ハンコをつくっているシヤチハタが、なぜ“尿ハネに会える”商品を開発したのか

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2024年10月18日 08:41  ITmedia ビジネスオンライン

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シヤチハタ、トイレの「尿ハネ」を見つけるスプレーを開発

 「シヤチハタ」という会社名を聞いて、どんな商品を想像するだろうか。


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 「ハンコでしょ、スタンプ台でしょ、インキでしょ。うーん、だいたいそんな感じかな」などと思われたかもしれないが、このほかにもある。スタンプラリー用のディスプレイであったり、文章管理システムであったり、どろだんごであったり、さまざまな商品を扱っているが、本業はやはり「文具」である。


 しかし、である。シヤチハタはトイレの「尿ハネ」に注目し、その汚れが見えるスプレーを開発したのだ。商品名は「MIERUMO」(ミエルモ、一般販売予定:1380円)。スプレーの特徴は、トイレに吹きかけるだけで「尿ハネ」の場所が青く浮き出るというもの。応援購入サイト「マクアケ」でテスト販売(9月6日から11月4日まで)したところ、目標金額30万円に対し、10月17日時点で300万円を超えているのだ。


 ミエルモのボトルの中には、着色剤と消色剤(次亜塩素酸ナトリウム)が入っていて、トリガーを引けばこの2液が混ざって噴霧する。尿ハネがないところは、着色剤の色を消色剤が消して透明になる。一方、尿ハネがあるところは、着色剤が残って青くなる仕組みだ。


 このような話をすると「便利そうだな。トイレを掃除しても、くさいことがあるんだよねえ」などと感じられたかもしれない。繰り返しになるが、この商品を開発したのはシヤチハタである。ネーム印やスタンプ台などをつくっている会社が、なぜ「トイレの消臭」コーナーに並ぶようなモノをつくったのか。


 同社で研究開発を担当している南田憲宏さんに、開発の裏側を取材した。聞き手は、ITmedia ビジネスオンライン編集部の土肥義則。


●開発のきっかけ


土肥: ドラッグストアでトイレの消臭コーナーに行くと、「ファブリーズ」や「消臭力」などが並んでいますが、近い将来「ミエルモ」が置いているかもしれません。使い方を見ると「トイレに吹きかけるだけで尿ハネ汚れが青く浮き出て、拭き取り掃除ができる」などと書かれているわけですが、消費者は社名を見てびっくりするのではないでしょうか。


 「シヤチハタ? あのハンコをつくっているシヤチハタなの? なぜ、こんなモノをつくったの?」と。そもそも、なぜ畑違いのような商品を開発したのでしょうか?


南田: 私は研究開発の部署に所属していて、普段はインキやゴムなどを担当しているんですよね。広い意味で「印(しるし)」の価値を考えたときに、見えないもの・見えにくいものを見えるようにするにはどうすればいいのか。こうしたことを考えているのですが、具体的にどうすればいいのか。抽象的なことばかり考えていて、どのような価値を提供すればいいのかよく分からなかったんですよね。


 そうした日々を送っている中で、同僚がこのようなことを言っていました。「トイレを掃除したはずなのに、なぜか臭う」と。この話を聞いたとき、尿ハネが見えるようになれば、臭いの元になる部分をしっかり取り除けるのではないか。いろいろ調べていくと、同じような悩みを感じている人が多いことも分かってきました。であれば「シヤチハタのインキの技術を使って、臭いの元が見えるかもしれない」と考え、開発がスタートしました。


土肥: インキの技術を使えば、臭いの元が見えるかも……という意味がよく分からなかったですが、その前に質問がひとつ。「尿ハネが見えるようになる商品を開発するぞー!」と社内でアピールして、どのような反応があったのでしょうか? というのも、シヤチハタは文具メーカーですよね。開発を目指している商品は、本業とはかなり遠い位置に存在するモノと感じましたので。


南田: 大きく分けて「2つ」ありました。1つは「好意的」な声です。当社はハンコやインキなどをつくってきたわけですが、これまでの延長で商品をつくり続けても、明るい未来が待っているとは限りません。言われたことばかりをやっていればいいという時代でもないので、異分野に挑戦することに対して、好意的な意見がありました。


 もう1つは「否定的」な声でした。尿ハネが見えるというアイデアは「おもしろい」というコメントが多かったのですが、その一方で「汚れはあまり見たくない」という意見もありました。


土肥: ハンコやインキなどをつくっている会社なので「尿ハネが見えるような技術を開発するのは難しい」という意見はなかったのでしょうか?


南田: それはなかったですね(きっぱり)。


●これまでいろいろな商品を出してきた


土肥: 私のような外の人間と、シヤチハタの中で働く人の間で、ちょっと感覚が違うのかもしれませんね。「自分たちは、本業からものすごく離れたモノを開発するんだ」という意識はなかったのでしょうか?


南田: これまでとは違った商品をつくる、という意味では「あえて遠くのモノを狙っていく」といった意識はあるのですが、技術的には「それほど遠くはない」と受け止めていたんですよね。どういうことかというと……。


 ここで、シヤチハタ広報のMさんが登場する。


Mさん: すみません、少し横から失礼します。シヤチハタが尿ハネを可視化する商品を開発したことに驚きを感じられたかもしれませんが、当社はこれまでにもさまざまなモノを世に出してきました。例えば、「stamkey(スタンキー)」。スタンプにQRコードを施していまして、それを読み込むと、会社や個人のWebサイトに誘導できるというモノでした。


 スタンキーを発売したのは、2004年のことでして。スマホはまだ発売されていないし、いまほどQRコードは普及していません。こうした状況を踏まえると、商品化が時期尚早だったんですよね。残念ながら、終売しました。


 また、「テゼット」という商品も開発しました。特徴は、ボールペンに電卓が付いていること。小さなボタンが付いていて、それを押すと計算できるんですよね。電子手帳を搭載しているモデルもありましたが、これも発売したタイミングがちょっと早過ぎたのかもしれません。1980年代の後半に登場したので、まだノートPCを持ち歩いている人がほとんどいない時代でした。残念ながら、こちらも終売しました。


土肥: ふむふむ。確かにシヤチハタのこれまでの商品を見ると、「ん? これなに?」と感じられるアイテムがありますよね。ということは、今回の商品を開発したことは、社内の人間からすると「また、なにか新しいモノをつくっているよね」といった感覚なのでしょうか?


Mさん: ですね。文具の商品があって、サニタリーの商品がある。ものすごい距離を感じられたかもしれませんが、これまで「その間に」たくさんの商品を出してきました。試しにつくったものの、残念ながら世に出ないモノもたくさんありました。こうした背景があるので、社内では「いきなり突拍子がないモノがでてきた」といった感覚はないですね。


●何度も何度も2液を組み合わせた


土肥: ミエルモの商品ページを見ると、このようなことが書かれています。青色の着色剤と、消色剤が入った2つのボトルが連結されていて、トリガーを引くと2つの液体が混ざって噴霧する。


 この混合液が尿ハネがないところに付くと、着色剤が消色剤に打ち消されて透明になる。逆に、尿ハネがあるところに付くと、消色剤が尿の成分に反応することで、着色剤の青色が消えなくなる。消色剤には洗浄成分が含まれているので、そのまま拭き取り掃除ができるというわけですね。面白いメカニズムだと思うのですが、開発にあたって大変だったところはどこになりますか?


南田: 着色剤は強い色素でなければいけませんが、消色剤と混ざったときはすみやかに消えなければいけません。開発の際、着色剤と消色剤をマッチングさせるわけですが、この組み合わせにものすごく時間がかかりました。もちろん、普段インキの開発を担当しているので、そこらへんの知見はあるのですが、最後はやってみないと分からないことが多いんですよね。


 青色の着色剤ひとつとっても、たくさんの種類がある。似たような色でもさまざまな種類がありますし、性能も微妙に違う。消色剤と混ぜても、着色剤が消えないこともあれば、逆にすぐに消えることもあれば。1時間後に消えることもあれば、1〜2秒で消えることも。理想は「10秒後に消える」でしたので、相性のよい2つを見つけ出すのに、ものすごく時間がかかりました。


土肥: どのくらいの期間でしょうか?


南田: 1年半ほどですね。同じことを何度も何度も繰り返して、それでもなかなかうまくいかない。そんな日々が続いたので、何度もくじけそうになりました。そうしたときにどのようにして乗り越えたのか。ちょっと青臭い表現になりますが、仲間の声ですね。僕がくじけそうになったときには、仲間のメンバーに励まされて。仲間がくじけそうになったときには、僕が声をかけて。


 繰り返しになりますが、何度も何度も、着色剤と消色剤を組み合わせました。……えっ、マッチングの回数ですか? 1000回かな、いや2000回は超えているかも。ちょっと分からないほど組み合わせて、なんとか完成させました。


●あいまいなところに「商機あり」


土肥: ミエルモを完成させて、気付きなどはありますか?


南田: 私も自宅のトイレを掃除して、「きれいになった」と思っていました。しかし、この商品を噴霧することで、見えないところに汚れがあったんですよね。


 当たり前のように掃除をすれば、当たり前のようにきれいになったと思っていました。しかし、きれいになっていないところはたくさんあったんですよね。普段、掃除をなにげなくしていましたが、実はあいまいなところがたくさんある。こうした発見は面白かったですね。


土肥: ということは、今回は尿ハネに関係する商品ですが、世の中にはまだまだあいまいなところはたくさんある。あいまいなところに「商機あり」という話になりますね。


南田: ですね。トイレ以外にも「あいまいなところ」を見つければ、次の企画につながるかもしれません。


(終わり)


【記者のメモ】


 それにしてもシヤチハタの「これまでにはない商品を開発する!」という熱量には、驚かされた。原稿の中で触れていないが、ミエルモの開発にあたって、同社の技術力が大きく影響している。詳しい説明は省略するが、インキの分散技術や色素の使い方など、これまでの知見が生かされているのだ。こうした背景があるので、開発メンバーは“尿ハネに出会えた”のだろう。



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