『水ダウ』藤井氏のアマプラ新番組に「麻酔科学会」が激怒、過激化するネット配信は「テレビマン」のユートピアなのか

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2024年10月17日 18:20  弁護士ドットコム

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10月から始まったAmazonプライムのバラエティ番組『KILLAH KUTS』(キラーカッツ)で、企画の中で芸人に麻酔をかけるシーンが配信された。番組側は「胃カメラ検査を目的とし、医師による監修」をおこなっていると説明していたが、日本麻酔科学会は理事長声明で「⿇酔薬をいたずらに使⽤する⾏為は、極めて不適切であり、断じて容認できるものではない」と強く批判した。


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番組は、TBSの人気バラエティー番組『水曜日のダウンタウン』の演出で知られる藤井健太郎氏が手がけ、「地上波では放送できない企画」をテーマとした攻めた内容が注目されていたが、学会の怒りをみるに「攻め過ぎた」と言うべきだろうか。



アマプラでは『ドキュメンタル』もまた地上波では放送できそうにない過激なシーンが支持を集め、シリーズ続編が何本も作られてきた。どうして配信番組は過激で挑戦的なテーマの番組が作られやすいのだろうか。考えてみたい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)



●テレビマンの感想「配慮が行き届いたバラエティ」

賛否を呼んでいる『麻酔ダイイングメッセージ』の回を見た。非常に面白かった。日本麻酔科学会から批判の声明が出ていたことから「かなり攻めた企画か」という先入観をもって視聴したものの、感想としては「非常に配慮のよくできたバラエティ」。



病院で医療従事者が麻酔をかけているから、出演者の安全面における問題はないと思われる。



「胃の内視鏡検査」という麻酔をかける理由付けも用意され、あくまで「そのついでにロケをする」という姿勢が貫かれている。



これは番組の中で何度も言及されていて、さらに2人の医師が医療監修を務めるなど、「穴」がないように見える。



攻めているように見えつつ、きちんと危機管理がなされている。面白さとコンプラ対策を見事なバランス感覚で釣り合わせて制作したと感じた。



●藤井健太郎氏には挑戦的番組をあえて作る理由があったのではないか

TBSが誇る藤井健太郎さんは、多少の批判的意見を覚悟して「あえて挑戦した」とも想像できる。日本のテレビ界を背負っていくべき立場だからこそ、「あえて」やる理由があったのではないかと推測する。



私はバラエティではなく報道を専門としており、テレビマンとしても藤井さんのように優秀ではないから、畑違いのバラエティを語るべきではないかもしれないが、現在のテレビマンには「配信番組で挑戦する」という必然性があると思う。



その前に、私は決して日本麻酔科学会の批判声明が「おかしい」と言っているわけではない。極めて真っ当な批判だと思うし、「麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切」という指摘はその通りだ。



「胃の内視鏡検査のついでに、麻酔で意識が朦朧とする芸人を観察するロケをする」というのが、「いたずらに使用する行為」かどうかで解釈が分かれるのだろう。



藤井さんは「麻酔で朦朧としつつも正気を保とうと頑張る芸人の姿」を観察するのは「医師の指導のもと安全管理を徹底すれば、娯楽として面白くなる」と考えて制作したのだろうし、麻酔科学会は「そんなことをするのはおかしい」と判断したのだろう。



両者の主張は平行線をたどると思われるが、どちらの主張にも頷ける部分はある。それはそれで議論をすればよいはずだ。



●ネット炎上ばかり気にして挑戦許されぬテレビ地上波の状況

話を戻して、テレビマンがあえて「物議を醸しそうな"攻めた企画"を配信でやる」理由を考えたい。



まず、今の地上波では、批判が予想される企画は一切通らない現実がある。多くのテレビマンにはそのような状況こそ「地上波をつまらなくしている原因」と感じているし、状況を打破するためには「配信で頑張るしかない」という思いも感じているからだ。



私の話で恐縮だが、ABEMAで「地上波のタブー」と戦った経験がある。



地上波が取り上げないようなテーマや、これまで見なかったニュースの演出方法に挑んだ。部落差別問題や女性の自由な生き方に関するテーマなど、挑戦の一部はそれなりの評価を得た。



こうした挑戦は、自由な発想で「ニュース番組の新しい領域」を開拓し、地上波の企画の「ストライクゾーンを広げたい」との思いからだった。



こうした取り組みは、閉塞したテレビ界に「面白い番組を増やす」ために必要だと信じている。ひいては意見の異なるものに対するSNS上の誹謗中傷が目立つ社会状況・言論状況からも必要だと思っている。



それだけ地上波では何も自由なことはできないのだ。スポンサーや視聴者からのクレーム、ネットでの炎上ばかりを気にして、挑戦がほぼ許されず、「安全な企画」ばかりが放送される。



●テレビ業界が水ダウ藤井氏の「アマプラ上陸」を見守っていた

かつてのテレビ界には、問題を起こした後輩をかばって「一緒に謝ってくれる上司」がいた。現在はあまり期待できない。



多くのテレビマンが「予算も多く自由に作れる」と、NetflixやAmazonプライムなどで番組を作りたいと考えている。配信が「唯一の希望の光」に近い状況とは悲しい現実だ。



そんな不自由な地上波の中で、唯一気を吐いているのがTBSの『水ダウ』だと言っていい。「問題になるかならないか」のギリギリを攻め、若者から高齢者まで多くの視聴者を心底笑わせている稀有な番組だ。



水ダウの藤井さんが「アマプラで番組をやる」となれば、どこまで際どく攻めてくれるかを、テレビ業界の誰もが固唾を飲んで見守っている。



今回の「麻酔ダイイングメッセージ」は実に巧みに「いいところを突いた」と評価できる。



正直なところ、本来であればコンプライアンス的にも、地上波で実現できない企画ではないと思う。だが、いまの地上波で、この企画にOKを出す局はないと言えるだろう。



●配信は「疲れたテレビマンのユートピア」ではない

ただ、配信はテレビマンが期待するほど「なんでもありのユートピア」ではない。



あまりに不自由な地上波の息苦しさに疲れたテレビマンは「配信やネットなら何でもあり」と思ってしまいがちだ。



実際にはそんなことはない。ABEMAで制作を経験した実感からすると、ネットやSNSの炎上リスクは地上波以上かもしれない。



良いところはある。地上波には「謎の忖度に基づく中高年の上司からの意味不明なダメ出し」や「スポンサー関係の謎のしがらみ」がはびこる。配信ではそれが地上波より少なくなる。ただ、言ってみれば、それくらいのものだ。



そして、何より視聴者には配信プラットフォームに「地上波にはない過激な面白さ」を過度に望む危険な風潮がある。「自由になった」からと言っても、ちょっとやそっと安易な無茶をしてみたところで、視聴者は満足してくれない。



いろいろなことに配慮しながら、「気を引き締めつつ冒険をする」姿勢でないと、配信での成功は望めない。



常に批判の声に謙虚に向き合いつつ、危機管理もしっかり整えて、それでも面白い番組を作るためにギリギリを攻め続ける。かなり高度なミッションがテレビマンには求められている。そのことだけは常に忘れてはいけないと私は思っている。



●日本麻酔科学会の声明

日本麻酔科学会は、「静脈⿇酔薬プロポフォールの不適切使⽤について 」と題する声明で、静脈⿇酔薬は「呼吸抑制のリスクを伴うため、必ず⼈⼯呼吸管理が可能な環境で使⽤される必要があります」などと指摘。



一部のメディアで静脈⿇酔薬が娯楽やいたずらの⽬的で使⽤される場⾯が近年⾒受けられるとした上で、《特に、10月14日配信開始の番組において、プロポフォールが内視鏡クリニックを舞台に使用され、何らかの外科的処置を必要としない人物を意図的に朦朧状態にするという内容が含まれていることを知り、深い憂慮を抱いております》としていた。



番組名は書かれていなかったが、『KILLAH KUTS』のエピソード『麻酔ダイイングメッセージ』の内容をうけたものとみられていて、同学会は弁護士ドットコムニュースの取材にそれを認めた。



記事はこちら【日本麻酔科学会が「極めて不適切」と声明 「一部メディアの娯楽やいたずら目的使用」に警鐘】



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