域住民を対象に、臨時情報の理解度をアンケート調査している。それによれば、臨時情報を「知っている」と答えたのは28.7%で、7割強が理解していない実態が浮き彫りになった。


 企業はどうか? 危機管理とBCPの専門メディア「リスク対策.com」が2023年10月に企業向けに実施した南海トラフ地震臨時情報に対するアンケートでは、44.2%が臨時情報について「ある程度理解している」、17.3%が「具体的に内容を説明できる」と回答した(グラフ1)。市民に比べると、理解度は高いものの、具体的な対応計画については「策定しない、予定もない」との回答が46.5%と半数近くを占めた(グラフ2)。


 こうした数値を見る限り、多くの人にとって南海トラフ地震臨時情報は、それほど重要な情報とは考えられていなかったことが推察される。


 確かに、南海トラフ地震の発生の確率が相対的に高まったとはいえ、その根拠は科学的にも薄弱だ。政府は、相対的に高まっている理由として、世界の地震データを取り上げ、M7の地震後、7日以内にM8以上の地震が起きた例は1437回中6回とした。が、その統計も海溝型だけでなく、内陸地震のものもあり、さらに、観測精度についても裏付けに乏しい。


 ただし、本当に南海トラフ巨大地震が発生したとしたらどうなるのか。


●経済損失1240兆円以上 どの程度まで対策をとるのか?


 2019年に更新された政府の南海トラフ地震の被害想定によれば、死者行方不明者は最大23万1000人(生活関連死のぞく)経済被害は213兆円にも上る。さらに、土木学会の試算によれば、道路網や生産拠点の被災により、発生後20年間の累計では経済損失が1240兆円以上に及ぶという。これほどの被害が万が一にも減らせる可能性があるのなら、多少、信ぴょう性に乏しい情報であっても、安全な対策を最優先すべきと考え行動した人の心境も理解できる。厄介なのは、それが一度や二度ではなく、今後何度となく発出される可能性もあるということだ。


 臨時情報への対応について、基本的な考え方を定めた政府の「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)」によれば、地震発生時期などの確度の高い予測は困難であり、完全に安全な防災対応を実施することは現実的に困難であることを踏まえ、地震発生可能性と防災対応の実施による日常生活・企業活動への影響のバランスを考慮しつつ、「より安全な防災行動を選択する」という考え方が重要だとしている。


 実際にM8以上の地震が起きた後、発出される「巨大地震(警戒)」情報についてはさらに踏み込んだ行動事例まで挙げられているが、今回の「巨大地震(注意)」情報については、「日ごろからの地震への備えを再確認する」との表現にとどまる。かなり漠然としていているが、つきるところ、市民であれ、企業であれ、どの程度まで対策をとるのかは自分たちで決めるしかない。


 では、次回も「臨時情報が発表されたら、その時考えよう」とのんきに構えていていいのか。特に企業については、取引先や従業員、顧客などの心境も踏まえ、しっかりとした対応をとることが求められる。臨時情報の受け止め方はさまざまだ。今回はお盆前だったことから休暇中だった社員も、次回の臨時情報時には「命を守るために出社したくない」と思うかもしれないし、取引先によっては対面の打ち合わせはしたくないという企業もいるかもしれない。


 さらに制度の内容を初めて知った人が多いことから、次回は買いだめに走る人がさらに多くなる可能性もある。店舗から商品はあっという間に消え、そんな中で、地元に名の通った企業が物資やガソリンを買いだめに走るようなことがあれば、企業の評判を落とすことにもなりかねない。


 企業は、ステークホルダー、あるいは、社会全体の動きを読みながらも、自社として適切な行動をとる必要がある。例えば、南海トラフ地震の被害が想定される地域に出張する際には、必ず先方の意向を確認した上で行くようにする。その際も事前に避難場所を確認する。出社に関しては不安に思う人がいると思うなら在宅勤務を許可する、などだ。事業についても、顧客の安全にかかわるようなものなら、一時的に中止をする、安全対策を強化するなどの方法も検討したほうがよい。


 時事通信の記事をもとに、今回の臨時情報への企業の対応をまとめると、交通機関では、JR東海が南海トラフ地震臨時情報の発表を受け東海道新幹線の三島―三河安城間の上下線で通常より速度を落として運行したほか、JR西日本は「くろしお」など一部の特急列車や寝台特急の運転を取りやめた。日本航空は旅客機が離陸後に引き返すことを想定し、想定震源域内の空港に向かうフライトでは通常より多く燃料を搭載することにした。いずれも思い付きですぐにできるような対応ではない。おそらく、こうした情報が出た際の対応を、あらかじめ検討していたのだろう。


 このほか、イオンでは全国の店舗に、棚の固定や商品などの落下防止策が取られているか確認するよう指示をした。ローソンは沿岸地域の店舗に避難場所を再確認するよう呼びかけた。東芝は、国内従業員に対し、安全確保に関するマニュアルを日本語と英語で周知した。日本製鉄は消火設備の点検や避難誘導通路の確認など、地震対応を再確認した。こうした事例も参考に、自社がとるべき行動を検討しておくことが重要だ。


●検証の方法 アフターアクションレビュー


 まずは、各企業において、今回の臨時情報への対応を振り返る必要がある。検証の方法はさまざまだが、欧米を中心に取り入れられているAfter Action Review(AAR、アフターアクションレビュー)の方法は参考になる。やり方は簡単だ。(1)そもそも自社としては、臨時情報に対して、どのような計画を定めていたのか、(2)実際はどう対応したのか、(3)何が課題になったか、(4)うまくいったポイントは何か、これら4つの視点から、一連の対応を振り返る。その際、従業員への注意喚起、出社体制(在宅勤務など)、出張、など対応項目別に検証してみると整理しやすい(スライド1〜3)。


 例えば、従業員への注意喚起なら、(1)どのような対応計画を定めていたか(例:臨時情報(調査中)が発表された時点で、全従業員に対して防災レベルを高めるよう呼び掛ける計画だった、など)(2)実際は、どう対応したのか(例:社内で緊急に対応を協議した上で、翌日、全従業員に対して注意喚起した、など)(3)課題は何だったか(例:注意喚起のタイミングがあいまいだった。注意喚起の文言が分かりにくいものとなっていた、など)(4)うまくいったポイントは何か(すぐに役員から承認を得られた、など)。もちろん、そもそも何も考えていなかったなら、そのまま(1)は「何も考えていなかった」と記入をすればよい。


 要は、なぜそのような行動をとったのかを明らかにするとともに、課題があったならそれを改善し、同じ轍を踏まないようにするとともに、評価できる点は今後誰がやっても同じようにできるようにすることで、確実に組織としての対応力を向上させるというのがAARの目指す姿である。


 対象期間やメンバーを明確にすることも重要だ。対象期間は、臨時情報(調査中)が発表されてからを対象にするのか、終了後の対応までも含めるのか。対象メンバーについても、特定の事業部・役職だけにするのか、全従業員にするのか、などを決め、その上で複数回に分けて検証する場合は、検証スケジュールを作成する。今回は連休前で夕方だったが、もし繁忙期だったら、夜間だったら、など条件を変えて考えてみることも大切だ。検証を終えたら、それらを踏まえ臨時情報への対応計画をまとめてみるとよい(スライド4)。


●北海道・三陸沖後発地震注意情報への備えも


 南海トラフ地震臨時情報と似たものに、北海道・三陸沖後発地震注意情報がある。2022年度から、北海道から関東にかけて被害が想定されている巨大地震への対策として運用が始まった。想定される震源域やその周辺でM7クラスの地震が発生した場合に、気象庁はおおむね2時間後をめどに「後発地震注意情報」を発表し、その後の巨大地震が起きる可能性がふだんよりも高まっていると注意を呼びかける。


 南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)と同様に、発表から1週間程度は日常の生活を維持しつつ、防災レベルを普段より高めることが求められる。この情報もおそらく数年のうちに発出されることはまず間違いない。日本付近でM7クラスの地震は、毎年1回程度は起きている。それが南海トラフ地震震源域だったり、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の想定震源域であったりするなら、こうした情報が発表されるということだ。


(危機管理とBCPの専門メディア「リスク対策.com」主筆 中澤幸介)



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