オフィスなの? 飲食店なの? デスクで働く社員が丸見えの「社食堂」が誕生した背景

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2024年10月18日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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オフィスであり、カフェ。そして会社のプレゼン資料でもある「社食堂」

 建築設計事務所のSUPPOSE DESIGN OFFICE(広島市、共同代表は吉田 愛氏・谷尻 誠氏)が、都内にあるオフィスの社員食堂を一般向けにも解放し「社食堂」として運営している。面白いのが、事務スペースとキッチンならびにレストランが同じ空間内にあり、それぞれが壁で分けられていないこと。オフィスといえば、個人や部署ごとにある程度の仕切りがあり、食堂も別室にあるのが一般的だ。


【画像】店舗の外観、オフィスで働く社員が丸見えな様子、おしゃれでオープンなキッチン、おいしそうな日替わり定食、丼物、カレー(12枚)


 なぜこれらを同じ空間上で運営しているのだろうか。社食堂の狙いとメリットを聞いた。


●一般客から、働いている社員が見える


 社食堂は「社員+社会の食堂」をコンセプトとした飲食店で、社員だけでなく外部からの一般客も利用できる。「タニタ食堂」のように社食を一般開放する取り組みは、今となっては珍しいものではなくなった。しかし社食堂では社員が働くスペースとキッチン、そして一般向けエリアが同じ空間上にある点がユニークだ。営業時間は日曜祝日以外の午前11時半から午後7時。当然、平日午後には一般客から社員の働く姿が見える。


 広島・東京を拠点に活動する同社は、2017年に現在の場所へ東京オフィスを構えると同時に社食堂をオープンした。


 「建築設計事務所での仕事は、新しいものを作る性質上、働く時間が長くなりがちです。また、そのために食事がないがしろになりがちなのが問題だと考えていました。やはり、良い仕事には良い食べ物を取り入れる必要があると思うんです。また、自分たちが良い空間で働いていなければ、良い空間デザインはできません。このように、社員の健康とクリエイティビティについて考えたのが、社食堂のきっかけです」(吉田氏)


 業務スペースと同じ空間にキッチンがあるため、社員が忙しいときには調理スタッフが気を利かせ、おにぎりを握ることもあるという。社食堂にしてから、社員はコンビニに行かなくなったと吉田氏は話す。


●どんなメリットが生まれたのか


 東京オフィスは全体を見渡せるオープンキッチンが中心にあり、道路に面した入り口側が一般向けスペース、奥の半分が社員スペースだが、壁や目隠しがあるわけではない。こうした空間設計には、どういったメリットがあるのだろうか。


 「社食堂はオフィスであり、食堂であり、ライブラリーでもあります。つまり、その時々で何をするかで、場所の名前が柔軟に変わる設計です。空間をあえて混ぜることで、社員が1人で黙々と仕事をしていたときには生まれなかった雑談やコミュニケーションが生まれるようになりました。新たな発想を生むことにもつながるため、設計者にはそうした雑談が大事なのです。


 また、飲食スペースが混んでいるときには『この席を譲ってあげよう』と気遣いも生まれます。1人でこもって設計していては、そうしたことに気づけない人になってしまいますから」(同)


 日本の大手企業では昨今、フリーアドレスが当たり前に見られるようになった。こうした取り組みは社員同士の意外な接点や雑談を生み出すことを目的としている。特に創造性を求められる設計者は、なおさらこもってばかりではいけない、ということなのだろう。


 メリットの一方で、プライバシー面などデメリットはないのだろうか。


 「当初は守秘義務を懸念する意見もありました。そうした課題は壁をつくるのではなく『距離』で解決しています。具体的には、機密事項などを扱う際は一番奥の静かなスペースを活用しています」(同)


●収益は“とんとん” 儲けは福利厚生として還元


 前述の通り、社食堂がオープンしたきっかけは社員の健康。メニューにもその考えが反映されている。


 例えば、肉または魚から選べる日替わり定食(1320円)は主菜とごはんに加え、副菜3品と味噌汁がついている。それ以外にもカレーや丼ものを提供するほか、カフェメニューやアルコールも提供している。


 社員は昼夜に利用し、一般客は昼食・カフェ利用が多い。近隣の会社員や住民、デザインに興味を持つ遠方からの来客もあるという。なお、運営スタッフは一般的な社食と異なり、SUPPOSE DESIGN OFFICEの社員として採用している。


 気になるのが収益性だ。


 「多くの一般客が利用しており、収益性は確保しています。ただ、社員はワンコインで食事できたり、100円でコーヒーを頼めたりするため、それらを踏まえると“とんとん”といったところです。一般利用で得た収益を、社員の福利厚生に還元しているような形です」(同)


 平日の午後1時台に訪問したところ、確かに来客は多い。一般的なカフェレストランのような雰囲気だ。子連れで食事をするファミリー客や、読書にふける客も見かけた。イベント時にはさらに客が集まるという。


●アイスや雑貨カフェなど、他業態とのシナジーも


 社食堂には、飲食事業による実利益以上の効果があると吉田氏は話す。


 「建築設計事務所によるアピールの場として機能しています。私たちがただ、各機能が同一空間上にあるオープンなオフィスを提案しても、そうした前例がない珍しいものはなかなか誰もやりたがらないものです。特にキッチン併設の場合は、においや音などを心配する意見もよく聞きます。


 しかし、実際に機能しているところを見せることで、社食堂がプレゼンテーションの場となるのです。社食堂を見学した企業から当社にオフィス設計の依頼があったケースは、これまでに数多くあります」(同)


 今後東京オフィスは移転する予定だが、移転先でも社食堂を設ける予定だ。その際は同社が広島で運営するクラフトアイスクリームショップ「yacone」も併設するという。同社は他にも文房具やハンドクリームを販売するコーヒースタンド「BIRD BATH&KIOSK」などを運営しており、相乗効果も期待できそうだ。


 社食堂は今後、どう展開していくのだろうか。


 「社食堂の店舗数を増やすことは考えていませんが、設計を通じて同様の空間が増えれば良いなと考えています。昔は別物として分けられていた生活と仕事ですが、働き方の中に食の場がある、そうしたスタイルを普及させたいです」(同)


 1つの場所にオフィス・カフェレストラン・福利厚生・モデルルームと4つの機能を持たせ、限られた空間を最大限に活用する取り組みの社食堂。企業には平日の昼間しか利用者がいない食堂、誰も利用していない社内図書館など"遊休空間"が多い。コロナ禍で変化し始めたオフィスの在り方として、大いに参考となる事例だろう。


●著者プロフィール:山口伸


経済・テクノロジー・不動産分野のライター。企業分析や都市開発の記事を執筆する。取得した資格は簿記、ファイナンシャルプランナー。趣味は経済関係の本や決算書を読むこと。



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