サッカーの「トップ下」はハードワーカー優先へ ユベントスのオランダ人MFは時代の分岐点か

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2024年10月14日 07:30  webスポルティーバ

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西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第18回 トゥーン・コープマイネルス

日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は、ユベントスのオランダ人MFトゥーン・コープマイネルスを紹介。彼のプレーが示している「新しいトップ下像」に迫ります。

【サッカーの「10番」とは】

 現代サッカーに「10番」がいなくなった。そう言われるようになったのは実は最近ではなく、ずっと以前からだ。

 ここで言う「10番」とは、もちろん単なる背番号ではない。ブラジルで「サッカーのすべて」と呼ばれたように、とびきりの技術と閃きでファンを魅了した選手たちを指す。サッカーの魅力と可能性を示し、絶大な支持を得てきた。

 ペレ(ブラジル)は数々の奇想天外なアイデアを披露した典型的な「10番」だったが、その後もヨハン・クライフ(オランダ)、ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)、ジーコ(ブラジル)、ミッシェル・プラティニ(フランス)など、時代をリードするスーパースターたちが現われた。彼らほど有名でなくても、どのチームにもそれぞれの「10番」がいたものだ。

 ところが、1990年代から「10番」は絶滅危惧種のように減少の一途をたどっていく。2000年代にもジネディーヌ・ジダン(フランス)やフアン・ロマン・リケルメ(アルゼンチン)はいたが、当時すでに「古典的」「恐竜」などと呼ばれるくらい、極めて珍しい存在になってしまっていた。

 なぜ、「10番」はいなくなってしまったのか。

 今季、ユベントスはアタランタからトゥーン・コープマイネルス(オランダ)を獲得し、4−2−3−1システムのトップ下に起用している。たぶん、これが答えだ。

【新しいトップ下像】

 チアゴ・モッタ監督を迎えたユベントスは戦術的な改革が進行中。新進気鋭の新監督の率いるチームは、ほかのどことも少し違っている。一方、典型的な現代戦術そのものでもある。

 GKから開始するビルドアップ、フィールドを広く使ったパスワークは、多くの進歩的チームに見られるものと同じ。守備でのインテンシティ、コンパクトネスも同様。現代サッカーの出発点とも言える、1980年代後半〜90年代のミランを率いたアリーゴ・サッキ監督が言った「攻撃は広く、守備は狭く」のとおりだ。

 プレッシングを世界に広めたサッキの原則を実現するための方法はさまざまで、それぞれのチームがそれぞれのやり方で具現化している。ただ、ユベントスはより丁寧かつ忠実に行なっていると言えばいいだろうか。

 4−2−3−1システムの4バック以外の6人が、ひとつのユニットとなって守備を行なっている。2人のボランチ、トップ下と左右サイドハーフの3人、そして1トップ。この6人がほぼ等距離を保ちながらボールのある場所へ移動していく。

 前後左右の入れ替わりはほとんどなく、五角形がひとつのユニットとして動く。右サイドにボールがある時、左ウイングハーフのケナン・ユルディズはフィールドの中央まで絞り、6人の守備ユニットはフィールドの横半分に収納される。

 いわゆる「クローズ」と呼ばれる圧縮守備なのだが、これ自体はユベントス以外にも行なっているチームはあり、ライプツィヒは4−2−2−2の横圧縮だし、レバークーゼンは1トップ、2シャドー、2ボランチの五角形の守備ユニットだ。

 ユベントスがほかと違っているのは、ユニットが6人であること。そして、そこにトップ下が含まれていることだ。つまり、守備ブロックに組み込まれていない選手がいない。例外になるはずのトップ下というポジションを設けながらも、例外にしていない。

 トップ下に起用されているコープマイネルスは、その意味で新しいトップ下なのだ。

【完全にチームのなかの歯車として機能】

 コープマイネルスは26歳のオランダ人。AZでデビューし頭角を現わして、セリエAのアタランタへ移籍。3シーズンを経て、今季からユベントスに加入した。

 AZやオランダ世代別代表では守備的MF。センターバックでも起用されていて、後方を預かるタイプの選手だった。しかし、アタランタではシャドーにコンバートされ、ユベントスではトップ下。オランダの「6番」は守備の人というよりビルドアップにおける司令塔の色彩が強く、当時から得点力も示していた。対人守備に強さのあるタイプではなく、イタリアでは攻撃力を買われたわけだ。

 現在、「10番」の伝統を継承している選手はもはや希少種だ。リオネル・メッシ、ハメス・ロドリゲス、ネイマールなどわずかな例外がいるだけ。2トップの1人、1トップ、ウイング、あるいはトップ下などポジションはさまざまだが、彼らは守備のタスクをほぼ持っていない。守備ブロックの歯車の1つとして組織に組み込まれておらず、守備時は基本的に休んでいる。

 だから試合展開によってボールタッチは数えるほどで、90分間のほとんどで試合に絡んでいないことさえある。しかし、ほんの数回、わずか数秒のプレーでも得点をもたらす格別の能力があり、そのためにフィールドにいるわけだ。

 ケビン・デブライネ、アントワーヌ・グリーズマン、ダニ・オルモなど、ほかにも資質的に「10番」の選手はいるが、メッシほど守備を免除されているわけではなく、それなりに守備のタスクは負っている。それが現代的な10番像だ。

 ただ、コープマイネルスは伝統的な「10番」でも、現代に適応した「10番」でもない。

 オランダの育成出身らしく足下の技術は確か。戦況も読める。ほとんどノーミスでプレーできて、ポケットへの進入、味方を回り込むオーバーラップなど、的確かつ献身的なランニングもできる。

 ミドルシュートは必殺、クロスボールからのシュートもあり、FKからも得点する。さらにそうは見えないが、ドリブル突破もかなりの成功率。こうして並べてみるとトップ下そのものに思えてしまうが、少なくとも「10番」ではない。

 伝統的か現代的かを問わず、「10番」が持つ息を呑むような天才性がないのだ。あっと驚かせるようなアイデアがない。コープマイネルスは優れたトップ下だが、あくまでも秀才であって優等生の域を出ない。そのかわり、完全にチームのなかの歯車として機能できる。

 チーム組織からある意味除外された「10番」ではなく、辛うじて組織に接続している「10番」でもない。つまり、「10番」ではない新しいトップ下像を提示している。

【トップ下は「10番」ではなくハードワーカー優先に】

 現在でもトップ下に置かれる選手は、それなりに天才的な選手である。メッシほど例外扱いはされていなくても、それっぽい成果は期待されている。コープマイネルスも得点に関与できるが、それ以上に期待されているのは組織の重要なパーツであること。

 天才でなくていい、着実にチームに貢献できるかどうか。別の言い方をすると、監督の本音が表われたトップ下なのだろう。ファンを喜ばせるより、勝利が優先される。勝てばファンは喜ぶから、プレーで喜ばせるのは二の次という本音だ。

「10番」がいなくなった理由はシンプルで、守備ができないから。

「10番」の資質を持った選手は依然として存在しているけれども、要求される守備を遂行できなければ起用されない。そして要求水準はどんどん上がっている。その結果、ハードワークもできる「10番」だけが居場所を見つけられている。

 しかし、コープマイネルスが現われてしまった。トップ下はもはや「10番」である必要はない。ハードワークできて「10番」ぽい仕事もできる選手でもいい。「10番」にハードワークを要求してきたが、その比率は逆転して、ハードワーカー優先になる可能性が出てきた。

 これまでの流れからすると、やがてトップ下の条件の第一は守備力になるのかもしれない。その時まだ「10番」の資質を持つ選手を生み出せているとしたら、彼らはどこでプレーするのだろう。そして、そうなった分岐点はコープマイネルスだったと、のちに気づくのかもしれない。

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