出荷量減が続く「泡盛」 売上高1.3倍を実現した、酒造所30代社長の「売り方」改革

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2024年10月02日 06:11  ITmedia ビジネスオンライン

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やんばる酒造の5代目代表として、ユニークな取り組みを仕掛ける池原文子社長=7月、沖縄県大宜味村

 74年前に始まった酒造りの「原点」こそが、厳しい状況に直面する業界で生き残る鍵となる──。


【画像】やんばる酒造の主力商品である「まるた」、泡盛の発酵状態、やんばる地域の人たちと共に開発した「やんばるつながリキュール スパイシーセッション」(計5枚)


 「やんばる」と呼ばれる沖縄本島北部の雄大な亜熱帯林の中に蔵を構える「やんばる酒造」。沖縄のスピリッツ(蒸留酒)である泡盛の酒造所の一つだ。


 立地する大宜味村は2016年に「やんばる国立公園」に指定されたエリア。周辺の山々が育む豊かな湧き水を洗米やもろみ造りに活用し、終戦から間もない1950年の創業以来、変わらない伝統製法を貫く。経年における淘汰の中で、現在は沖縄本島最北端の泡盛酒造所となっており、自社銘柄の「まるた」や「山原(やんばる)くいな」は大宜味村に限らず、周辺の国頭村や東村も含めて地酒として愛される。


 近年は、定期的にやんばる好きな県外の人と交流を深める仕組みをつくったり、農家らと協力して泡盛を使った地元ならではのリキュールを開発したりして、地域密着にこだわりながら新たなファン層を獲得している。


 従業員8人という小さな酒造所だが、直接販売の割合を高めてより足腰の強い経営体制を構築。その結果、コロナ禍で年間6000万円ほどに落ち込んだ売上高は8000万円まで回復した。


 仕掛け人は、30代の若き経営者として家業を引っ張る5代目代表の池原文子社長。沖縄全体として出荷量の著しい減少が続く泡盛業界で異彩を放つ取り組みを取材した。


●知名度は高いのに、進む「泡盛離れ」 赤字経営の酒造も


 沖縄で600年以上にわたって作られ続け、日本最古の蒸留酒とされる泡盛。原料は主にタイ米で、米を黒麹菌で米麹にし、水と酵母を加えて発酵させる。この工程は「全麹仕込み」と呼ばれ、一般的な焼酎のような2次仕込みはない。時間をかけて寝かせ、熟成させていくことでより風味やまろやかさが増す「古酒(くーす)」という飲み方の文化も魅力の一つだ。


 小さな離島県にもかかわらず、広い海域に点在する離島を含めて今も40以上の酒造所が県内各地で泡盛作りにいそしむ。豚肉をメインとした沖縄料理との相性が良く、県民のみならず、観光客からの認知度も高い。


 ただ、業界の現状は厳しい。


 沖縄県酒造組合の統計によると、沖縄で生産された「琉球泡盛」の年間出荷量は最多だった2004年の2万7688キロリットルからほぼ右肩下がりを続け、直近の2023年は1万2865キロリットルとピーク時の半分を割り込んだ。酒業界全体に言える課題ではあるが、若者のアルコール離れや、種類の多様化による競争激化などが主な要因だろう。


 今年5月からは、1972年の沖縄の日本復帰から半世紀に渡って続いてきた泡盛の酒税軽減措置の段階的な縮小が始まっており、2032年には完全に廃止される。円安や原材料の高騰も進む中、大半が小規模事業者である酒造所は赤字経営に陥っているところも多い。


●9割が県外客 新規顧客を開拓したユニークな販売戦略


 もちろん、各酒造所も手をこまねいているだけではない。多彩なフレーバーや若者向けの飲みやすい商品の開発、泡盛以外の酒の製造、カクテルへの活用、海外販路の模索……。組合も含め、苦境を打破するためにあの手この手を打っている。


 中でも、やんばる酒造の戦略はユニークだ。事例の一つが、2020年から始めた「やんばるもあい」である。


 「もあい(模合)」とは、沖縄に古くから伝わる相互扶助の文化を指す。気の合う仲間で定期的に集まり、決まった額のお金を出し合って積み立て、必要としている人から順番に金銭を受け取る仕組みだ。


 やんばる酒造の「やんばるもあい」では、毎月一定の金額を支払う顧客を「もあい仲間」と見たて、定期的に自社の泡盛や、知り合いの農家らが育てた旬の野菜などやんばるの特産を送る。さらに年に2〜3回は酒造所で交流会を開き、沖縄料理と泡盛を囲む。金額は内容で異なり、定期便があるプランは月に1980円〜3980円。


 始めたタイミングでコロナ禍に入ったため、当初はリアルの交流が難しかったが、返礼品の仕組みは沖縄ファンに刺さった。「沖縄自体ややんばる地域が好きな方が少しずつ会員になってくれて、とても喜んでもらいました」と池原社長。やんばる酒造もコロナ禍で大きなダメージを負ったが、毎月定額で料金を支払ってもらう仕組みは、経営を下支えする要因にもなった。


 現在の登録数は約80人で、9割以上が県外の人だという。池原社長は「いろいろな方とつながりを持てたことで、コロナ禍が落ち着いてから直接酒蔵まで会いに来てくれるもあい仲間も増えました。泡盛というコミュニケーションツールを使い、人と人をつなぎたかった。少しずつ形にすることができています」と好感触を語る。


 「『やんばるもあい』をきっかけにやんばるのファンになってもらえれば、私たちだけではなく、やんばる全体の利益にもなります」とも言う。事業を通じて人を呼び込むことで地域が活性化し、それが自社の利益にもつながっていくという好循環を描く。


●「自分たちの酒屋じゃない」 2代目の言葉の真意


 地域のための酒造りは、やんばる酒造にとっての「原点」と言える。


 1950年、酒蔵を構える大宜味村田嘉里地区で、前身である「田嘉里(たかざと)酒造」として創業した同社。「私たちは、戦後復興の中で自分たちが飲むお酒を作るために、地域の人たちが出資してできた酒造所です。一緒に泡盛を飲むことでつながりを強め、みんなで地域を支えていたんです」(池原社長)。


 泡盛は正に地域のコミュニケーションツールとしての役割を果たし、2017年には「やんばる全体を盛り上げたい」との想いから、やんばる酒造に改称した。


 過疎化の進行で今でこそ少なくなったが、地域の人たちが頻繁に「自分たちの酒」を飲み交わす原風景は、1985年生まれの池原社長の記憶にも鮮明に残っている。


 「私が小さい頃は祖父が2代目代表を務めていて、酒蔵は自分にとって遊び場のようでした。ここから徒歩5分ほどの実家や地域の共同売店ではしょっちゅう酒盛りが開かれていて、地元の人が買いに来て酒造所も活気がありました。集落の掃除後の慰労会や祭りなど、イベントごとには必ずと言っていいほどやんばる酒造の泡盛がありました」


 自身は高校を途中退学して将来に悩んでいた頃、慕っていた祖父に「行くところがないなら酒屋で働くね?」と手を差し伸べられ、仕事を手伝うように。「夜に懐中電灯を持って麹の状態を確かめに行ったりして、真剣に酒造りに向き合うおじいちゃんの姿がキラキラして見えました」と振り返る。東京の専門学校で酒造りについて学んだ後、2013年に正式に入社。昨年5月には4代目だった父・池原弘昭さんの後を継ぎ、5代目に就いた。


 憧れた祖父がよく口にしていた、忘れられない言葉がある。「この酒屋は、自分たちの酒屋じゃないんだよ」。地域による、地域のための酒造り。その原点は世代を超え、今のやんばる酒造に脈々と受け継がれている。


●「やんばるつながリキュール」周辺農家らとコラボ


 この信念は、池原社長が入社してから力を入れ始めた新商品開発にも反映されている。それが顕著に表れているのが、2022年に作った泡盛ベースのリキュール「やんばるつながリキュール スパイシーセッション」だ。


 商品の核を成すのは、やんばる地域で昔から親しまれてきた「カラギ酒」。地域に自生するシナモンの一種であるカラキ(正式名:オキナワニッケイ)の樹皮を泡盛に漬け込み、スパイシーな香りを楽しむ伝統的な飲み方である。


 自社で作ったカラギ酒に、田嘉里地区に隣接する喜如嘉地区の農家が生産する生姜や自家栽培の島唐辛子などを使った特製シロップを合わせ、完成する。シロップは国頭村のカレー店、ロゴやラベルは田嘉里集落に事務所を構える事業者が手掛け、全てやんばるの人たちで作り上げた。炭酸割りや水割りがおすすめという。カラキと生姜の相性が良く、スパイシーな香りとさっぱりとした味わいは飲み心地がいい。


 40以上の泡盛酒造所がそれぞれ多彩な銘柄を作り、競合が多い中、価格競争に陥らない商品を考えた結果の商品だった。年間生産量は約1000本。毎年全て売り切れる。スパイスに馴染(なじ)みのある若者や外国人観光客に人気で、これまでとは異なる客層の開拓にもつながっている。今後もやんばる産のシークワーサーやコーヒーなどを原料にシリーズ化していく考えだ。


 「私たちが担ってきた役割は、地域の人たちで酒を造ることで、人と人をつなげること。その対象はこれまで地域の『中』がメインでしたが、その視野を『外』にも広げています。創業の原点を大事にしながら、変わらない使命を果たしていきたいです」


●直販の比率が「8割超」に増加 もてなす酒造所に


 やんばるの地に太い根を下ろし、地域密着を掲げて「外」からのリピーター獲得にも成功している同社。コロナ禍で年間6000万円ほどに落ち込んだ売上高は8000万円まで回復した。池原社長が入社して以降でピークだったという10年ほど前の売上高1億2000万円が当面の目標だという。


 以前は全体の5割近くが問屋を通した販売だったが、今はリピーターが増えたことで直接販売の比率が全体の8割を占める。2020年にオープンした新しい直売所やオンラインショップでの購入者が増えているという。「これまで問屋さんのおかげで広く流通に乗せることができていた面はありますが、私たちのような小さい酒造所にとっては直接販売の比率が高まると経営がより安定します」。価格競争を避けることやブランド力の向上、新たなファンの獲得などメリットは多い。


 離島県であり、独特な文化を持つ沖縄の酒だからこそ、池原社長は自身が考えるより良い泡盛の「売り方」についてこう話す。


 「泡盛は沖縄の人の生活文化やアイデンティティを背負って成り立っているお酒なので、そこから人を抜いてしまうと、なかなかその良さが伝わらない。なので、私たちが外に出て積極的に販売していくというよりは、やんばるに来る方をもてなす酒造所になっていきたいと思っています」


 直売所やオンラインショップで自社商品以外のやんばるの特産品を販売したり、今後は行政の補助金も活用してやんばるの食文化を体験できる観光ツアーを企画したりするなど、「地域のために」という原点は全ての取り組みに通底する理念だ。このブランド戦略は、やんばる酒造のように地域に根差した酒造所が沖縄県内の各地に点在する泡盛業界全体にとっても、再興に向けたヒントになるかもしれない。


長嶺真輝(ながみね・まき)


沖縄拠点のスポーツライター、フリーランス記者。 2022年3月まで沖縄地元紙で10年間、新聞記者を経験。 Bリーグ琉球ゴールデンキングスや東京五輪を担当。金融や農林水産、市町村の地域話題も取材。



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