『攻殻機動隊』原作漫画と映像作品はどう違う? 時代を先取りしていた草薙素子の意外な設定

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2024年10月10日 08:00  リアルサウンド

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士郎正宗『攻殻機動隊』(講談社)

 2024年の8月20日、人気声優の田中敦子氏が亡くなった。享年、61歳。人生80年が当たり前の現代において早すぎる死だった。


  田中氏は人気声優だったため代表作は数多いが、筆者にとって最もイメージが強いのは『攻殻機動隊』シリーズの草薙素子である。何度も映像化されている『攻殻機動隊』だが、『攻殻機動隊 ARISE』以外の映像作品はすべて田中氏が声を当てており、最初の映像化となった『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)から現時点で最新映像作品の『攻殻機動隊 SAC_2045』(2022)まで実に27年も同キャラクターを演じたことになる。『攻殻機動隊』は2026年最新テレビアニメが放送されることが決まっており、鬼籍に入ることが無ければそのまま草薙素子を演じ続けていたかもしれない。


  さて、『攻殻機動隊』最初の映像化は前述のとおり1995年だが、原作はもっと古く士郎正宗氏が原初の「攻殻機動隊」となる『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』を発表したのは1989年のことである。その後、続編となる『攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER』が1991年から1996年にかけて発表され、『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』が2001年に発表された。『攻殻機動隊』は映像化作品のコミカライズや、スピンオフなどが他にも出回っているが、生みの親である士郎正宗氏による純正の『攻殻機動隊』はこの3作、単行本全3冊のみである。


  その後の映像化作品に筆者の知る限り、原作に「忠実な」形で映像化された作品は一本もなく、オリジナルの『攻殻機動隊』は「原作」と言うより「原案」と言った方がしっくりくる。では、そのオリジナルの『攻殻機動隊』はどのぐらい映像化作品と違うのだろうか?


驚きの先進性

  色々な違いがもちろんあるのだが、腰を据えて原作を読んで筆者は驚きを禁じ得なかった。まだ平成が始まったばかりのころの作品でありながら、内容はかなり斬新で、すでにAIの存在について触れられている。「ネット」という言葉が当たり前のように登場し、明らかに情報ネットワークのことを指しているが、時代は1989年である。インターネットの起源は1969年に運用が開始された、軍用の情報ネットワーク「ARPANET」だが、それが「インターネット」として一般人でも当たり前に使える技術になるのはもっと後の時代の話である。爆発的に普及したのはにパソコン用OSの「Windows 95」とWebブラウザの「Netscape Navigator」が浸透するようになってからであり、1995年のことだ。筆者はITエンジニアとしての経験もあるため、これらの設定には驚いた。


  欄外に事細かな設定を書き込むのが士郎正宗氏の特徴だが、詳細なミリタリー設定から、サイボーグが存在する近未来の法律、未来の技術について細かく設定が書き込まれている。マイクロマシンも全身サイボーグも現代の現実世界には存在しないが、理屈的にリアリティーを感じる設定内容で。サイバーパンクであると同時にハードSFとしての要素もあると筆者は感じた。


  現実と地続き感のある政治設定も登場する。今、色々と国際問題を起こしているロシアだが、ロシアは地理的にわが国にも近く、良くも悪くも関係の深い国だ。近い国同士は少なからず、何かしらの領土問題を抱えているものだが、わが国とロシアは北方領土問題がそれにあたる。


 『攻殻機動隊』の世界では、他の政治的思惑から、少なくとも形式上は北方領土が我が国に返還されているようだ。


キャラクターの違いとは?

  原作漫画の登場キャラクターは、草薙素子(少佐)、バトー、トグサ、荒巻大輔の4人がメイン扱いで、それに次いでイシカワがある程度の準レギュラー的な存在感を持たされている。映像化作品でおなじみのボーマ、サイトーはほとんど出番がなく、パズは原作にはそれらしい人物がわずかに姿を見せる程度である。映像化作品にも時折登場するアズマ、プロトも続編の『攻殻機動隊1.5』で顔見せしている。


  筆者が驚いたのは、草薙素子がバイセクシャルという設定だ。多様性の尊重など、声高に主張されるようになったのはごく最近のことと(少なくとも21世紀以降)と認識していただが、昭和も終わったばかりの時期に主人公が性的マイノリティとして設定されているのは大胆である。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』には少佐がバイセクシャルであることがはっきり描写されているが、筆者はてっきり映像化で付け足された設定だと思っていた。あの設定は原作準拠だったのだ。9課のマスコットキャラクター的存在の多脚型戦車もちゃんと原作漫画に登場する。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』では「タチコマ」、『攻殻機動隊 ARISE』では「ロジコマ」だが、原作では名前が「フチコマ」になっている。


  映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で敵であると同時に、敵と断じきれない複雑な存在であり、中心キャラクターとして登場した「人形使い」は原作では第9エピソード「BYE BYE CLAY」で初登場するが、それ以前は存在すら語られない。以降、出番は少ないが少佐の存在に重要な影響を及ぼす。筆者は『攻殻機動隊』の通奏低音となっているテーマは「魂はどこにあるのか?」だと思うのだが、そういう意味で人形使いのエピソードは最も『攻殻機動隊』らしい。押井守監督が、人形使いを映画で中心に置いていたのは、押井監督もそう感じていたからではないだろうか。


エピソードの対比

  原作漫画は1話完結方式になっており、映画の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』よりも、テレビ、WEBシリーズの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の方が雰囲気は近い。映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は原作一巻がベースとなっており、有名な少佐の最後のセリフ「ネットは広大だわ」も人形使いと少佐の結末も同じである。(最初の映画化時点では、まだ一作目の原作しか出ていなかったので当然だが。ちなみに、最後に少佐が使っている仮の義体の姿が映画と全く違うので、ビジュアルの印象が大きく異なる)


 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のエピソードはほとんどがオリジナルだが、原作の要素もエピソードの構成要素として取り入れられている。筆者は「攻殻機動隊」シリーズでも特に『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』が好きなのだが、結果的に後追いの形で原作を読んで「ここは」と思う箇所が何ヵ所かあった。ハリウッド製実写映画の『ゴースト・イン・ザ・シェル』は士郎正宗氏の漫画が原作と言うより、これまでに発表された「攻殻機動隊」シリーズすべて実写版といった雰囲気である。クゼ・ヒデオ(アンドリュー・モリス)は『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』の登場キャラクターだが、実写映画のクゼはクゼをメインにしつつ人形使いの役割を少し持たせたような存在になっている。


  筆者の願いとして一度、原作に忠実な形で映像化がされないものかと思っている。流石に古臭くなってしまった設定もあるが、おそらくほとんどの部分は現役でも通用する。2030年が舞台でありながら、刑事裁判が裁判員制度でないなどの微調整は必要だろう。(重ねて驚きなのが、裁判員制度が成立するかなり前でありながら、その制度が成立する可能性について作者がコマの欄外で言及している)


  いずれのエピソードも重厚で骨太で、今でも十分に鑑賞に堪えうる内容だ。最新のテレビアニメがどのような形で構成されるのかわからないが、筆者は初めての原作に可能な限り忠実な形になっていることを期待している。


 



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